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死んでも治らない女好き

「儂が呆れるまで五分かからなかったの。中々の好記録じゃ、たわけが」


 喉奥までハリセンの柄をつっこまれ、異様な感触に涙がにじみながらも湖を背に正座させられる俺、永竿ながさおたから

 目の前には鋭い目で俺を見下す、どこぞの歌劇団から出てきたようなダークスーツにハットを被った、俺でなきゃ男だと見間違いかねない男装の令嬢。

 どうしてこんなことになっているのだろうか。

 俺はただ、目の前の令嬢が男装を解けば美人に違いないと判断してお茶に誘っただけなのに。

 何か手順を間違えてしまっただろうか。

 それともこれは、彼女が望んだプレイだというのか。そうであるなら俺の趣味には合わないが満足するまで付き合おう。女性の趣味には理解できずとも寛容なのだ。


「さて、まずは儂の話を聞いてもらおうか」


 睨み終えて満足したのか、やたら古めかしい口調でご令嬢はそんなことを言う。

 しかし、未だに抜いてくれる気配はない。いい加減に口が疲れてくるし涙が出る程に喉も苦しいのだけれど、彼女はお構いなしだ。


「さて、まずは転生おめでとう。と、現代の風潮に合わせるならそう言うべきなのかの。まったく、流行り廃りの循環が早すぎてついていけん。人間五十年とはよく言ったもんじゃな」


 ひょっとしてこんなどうでもいい話が延々続くんじゃないんだろうな。

 そんなことする前にせめて口から抜いてほしい。


「何じゃその目は。外してほしいのか?」


 喋れない代わりに必死で目で訴える。この状況じゃ首を振る事さえ敵わない。

 しかし。


「駄目じゃ。主にはもう少し付き合ってもらわねばならん」


 と、無下にも断られた。

 何だこのマイナーを通り越してユニークに片足突っ込んだシュールなプレイは。斬新過ぎて俺の脳が付いていけない。


「とは言え、そろそろ本題に入ってやらねばさすがに可哀想かの。慈悲深い儂が加虐性欲者(サディスト)なんぞと蔑まれては困るのでな」


 こんなことをする人間がサディストでなければなんだろう。

 どこかにこれを撮影してるカメラでもあるんだろうか。であれば是非とも出演料を頂きたい。参考のために全編通したデータも。


「なんじゃ邪な事を考えておる顔じゃの。そんなんじゃから主は殺されるんじゃぞ?」


 プレイがユニークなら設定もユニークだ。


「どうやら末期の記憶はまだ戻っておらんか。ま、心配せんでもその内戻るじゃろ。さて、暴れないと約束するならコイツを抜いてやるが、どうする?」


 どうすると言われて断る人間がいるだろうか。

 引き続き目で答える俺。目と目で通じ合うとしても、せめて違う形で通じ合いたかった。

 男装令嬢は先っぽをつまむと、ようやくハリセンを引き抜いた。

 ヨダレの糸が柄から服に垂れそうなのを俺はギリギリで避け――そこで初めて着ている服が俺の物ではない事に気が付いた。

 こんなメイド喫茶でも見かけない様な青いエプロンドレス、俺は好んで着たりはしない。


「さて後ろを向いて湖を覗くがよい」と言って令嬢は顎で後ろの湖を指した。

「暴れん限りは落としたりせんから安心せい」


 まるで湖を見ることが俺が暴れるきっかけになると暗に言っているが、ここまで来て覗かない選択肢は俺には無い。

 突き落とされないか、背後に注意しながら湖を覗き込んだ。

 水底まで透けて見える湖に映ったのは、怯えた目でこちらを見つめる――美少女の顔だった。


 大きな碧眼、整った鼻筋、少し戸惑ったように震える唇、瞳と同じ色を帯びた絹糸の様な長い銀髪。

 まるで泉の精霊か、どこぞのご令嬢だ。

 泉の精霊は俺が首を傾げると鏡映しに首を傾げ、右手を挙げると左手を挙げる。口を開ければ口を開けるし、水面に手を近付けると向こうも近付け、触れると波紋となって美少女は消えた。


 恐る恐る股に手を置いた。

 俺に夢の快楽と絶望の朝を教えてくれた、触れているだけで妙な安心感を生むタマと棒が無かった。

 その代わり、男子の胸をふざけて揉んでいる時のような無情な手触りが、俺の胸にもあった。

 俺は――女になっていた。


「あまりに煩ければその舌を抜いてやろうかと思ったが、いやはやさすがの主も驚きのあまりに声も出んと見える。しかし、全ては主の女好きが蒔いた種じゃぞ。女と見れば片っ端から粉をかけよってからに――まさか儂にまで及ぶとは思わなんだ」


 固まる後ろで令嬢はおかしそうに続ける。


「誰彼構わず突撃するような軽薄な男、見ていて気持ち良くはないわな。こうして体験すると主を呪った女子共の気持ちがよく分かる。法で禁止されてないとなれば、呪いたくもなるわなこんな奴」


