最愛なる探偵さんに向けたラブレター
閲覧いただき、ありがとうございます。
最後まで、お付き合いいただけると幸いです。
この物語はフィクションです。
「あの……大丈夫ですか?」
嘘みたい。目の前にいる彼が王子様のようにキラキラしている。
私、さっきまで、アルバイト帰りに、エナジードリンクを飲んで、急に目の前が暗くなって……
気がついたら、景色が変わって、目の前に端正な男性が私に手を差し伸べるようにして、立っていた。
「えっと……私……」
「スマホ操作しながら、自転車運転だなんて、器用だよなぁ。やるなっての。怪我は?してない?」
「ええ、大丈夫。ありがとう。恥ずかしいわ、私らしくない……動揺しちゃって。」
「急に轢かれそうになったら、誰でも動揺するよ。立てそう?」
「うん、立てるよ……よ、い、しょっと……道端のど真ん中にいつまでも立っていたら迷惑よね、えへへ……手を貸してくれて、ありがとう。助かっちゃった!」
「無事で良かった。これ、たまたま絆創膏一枚持っていたからさ!もし、怪我していたら、役立ててくれよ。大した処置できなくてごめんな、俺こういうの疎くって……」
「ううん、全然大丈夫……!ねえ、名前っ、貴方の名前、聞いていい?」
「いーや、名乗るほどでもないよ。しがない探偵志望の高校生さ!」
ドクンと心音が高鳴るのが聞こえる。
やっぱり、そうだ。
ここは、『雨宮探偵の事件簿』の世界!
彼は、その主人公である雨宮慎太郎!
頬が熱い。本当にあったんだ!異世界転生ってやつは。物語だけの世界じゃなかった。
憧れの、大好きな、『雨宮探偵の事件簿』シリーズの物語!
私の前世で人気を博し、何年経っても定評のある『雨宮探偵の事件簿』シリーズ。
ここは、なんとしてでも、彼に、雨宮慎太郎にお近づきになりたい……!
これは、前世がパッとしなかった私に神様が授けてくれた唯一無二のチャンス!
「とはいえ、私は原作未登場のモブキャラ……事件に関与できるのかな……まぁ、やるだけやるっきゃない!ここまできたら、私がなんとかしなきゃね!」
そして、私が決めたのは、主人公が通う大学の医学部に入学することだ。
ちなみに、彼は経営学部だ。
じゃあ、なんで同じ学部に入らないんだって?
検視よ、検視!
医療知識のない彼をサポートするヒロイン!
私がその役を確立させるの!
こうして、高校一年生の春。
第二の人生を歩んだことに気がついた私は、三年間を医学部入学するための勉学に励んだのだった。
その時間は、あっという間に過ぎて……
取り止めのない記憶しかない。
というか、これからに向けての勉強をするのに必死で覚えていない。
そして、失敗の許されない現役合格を私は見事にもぎ取ったのだった。
「主人公の大学がマンモス校で良かった。主人公は経営学部で医療知識がなかったから、医学部だったら役に立つかなと思って、三年間頑張ったよ……!」
入学したとなれば、次はオリエンテーションだ!
この大学は、豪華クルーズ船を貸し切って、学部を跨いでの交流会がある。
そこで、ようやく彼と再会するチャンスが訪れるのだ。
他学部だから、ここのチャンスは逃したくない。
でも、大丈夫!私には前世の知識があるから。
ほら、原作通り、船酔いしてベンチで突っ伏している彼がいる。
「……ねえ、そこの貴方、大丈夫?さっき通りすがって、具合悪そうで気になって戻ってみたの。船酔い?顔色悪いよ。」
「ああ……うん、ははは。情けないな。お察しの通りだよ。」
「さっき、そこの自販機で水買ったんだ。私も酔いやすいから、いつも旅行には酔い止め持っているの。はい、良かったらどうぞ。」
「初対面なのに、随分親切にしてくれるね。君みたいな子、初めてだ。お言葉に甘えて、いただくね。ありがとう。」
「自己紹介がまだだったね。私、斉藤雪子。ユキって呼んで!医学部なの。貴方の名前は?」
「医学部なんだ、すごいね。ユキちゃんね、覚えた!俺は雨宮慎太郎。経営学部なんだ。」
「経営学部だってすごいじゃない。将来は起業家さん?」
「いやいや、そんなたいしたものじゃないよ。親父がさ、しがない探偵事務所をやっていてさ、いつか親父の事務所を継げたらなって……探偵だけじゃなくて、そういう……経営の知識もいるのかなーってさ!ユキちゃんはお医者さんになりたいの?」
「そうだね、役に立てればと思って……医療知識は何かと役に立つじゃない?」
前世の記憶が戻った時のエピソードは、敢えて言わなかった。
だって、いくら衝撃的な出来事だったとはいえ、あの時の青年は貴方ですよね、なんて自信持って言ったら、却って、変に思われそうじゃない?
