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冒険者ギルドは夢を見せない

 町までの道中は非常に牧歌的で、アルミラージどころかスライム一匹出やしなかった。

 その事をエリックに尋ねると、


「この辺りの魔物は基本的に弱くて臆病だからね。敵わないと分かってる人間にわざわざ向かってきたりはしないよ。積極的に人間を襲うのもアルミラージぐらいだし」


 とのことだった。

 それじゃあアルミラージが襲ってくるんじゃないかと思ったが、どうやらその心配も杞憂らしい。


「大丈夫。さっきの戦闘で返り血浴びてるから、臭いに敏感なあいつらはそれだけで寄ってこないよ。ま、おかげで今日はこうして帰る羽目になったんだけどね」

「なんか……悪かったな。邪魔したみたいで」


 俺が余計な事をしなければきっと、エリックはアルミラージの討伐を達成していたんだろう。

 そう思うと、少しだけ罪悪感を感じた。


「いいよいいよ! 謝らないでユエちゃん。お兄ちゃんの実力が足りなかっただけなんだから」

「そう言われると気が楽になるな」


 冗談ではなく本当に。

 お兄ちゃんと連呼されるたびに罪悪感が薄れていく。

 こいつは俺にお兄ちゃんと呼ばせたいんだろうか。

 確かに外見こそは自分でも舌を巻くレベルの美少女だが、中身はお前と同い年の男だぞ。俺が逆の立場なら精神的苦痛で悶え死ぬ。

 まあ、今更男だと名乗ったところでどうせ信じちゃもらえんのだろうけど。

 頭がパーになっただなんてつくづく酷い設定だ。

 もっとも、一番酷いのは俺を呪った女であることに変わりないが。


「さ、町に着いたよ」


 とエリックは言ったが、そこは俺がイメージする町ではなかった。

 なんかこう、町全体が高い外壁に囲まれて、でかい門の前には鉄の鎧を着た衛兵が立っているような、そんなイメージだったのに。


 町を囲んでいるのは牧場にありそうな木の柵だったし(しかもところどころ雑な補修跡がある)、門は門と言うかただの看板の付いたアーチだし、衛兵に至っては棒を持っただけの村人じゃねえか。おまけに出入りする人間の多くは野良仕事帰りみたいな薄汚れた格好ばかり。

 気持ち切り替えて異世界を楽しもうとしてた俺のささやかな期待を返せ!


「私はこれから冒険者ギルドに行くんですが、そこまで案内しましょうか?」

「そうじゃな。儂らも元々ギルドに用があるのでな」


 毎度のことながら俺を放って二人は勝手に話を進めていきやがる。まあ、12歳の出る幕じゃねえと言われたら納得するしかないが。

 それにしても冒険者ギルドか。この流れだと俺も冒険者登録するんだろうな。

 が、もう期待なんてしない。

 チートスキルも無く、美少女だと思ったのはロリコン野郎で、自称神に至ってはクソッタレだ。

 もし都合の良い展開なんて起きるとすれば、それは絶対酷い目に遭う前フリに違いない。

 それはそれとして。


「冒険者ってのは普通の職業なのか?」

「普通かどうかはともかく、人気の職業ではあるかな」

「ほう」

「魔物の討伐がメインだから危険は大きいけど、その分稼ぎはいいからね。強い魔物を狩りに危険地帯へ遠征してる冒険者もいるくらいだし。それに……」


 そこでエリックは足を止めて、少し考えこむ仕草をした。


「それに?」

「女の子にとって強い冒険者は理想の結婚相手だろうね」

「……その話を詳しく」

「ユエちゃんも女の子だなぁ」なんてエリックは言うが、勿論違う。

 理想の結婚相手と言うならそれは即ち、向こうからアプローチしてくれるということだ。事と次第によっちゃハーレム形成だって夢じゃない。

 おっと、いかんいかん。都合の良い話なんてそうあるはずがないと学んだばかりじゃないか。今はまだ調子に乗るタイミングじゃない。


「けど夢を壊す様な話だけど、強い冒険者に会うのは難しいよ」


 エリックは真面目な顔に切り替えて続ける。


「強い冒険者がいるのは強い魔物の出る地域だからね。そこに行くまでには護衛とか装備とか色々整えなきゃならない。だから会いに行けるのなんて一部のお金持ちか、それこそ強い冒険者の娘くらいだよ」


 本当に夢の無い話だ。

 が、それはあくまで婚活する側の話であって冒険者になる側なら話は別だ。

 魔物を狩って経験値と金を稼いで次の街へ。

 なんてRPGの王道なんだ。その上でモテるなんて男の夢そのものじゃないか。

 ならばなるしかあるまい。その冒険者に。


「さぁエリック、早くその冒険者ギルドに案内してくれ。夢が俺を呼んでいる」

「あ――案内するから、そんな手を引かないで」


 そう言われて、今まで自然に手を繋いでいたことにようやく気付き、慌てて手を離した。

 何やってるんだ俺は。女っぽいとは言え、相手は男だぞ。普段なら握る事すらしないのに……。

 まさか心まで女になったのか俺は。


 そんなはずはない。俺は今でもしっかり女が好きだ。若くて綺麗な女がたまたま見当たらないだけで、頭のおかしい自称神が常にこっちを睨んでるせいでいつもの調子が出ないだけなんだ。


 そうだ。冒険者ギルド。

 そこなら若くて美人で真っ当な受付嬢がいるはず――この際だ、据え置くとしよう。周りを見てみろ、容姿端麗な奴にロクな奴がいないじゃないか。むしろ普通かそれ未満の、安心感を与えてくれる娘の方が断然いい。

