七話 幼馴染2
つい興が乗ってしまった……。
「いやー、ごめんごめん。興が乗るとついついああなっちゃって。」
ダボッとしたシャツを身に纏い、いかにも不健康そうな顔色をしたこの女は僕の幼馴染、小浮気天音である。
この骸骨みたいな顔の女を一言で表すことは難しい。オタク、腐女子、似たような意味の単語はあるが、それらとは少し違う。しいていえば変態である。普通に男女間の恋愛も嫌いではないばずなのに薔薇や百合の方に強く関心を示している。ちなみに薔薇、百合とは、俗に言うBLやGLのことである。
そんな関心の方向からも分かるように、この変態女は守備範囲が広い。日常の些細なことで妄想を膨らませてしまう。
いつ何時であっても妄想している、そう言っても過言ではないくらい異常なやつなのである。その異常さたるや、他に類を見ない。なんせこの僕がやつの妄想の中に勝手に組み込まれていることもしばしばだからである。
「おい変態、入学式から一回も学校にこないから先生が心配してたぞ。体調を崩してるんじゃないかって。」
「そういう口実で誠士郎は乙女の部屋に忍び込み、決して許されない禁断の関係となってしまうのか。嗚呼、あなた、みないでぇ〜。こんな私を見ないでぇ〜〜。」
「お前、ぶん殴られたいか?」
「いや失敬失敬。一時的にやめるので許してください。」
「一時的にって…。まあいいや。とりあえず明日は登校して、先生に無事を報告しろよ。」
この女、変態ではあるが普段は普通の女子として生活できるのである。未来永劫そうしていてほしいところではあるのだが。
「先生に報告って、大袈裟だなぁー。二日や三日欠席するのなんて学生のあいだでは日常茶飯事でしょ。あ、もしかしてクラスに馴染めないかとか心配してくれてんの?ウチそういうのうまくできるから大丈夫だよ。」
「その二日や三日で済んでないからこうしてここに来てんだよ。」
「……?」
こいつもしかして…。信じたくはないが、この反応は信じざるを得ない。
「天音。今日が何日か知っているか。」
「うん。入学式が四月七日だったから、今日は四月十日、土曜日でしょ。」
「いいですか、落ち着いて聞いて下さい。あなたが部屋に籠もってBL漫画を書いている間に二週間近くが過ぎ、今日は四月二十日となりました。」
「………。ははっ!どこかの医者みたいなこと言わないでよ。」
「………………。」
「えっ…、嘘でしょ……。」
「嘘ではない。とっくにエイプリルフールは過ぎているぞ。」
「…………。」
「………………………。」
「しくじったぁぁぁぁー。ウチがBL漫画書いている間に三日以上過ぎてるぅーー!」
当たり前だこのバカ。
■■■
今、僕の目の前では天音が小さくなりながらお菓子を食べている。食べているのは地元の大企業である四月一日製菓の銘菓、"ふわっと明神 きなこ味"である。
四月一日製菓を選んだのは、現状を信じたくないというささやかな抵抗だろうか。しかし過ぎた時は戻らない。逆立ちしようがド◯えもんがやってくることはないのだ。
天音が肩を落としている間にさきちゃんから預かったプリントを渡し、時間割などの事務的な連絡を済ませた。
「ま、これに懲りたら趣味はほどほどにしとくことだな。」
「むっ…。もしウチが漫画を描くことで約二週間学校にいかなかったとしても、創作に罪はないもん!もちろんウチの作品にも罪はないもん!むしろ作品愛に溢れた漫画家として尊敬されるところだもん!」
「なんで開き直ってるんだよ。」
「もとはといえば誠士郎たちが悪いんじゃん!」
「何もしてないだろ。なんで僕なんだよ。」
「なんで!お前がそれを言うか誠士郎!ウチに男同士のイチャラブを見せつけてきやがって。この三日、じゃなくて二週間そのことが頭から離れなくて悶々としていたんだから。まあおかげで漫画の制作が捗ったんだけどねー。グヘ、グヘヘ、グヘヘヘへ。」
どうやら入学式の日の出来事はこの変態の琴線に触れたらしい。しかし誤解を誤解のまま済ますことは出来ない。ムサシとはただの友達である。そのことは強調して説明しておいた。しかし反応は思っていたようなものではなかった。
「そんなのはわかってるよ。」
あれ、わかっていたのか。
「とーぜんウチが見たまんまを信じてるわけないじゃん。見えないところを想像することがいいんじゃん。」
「つまりありえないと理解した上で、僕とムサシのBL漫画を描いていたのか。」
「そう!よく理解できまちたねー。誠士郎くん、えらいえらい。」
「ふっ、なめられてしまっては困るな。僕が何年変態の幼馴染をしていると思ってるんだ。」
「ムカつくー。巨漢に告白撤回されたときにぷるぷる震えていたやつが何を言うか。どうせ二人になった時にこう言ったんでしょ。告白を忘れろ?無理な話だな、言っちまったことは消せねぇ。男に二言はねぇぜ。つべこべ言ってないで俺様に身を委ねろ。って。あ、やべ、鼻血出てきた。」
「あぁぁ!やめろやめろ!僕で妄想するな!この僕をお前の妄想の中に組み込むなーー!」
まっこと非常識なやつである。というかさきちゃんが、入学式の日に鼻血を出したやつがなんのとか言っていたがこのことか…。入学式の日のやりとりを聞いて、鼻血を垂らすなど、こいつしかありえん。
「ふんっ!誠士郎が負けを認めるまでウチの妄想を垂れ流してやるんだから。なんせ漫画を描く手が止まらず高校生編どころか大学生編、社会人編、新婚旅行編まで完成しているんだから。何と言っても新婚旅行編は最初からイチャラブ全開で描いてるのが楽しかった。」
楽しかった、じゃねぇんだよ。僕らの関係をお前の性癖で歪めるな。
「あ、そうだ!新婚旅行編は既に入籍してるから名字を統一したいんだけどね。なかなかどっちの名字を採用しようか悩んでるんだよ。本人の意見を尊重するのでここで決めてください。」
もう突っ込むのも疲れてきたな。こうなったら最後まで付き合っちゃる!ええい、もうどうにでもなれ!
「まずは誠士郎の方を採用した近藤で考えてみよう。」
夫:近藤誠士郎
夫:近藤武蔵
「こんどうm…………。ってアウトじゃねぇかこれ!絶対ネットあげんなよ。クラスのやつにも言うな。近藤は絶対に許さないからな!」
「もう、照れちゃって。わかったわかった、小杉にすればいいのね。もうそれでネットにアップしちゃうよ。っと、アップ完了!」
わかればよいのだ。あんなアウトな名前はだめだ。ムサシにも申し訳が立たないからな。んっ?ちょっと待てよ。
ふとアップされた漫画を覗きみる。
夫:小杉誠士郎
夫:小杉武蔵
小杉誠士郎…。濃すぎせいs……。
「アウトォォォォォォォォォォォォ!」
■■■
翌日以降、小浮気天音は丘の上高校への登校を開始したが、下ネタが大好きな男子たちに創作物を広めないはずがなく、瞬く間に一年生の間にその名が広まることとなった。
全国の近藤さん、小杉さん、並びに誠士郎さん、武蔵さん、誠に申し訳ありません。ご覧の皆様もあくまでフィクションの中だけに留めて頂ますようよろしくお願いします。