五話 事のあらまし
時刻は正午。南中した太陽が人びとに幸福を振りまいている。
あの後のホームルームでは、軽く自己紹介と時間割りや教科書販売の確認などを行い、解散となった。
そうして現在。僕は友人となったばかりのムサシ、タイガと帰路についていた。
なぜムシャと呼ばないのかと聞かれれば、ダサいからと答える。というのは建前で、この巨漢こと小杉武蔵とはまだそれほど話をしていないからというのが本音だ。おしゃべりなタイガとは違う。とにかくこの巨漢喋らないのだ。
この僕に告白してきたというのに喋らなすぎて、どんな男かいまいち掴めていない。そんな謎多き男なのだ。せいぜい覚えているのは「すっ、すきです。」か「今朝、好きって言ったことはわすれて…」と言ったくらいなものだろう。
そのことをタイガにほのめかして話すと、彼はムサシについてのことを色々教えてくれた。
まずムサシの出身校だが、となり街にある川の原中学らしい。とすると電車通学になるのか。徒歩で通える僕やタイガと違い、電車通学は電車の時間に合わせて早く起きなければいけないからな。寝坊は出来ないな。
次に部活だが、ムサシも野球をやっていたらしい。なるほど、学校は違えど野球部だったら練習試合や公式戦で会うことあるもんな。タイガと知り合いだったのもそういう繋がりがあったかららしい。
なんでもその巨体と強靭な肉体を買われて先発ピッチャーをしていたらしい。とはいっても打つ方もすごいらしく、攻守ともにこなせるオールラウンダーだったようだ。タイガからは打率などの話も聞いたが、野球に詳しくない僕には理解できなかったので省略しておく。
最後に性格だが、おっとりしているが極度のコミュ障らしい。うん、なんとなくわかってた。根はやさしいにも関わらず、コミュ障による寡黙さとその体つき、顔つきでよく怖がられ、誤解されるという。
しかしそこで一つの疑問が生まれる。コミュ障であるのになぜ僕に話しかけたのか。たとえ勇気を出して話しかけることができたとしても、高確率で怖がられることはわかっていたはずだ。であれば今朝の奇行を起こした真意を知りたい。
まさか本当に僕のことが好きだったということはあるまい。というかそう願いたい。
そのことについてもほのめかして話すと、タイガはムサシに聞いてくれた。タイガの耳もとで囁くムサシ。それを聞いてタイガは突如笑い出した。
「えっ、ミナトが?はははははははっ。あいつらしいや。いいかムシャ、あいつの言うことを鵜呑みにしないほうがいいぜ。あいつの言うことは少しズレてるからな。」
どうやら詳細がわかったらしい。
聞いてみるとムサシと同じ中学に湊という男がいるらしい。当然そいつも野球部であり、タイガも知っている人だそうだ。しかしこいつが結構チャラいやつであるらしい。毎日、となりにいる女が違うらしい。女を安々と乗り換えるとは、本当に羨ましい、じゃなかった、本当にひどいやつだ。
それでそいつが他の男子から反感を買うこともしばしばあったようだが、ノリのいい性格もあってか、男子ともうまくやっていたらしい。
そこでムサシは卒業間近に彼に助言を貰いに行ったという。
高校で一人になりたくない。人とすぐに仲良くなるにはどうしたらよいか、と。
ムサシとしては文字通りの意味であったが、その湊というチャラ男はその言葉の裏を読み、恋愛関連の相談であると推測した。
「まずはどんなことでも話すことから始めなければいけんのよ。些細なことでいいから会話を切り出すんだ。だが、ここで注意しなくちゃいけねぇことはあくまで自然に切り出すことだ。いきなりグイグイいくと女は不審がって心を殻で覆っちまう。あくまで自然に会話を始める。最初のうちは相手の領域に踏み込み過ぎない。これが第一ステップってやつよ。」
はじめはなぜ女の話をしているか分からなかったムサシだったが、コミュニケーション上手な湊のことだからうまくいく秘訣なのだろうと思い、そのことはスルーしたようだ。
ここで真面目なムサシは具体的になにをすればいいか聞いた。会話の切り出し方や、話題のチョイスのしかたである。
「そんなのはなんでもいいんだよ。テキトーにその日の髪型とか褒めとけばなんとかなる。えっ?人が自分から離れていくから話しかけることができない?もうわかった。これを読め。この通りやればどうにかなる。」
恐らく湊という男は極度のコミュ障への助言が上手くいかず、面倒くさがったのだろう。
こんなやつがいたら本当にウザいと思ってしまうが、その男が渡してきたのは手元にあった一冊の漫画であった。いわゆるラブコメ漫画だ。
普通だったら怒っていいところだが、優しく真面目なムサシはまたしてもそのチャラ男を信じ、漫画のとおりに行動することにしたのだそうだ。
そうして起こったのがあの今朝の出来事だ。ムサシ自身も緊張していたのだろう。焦ったあげく、とっさに告白をするなどという寄行に走ってしまったというわけだ。
それにしても一安心だ。僕に男色の趣味はないからな。もし告白が本気であったとしても、申し訳ないが容赦なく振っていたところだ。
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その後駅に向かうムサシと別れ、タイガとも別れるとようやく我が家に着いた。
僕は真っ直ぐ自分の部屋に向かうとベッドにダイブした。
まだ初日だというのに色々ありすぎた。さすがに脳のバッテリーもショート寸前だ。事のあらましを聞いたお陰で一安心できたものの、心労が溜まっている。一眠りして心と体を休めよう。
そうして昼食も取らず泥のように眠ったのだった。