 とは言え、こんな田舎町の冒険者ギルドなんて大したことないだろう。


 なんて期待はまるでしていなかったのだが、そこはかなり大きく立派な石造りの建物だった。

 期待以上と言うか予想外れというか、まるでここだけあつらえたような異世界感がある。冒険者ギルドとはやはり全国チェーンみたいなものなんだろうか。

 中へ入ると、もう一度驚かされた。

 もちろん悪い意味で。


 なんと、市場さながらに店が広げられていたのだ。買い物してるのはどう見たって近所の奥様方。

 こんなの冒険者ギルドじゃない。

 ただのスーパーマーケットだ。


「何かショックを受けてるみたいだけど、大丈夫?」

「……これが、冒険者ギルド?」

「ここはただの市場だよ。ギルドはこの二階」


 エリックはそう言って笑う。


「ここは一番人が集まるからね、場所を借りて店を開く人が多いんだよ。ギルドが買い取った魔物の素材なんかもここで販売してるよ。何か見ていくかい? アクセサリーなんかもあったと思うけど――」

「いや、いい。それよりも一刻も早く冒険者ギルドへ行こう」


 エリックを急かす。

 奥様方の視線が妙に気になるからだ。

 そしてその視線の先は俺――ではもちろんない。

 澄まし顔で後ろを歩く自称神だ。

 男装の令嬢とはかくも女心を射止める物なのか。こいつが近くにいる限り女は全部こいつのものになりかねん。本当にこいつをどうにかしなければ。


 二階は打って変わって落ち着いた雰囲気が漂っていた。

 受付の反対側には軽食が食べられる飲食コーナーも併設されている。そちらには今度こそ冒険者らしい見た目の人間が――いなかった。

 冒険者よりもガテン系って言葉が似合う風貌のおっさんやら野良仕事を生業としてるような爺さんやらで、一番冒険者らしいのがエリックだった。


 本当にここは冒険者ギルドなのかと疑ってしまう。

 が、さっき話していたエリックの言葉を思い出し、合点が言った。そういえば強い冒険者は他所へ行ってしまうんだったか。

 しかし、よくそれでこの町はなんとかなってるな。


 この様子じゃとても受付嬢も期待は出来ない――その方がいいんだった。気さくなおばちゃんが出てきてくれることを期待しよう。一を聞くだけで十も二十も返ってくるようなお節介おばちゃんなら最高だ。


「何をぼさっとしておる。早く登録を済ませるぞ」


 いつの間にか受付の前に立っていたマヤに急かされ、慌てて隣に並んだ。

 果たして後ろのおっちゃん達から俺たちはどう見られているのやら。


「お待たせしました。今日はどのようなご用件でしょうか」


 俺たちの番はすぐに回って来た。

 受付嬢はなんとこの町に相応しくない、落ち着いた髪の綺麗でスマートなお姉さんだった。

 鼻の下が伸びる前になにか危険な予感がするので、寸でのところで意識を保った。


「この娘の冒険者登録を頼みたいんじゃが」

「登録ですね。それではこちらの用紙に必要事項の記入をお願いします」


 渡された書類には名前、性別、年齢と三つの項目しかなった。これだけじゃいくらでも身分の偽造が出来そうな気がするが、やはり魔法的な効力で身分が保証されるんだろうか。

 ……今更だが、よく日本語ではない文字を当たり前に読めてるな。

 まあ、そこは深堀しないでおこう。それよりも喫緊の問題を解決せねば。


「ユエってのは名前なのか? それとも苗字か?」

「自分の名も忘れたか、ユエ・シーナマタ」


 さりげなくマヤは教えてくれた。

 ユエはともかく、オートマタみたいで格好良いな。からくり人形を格好良いと思えるのは単純に横文字だからかも知れんけど。

 書き上げて提出すると、マヤは呆れたように「自分の性別も忘れたか」と言ってきた。

 なんだよ、男って書いちゃダメなのかよ。心はいつでも男なんだよ。なんならお姉さんをデートに誘いたいくらいだよ。

 と思っていたのに、お姉さんは苦笑気味に二枚目の書類を出してきた。


 おまけに隣の受付で対応しているエリックとそのお姉さん(こちらはほんわか天然系の美人だ)にまで笑われてしまった。

 エリック……、お前今に見てろよ。

 笑ったこと後悔させてやるからな。

 俺はエリックを睨みつけながら書類を書き直し、お姉さんに再提出した。


「はい、ありがとうございます。それでは最後にこちらの書類に血判を押して頂けますか」


 書類を受け取ると、お姉さんは鋭い針が一本飛び出た台を出してきた。

 ファンタジー的な展開はあまり期待していなかったけど、まさかよりにもよって血判とは。水晶で能力を測るとかですらないなんて、とことんご都合主義から離れている。


 ならば最後くらい男らしく堂々と血判を押してやろうじゃないか。

 俺は恐る恐る、人差し指の先で針の先を押した。が、この程度では皮膚が固すぎるのか血がちっとも出てこない。もう少し強く、これでもか。……まだ出ない?


「――えいっ」


 ぷすっ。と小気味よく指は針に刺さった。

 最後の一押しをしたのは受付のお姉さんの手だった。

 突然の行動に涙目になりながら、なんとか血判を書類に押して台と共に返却した。

 この世界の美人は俺に厳しすぎやしないか。

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