九話 入部と新入部員
どの部活に入ろう。極力疲れないところがいい。そんな厳しい条件で考えていた僕であったが、意外なことにピッタリな部活が見つかった。
その部活とは文芸部である。
残念なことに部活見学のときは文芸部の活動する教室が開いていなかった。運悪く休みの日かとも思っていたがいつになっても活動する気配が無かった。
気になった僕は文芸部について担任であり、文芸部の顧問にもなっていたさきちゃんに聞くことにした。
「ああ、文芸部のことね。実はいま部員が一人もいなくて部員募集中なのよ。去年は三年生が三人所属していたんだけどね、その三人が卒業してからは部としての活動はしてないわね。このまま誰も入部しなければ来年には廃部になるかもしれないわね。」
「これまで入部しようとした人はいなかったんですか?」
「どうだろう?入りたいと思っていた人はいたかもしれないけど、文芸部に所属していた三年生の三人組がとっても仲が良い子達でね。遠慮したんじゃないかしら。」
まぁ確かに仲が良い三人組、しかも三年生の輪の中に加わるのは気が引けるか。
それにしても、もともと活動していなかったのでは、僕が行っても部活見学などできるはずもなかったのだ。それをコレといった部活がない、などと決めつけたのは実に早計であった。反省しよう。
なんにせよこの優良物件を逃す手はない。教室棟とは別に建てられている特別教室棟の最奥の空き教室。そこが文芸部の部室だ。生徒たちの騒々しさから逃れることができ、空調も使い放題。加えて部員が僕ひとりときた。ちょっとした私室ができるようなものだ。そう思いその日のうちに入部の手続きを済ませた。
「じゃあ誠士郎ちゃんが部長ということで、年二回の部長会議には出席してね。活動内容については特に指定しないけど、年度末には活動実績を記載してもらうから、なにかしら実績になるようなことはしておいてね。」
「これまでの文芸部はなにしてたんですか。」
「そうねぇ。これまでは晴天祭のときにオリジナルの小説か、小説についての論評を掲載した冊子を販売していたみたい。」
「せいてんさい…?」
「この学校の文化祭のことよ。学校説明会のときに説明あったでしょ。」
「そういえばそんなこと聞いたような…。」
実のところ、文化祭に興味はない。自分から主体的に動くことはなく、言われたことを淡々とこなす。そして出し物は人並みに楽しむ。そんな雑用係兼一般客の立場でいられればと思っている。
波風立たない高校生活を送るにあたって、間違っても文化祭実行委員になったり、クラス企画のリーダーになってはいけない。文化祭で発展する恋愛などもってのほかだ。
別に恋愛を否定している訳ではない。なんならしたいとさえ思っている。しかし、イベント事で発火した恋の炎は一気に燃えあがり、一気に燃え尽きる。恋はキャンプファイヤーではなく、儚くも輝き続けるキャンドルのようであるべきなのだ。ん、自分でも何言ってるかわからなくなってきた。
つまりはそう、一時の感情に流された恋愛関係ではなく、ささやかでも末永い恋愛をしたいということだ。
とにかくだ、晴れて文芸部に入部し、部長となった。放課後は空調の聞いた部屋でまったりと読書でもしよう。
その日は既に日も暮れ始めていたので帰宅することにした。四月も終わりを迎えている。なんと翌日からはゴールデンウィークが待ち構えている。その足取りはこれまでの高校生活で一番軽やかなものだっただろう。
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翌週の月曜日。時刻は放課後となった。
三連休に挟まれた一日が登校日だったため学校に来ていた僕だったが、授業中も終始ニヤけてしまった。
教室をひとつ占有でき、自分の部屋にできる。しかも部活動という名目もある。また、翌日以降は二度目の三連休になることもあって、ニヤけてしまうのも仕方がない。
そんなウキウキの状態で部室の戸に手をかける。しかし部屋の中に人の気配を感じた。
さきちゃんだろうか?文芸部の活動を見させてもらう、とか言われたら困ってしまうのだが。まあでも文芸部の仕事は本を読むことだし、別にやましいことではないからな。堂々としていればよいのだ。
しかし部室の中の存在はどこか暗くてどんよりとしたものだった。この感じ…。僕は知っているはずだ。
「ひ、日影さん…?」
教室ではいつもひとり。休み時間は常に読書。そんな女の子が部室の椅子に座っていた。しかし彼女の反応は僕が知っているものとは少し違った。
「あら、私のこと知っているのね?ああ、でもそうか…。あなたB組の近藤誠士郎くんよね。妹がお世話になっているわ。」
「まさに僕が近藤誠士郎だけど、妹…?」
「あなた知らないのね?てっきり知っているものかと思っていたけど。まあいいわ。私はD組の日影澪。日影雫は双子の妹よ。私もこの文芸部に入部したからこれからよろしく。」
あれ〜?僕専用の部室は?
兎にも角にも我が文芸部に新入部員が増えた。