 禁止されてないというなら俺だってきっちり法に触れない範囲でやってきたわ。

 その結果ビンタされたこともあったけど、それでも一度だって手を出しちゃいない。それだけは胸を張って言える。


「それは自業自得、誇れる話じゃないわ。とはいえ自由恋愛の世、同情の余地が無いでもない。なにせあれだけ粉かけても童貞のまま死んだんじゃからな」

「誰が童貞だ!」


 聞き慣れない高い声が自分の口から飛び出した。どうやら本当に身体が女になってしまったらしい。

 しかし、そんなことをいつまでも気にしてはいられない。俺は立ち上がり、令嬢の方を振り返る。

 立っても尚、令嬢は俺を見下ろしていた。どんだけ背が高いんだ――いや、今の俺が低いのか。


「威勢だけはいいのう」と男装令嬢は笑う。

「ま、威勢がいいのは嫌いではないぞ。もとより神は祭りが好きじゃからの」

「誰が神だ」

「儂が神じゃ」


 自称神は挑発的な視線でこちらを見下す。

 人の口にハリセンの柄をつっこんで悦に浸る様なのが本当に神様なら、世も末になるのも当然だ。本当に神様だって言うのなら、今すぐ男に戻してほしいもんだ。


「なんじゃ、男に戻りたいのか?」

「当然だ。過去も心も、俺は男なんだぞ」

「せっかくの美少女じゃぞ? それを捨てて冴えない男に戻りたいと。あれだけ片っ端から声をかけても彼女一人出来なかった、あんな男に戻りたいと?」

「やかましい! こんな格好で女を口説けるか!」

「……はっ。女好きもここまで来れば見上げた根性じゃな」


 自称神は肩を竦める。


「ま、よかろう。そこまで言うのであれば儂が男の身体に戻してやろう」

「じゃ、じゃあ――」

「誰が今すぐ戻すと言った」


 俺の顔に、再びハリセンの柄が突きつけられた。どっちが鋒かわかったもんじゃない。


「威勢が良いのと気が早いのは別じゃ。さては人の話をちっとも聞いておらんな」

「あんな訳の分からん話、誰が聞くか」


 ハリセンの柄で打たれた。


「口につっこんでた方で殴るな!」

「神の話を聞かぬからじゃ」

「神なら分かりやすく簡潔に話せ!」

「面倒な男に言い寄られる苦痛を味わえと呪われた結果、主は転生して女になった。つまりはすべて自己責任じゃ。反論は?」


 何も言い返せなかった。

 誰だよそんな呪いを掛けた奴。


「人を呪わば穴二つ。心配せずとも呪った当人も今頃どこかで同じ呪いに苦しめられておるわ。主が原因でな」


 侮蔑するような目でこちらを見下す自称神。


「罪には罰を、罰には赦しを。禊を済ませて徳を積んだあかつきには儂が叶えてやろう」

「…………」

「何じゃその顔は。儂は嘘は言わんし騙しもせんぞ」

「なんか、だんだん胡散臭くなってきたなと」

「よくその姿で儂を胡散臭いと言えたもんじゃな。そこに飛び込んで目を醒ましてみるか?」


 さすがに飛び込むのはごめんだ。これが夢だとしたら、目覚めたときにはベッドの上が大洪水だ。

 代わりに膝をついて湖の水で顔を洗う。

 冷たい水が直に顔を冷やしたが、目は醒めないし、落ち着いた水面に映った顔は、洗う前後で変わらなかった。


「おはよう。目は醒めたかの?」


 美少女の後ろから意地の悪い美人が水面越しにこちらを見つめる。

 どうせ同じシチュエーションで見られるなら、性格の悪い美人よりも顔の悪い善人がいい。突き落とされる不安が無いからな。


「現実は受け入れられたか?」

「…………」

「まぁよい。否が応でも現実は変わらんのじゃからな」


 その時、遠くで女の悲鳴が聞こえた気がした。

 気付けば俺は声のする方へ勝手に駆け出していた。


「どこに行くんじゃ――」


 困ってる女をむざむざ見捨てるなんて、前世の俺ならしただろうか。いや、しない!

 女性とお近づきになれるチャンスを誰が逃すか。

 遠くから聞こえる男装の自称神様の声を無視し、茂みをかき分けながら森を一直線に駆け抜ける。


 開けた場所にいたのは、革の鎧を身に着け、逆手で短剣を振るう金髪のポニーテール女子だった。

 その向こうには長いドリル状の角を生やした中型犬程のウサギが一匹、低く唸り声を上げ、鋭い牙を見せつけている。

 どう見ても地球にいるようなウサギじゃあない。が、プレイしていたゲームの中では見たことがある。

 アルミラージとかいう、所謂序盤の雑魚モンスター。


 ……なるほど。

 お約束的な異世界転生。

 それならもう一つ、お約束があるはずだ。

 手近な木の枝を拾い、茂みの外へ飛び出した。


「おい、デカウサギ! こっちだ!」


 アルミラージがぴくりと耳を動かし、こちらに視線を向ける。

 鋭い牙がぎらりと光り、まるで俺を餌と見なしているような目つきだ。


 「何してる! 危ないから逃げろ!」


 遅ればせながらポニーテールの彼女が振り返り叫ぶが、俺はその言葉を聞き流した。

 ここで逃げてどうする。転生者としての俺には特別な力があるはずなのだ。むしろこんなおあつらえ向きな状況、俺の出番でなくて何だというのだ。

 枝を振りかざし、身構えた。

 アルミラージが後ろ足で地面を蹴る。その度に土埃が舞い上がり、足元が震えるような錯覚に陥る。全身の毛が逆立ち、牙を剥き出しにした様子は、ゲームで見た可愛げのあるモンスターとはまるで別物だ。


 けれどやれるはず――いや、確実にやれる。

 同い年くらいの女子が、たった一人で戦ってるんだ。俺にやれないはずがない。

 呼吸を整え、握る手に力を籠め、枝に意識を集中させる。


 タンッ!


 軽いステップから一瞬で詰めてくるアルミラージ。

 大地を震わせる音が耳をつんざき、目の前に迫る巨体に恐怖を覚える。

 しかし、どんなに速くても迎え討つ側には十分過ぎる距離があった。

 今だ――!


「スキル発動!」





「……そんな都合のいいもの、あるわけなかろう」

「えっ――」


 転生したその日、俺は鳥になった気がした。


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