「オリエンテーションで雨宮くんに声かけちゃった……原作通り、酔っていたみたいだし、酔い止め渡したけど自然だったよね?」
私は独り言を呟く。
踵を返して、彼のいるベンチの方を遠巻きに見ると、彼は眠っているようだった。
「雨宮くんの連絡先交換できたし、これで繋がれるよね?」
私はキョロキョロと周囲を見る。
「オリエンテーションで初めて事件が起こる。でも原作の被害者と加害者は船中内で行方不明……原作通りにいってないけれど、このまま進んでいくのかな?どうなるんだろう……」
先生達は行方不明者が出たことで、ざわついているが、何百人もの生徒がいて、ほとんどの生徒は同じ学部の生徒も把握していない状態で騒ぎにはなっていないようだった。
みんな、周囲に溶け込むので精一杯だ。
結局、二人の生徒は見つからず、警察に通報して、膠着状態のようだ。
主人公も眠っていたので、捜査協力に難航していた。
それでも、時は流れていく。
私達のキャンパスライフはこうして始まった。
「おーい!ユキちゃん!この前のお礼、カフェの新作ドリンクでいいの?」
「うん!それに雨宮くんともっと話してみたかったし!」
「……ユキちゃんって、時々ドキッとすること言うよね。俺も話したいと思っていたんだ!行こっか!」
オリエンテーションの後、彼からすぐに連絡が来た。『この前のお礼がしたい』って。
私の解釈通り、義理堅い人でよかった。
少しでも長く、彼のそばに居たい……
「チャンス逃したくなくて、告白しちゃった……!付き合えた……嬉しい、これで貴方を間近に見続けることができる。あなたの側に居られる。」
これで、ずっと彼の側に居られる!
色んな事件を彼と辿っていこう……ヒロインとして。
「いつも手作り弁当作ったり、たまに夕飯作ってくれたり……本当にありがとう。研修とかで忙しいだろ?無理してないか?」
「ううん!全然平気!慎太郎のためならへっちゃらだよ!」
「ちょこちょこ危ない目に遭っているのに、俺ちゃんと守るどころか彼女に検視までさせちゃっているし……はぁ、親父みたいな探偵になるには程遠いなぁ。」
「そんなことない!慎太郎は頑張っているよ!」
「しかも、解明したはずの謎もモヤモヤするし、いまいち、解明しきれてない気がするんだよなぁ。なんかしっくりこないというか……」
「それって……別に真犯人がいるってこと?」
「うーん……」
私がこの世界に介入したからか、慎太郎の推理は少し行き詰まっているようだった。
でも、事件は、慎太郎を待ってくれない。
「な、なんだって、こんな人が大量に死ぬんだ!?」
「多分、みんな毒か何かでやられているみたい……私達もさっきまで同じ場所で同じものを食べていたのに……」
「あんなに警備していたのに、死んでいる……!?」
「まだ、温かいわ……さっきまで生きていたのに……」
「くそっ!犯人はどこにいったんだ!足音がしたと思ったのに!」
「慎太郎!慎太郎!しっかりして!」
「はっ……ユキ!俺、誰かに殴られて、閉じ込められていて……」
「意識が戻ってよかった……」
大学四年間、私と彼はひたすら様々な事件に関わり、たくさんのドラマを観てきた……
「……少しくらいは物語のヒロインになれたかしら?大好きな探偵さん、早く私を暴いてね。」
せっかくだもの。悲劇的なドラマには、ロマンティックなスパイスは必須でしょう?
『ユキちゃんはお医者さんになりたいの?』
『そうだね、役に立てればと思って……医療知識は何かと役に立つじゃない?』
ー検視とか。
『原作通り、酔っていたみたいだし、酔い止め渡したけど自然だったよね?』
ー薬、自分で調合してみたけど、大丈夫そうね。ぐっすり眠っている、ふふふ。
『……原作通りにいってないけれど、このまま進んでいくのかな?どうなるんだろう……』
ー主人公との出会いのシーンを邪魔されたくないから、この原作シーンはカットして改変してみたんだけど、このまま続いていきそう!良かったぁ。
『うん!それに雨宮くんともっと話してみたかったし!』
『……ユキちゃんって、時々ドキッとすること言うよね。俺も話したいと思っていたんだ!行こっか!』
ー彼女として側に居られれば、もっと出番が増えるかも……!
『付き合えた……嬉しい、これで貴方を間近に見続けることができる。あなたの側に居られる。』
ーこれで、主役の、スポットライトの近くに、舞台に、上がることができる!私もスポットライトを浴びることができる!
『いつも手作り弁当作ったり、たまに夕飯作ってくれたり……本当にありがとう。研修とかで忙しいだろ?無理してないか?』
『ううん!全然平気!慎太郎のためならへっちゃらだよ!』
ーこのくらいのタスク、前世で慣れているし、毒や薬の耐性つけといた方が面白そうだしね。
『多分、みんな毒か何かでやられているみたい……私達もさっきまで同じ場所で同じものを食べていたのに……』
ーカクテルパーティーのつまみに細工をしたの。私も慎太郎も毒や薬の耐性がついているから多少の毒だと影響なかったみたいね。
『まだ、温かいわ……さっきまで生きていたのに……』
ー特製の細工は上手くいったみたいね。
『くそっ!犯人はどこにいったんだ!足音がしたと思ったのに!』
ー今回ばかりは危なかったわ……カーテンを使って脱出できた。前世で、エアリアルヨガをやっていて良かったわ……
「意識が戻ってよかった……」
ーたまには、原作準拠もいいかと思って、犯人に身を任せていたら、予想以上に慎太郎のダメージが酷くて焦ったわ。こんなところで、うっかり主役がいなくなったら困るもの。
卒業旅行に、私達は日帰りでレンタカーを借りて、ドライブをした。
ふいに、彼が景色の良い吊り橋に行こうと言い出した。
迫力のある岩肌と波の色と音……
彼はまるでプロポーズをするかのように、決心をして、口を開き始めた。
「信じたくない、認めたくない……けど俺の直感がこう告げている……ユキ、君が一連の真犯人だね。」
彼の眼は確信に満ちていたけれど、その瞳は潤んでいた。
どうやら、彼は、本当に私のことを想ってくれていたみたいだ。
「……ようやく、私の演技に気づいてくれたのね。情で、探偵の貴方が自慢の鋭い勘を鈍らせるなんて興醒めだから……暴いてくれてありがとう。断崖絶壁で貴方に真相解明されるなんて最高!永遠に……愛しているわ。」
そう言って、私は崖から落ちた。
舞台から飛び降りた私はスポットライトから遠ざかって……
慎太郎は私の名前を叫んで……それで……
私は、ずっと舞台で輝くスターになりたかった。
幼い頃から私は舞台役者に憧れて、日々稽古や色んな技術を磨いた。
一見、関係なさそうな知識もたくさん身につけた。
薬や毒、医療知識も前世から予備知識はあった。
もちろん、本格的な医学は今世から学んだけれど……
役者仲間は私の努力を評価してくれたけど、現実は甘くなかった。
私はスポットライトを浴びたかった。
特に前世で人気を博し、何年経っても定評のある『雨宮探偵の事件簿』シリーズには強い憧れがあった。
悲鳴をあげる群衆の端役でも抜擢された時は嬉しかったなぁ。
普段は悲鳴をあげることも叫ぶことも許されなかったから。
だから、『雨宮探偵の事件簿』シリーズの世界にこられたのは、私の人生を賭けた絶好の機会だと思った。
これは、私がスポットライトを浴びる唯一無二のまたとないチャンス!
役者で居続けるための日銭稼ぎで労力を使われて、前世では過労死で終わってしまった。
私は花咲くことができなかったのだ。
だから、私は何でもするの。舞台に上がり続けることができるのならば……
「あの……大丈夫ですか?」
初めて出会ったあの場所、若い高校時代の彼がそこに居た。
ああ、これは『ループ物語』なんだ。
嬉しい、私からの最愛なる探偵さんに向けた挑戦状、今度はもっと上手く表現してみせるから……
ふふふ、次はどんな役で貴方に近づいてみせようかしら。
私は、微笑みながら、彼が差し伸べる手をとったのだった……
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
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