四話 かわいい先生
小杉武蔵、打田寅吉は僕の友人である。さっきなった。友人とはなにかを問われれば議論の余地はあるだろうが、友達は友達だ。異論は認めない。
中学二年からの二年間というもの、友人というものを持っていなかったこともあってか、なにを話すべきか思い浮かばない。しかし幸いなことに打田寅吉、通称タイガという男は普段からおしゃべりな男である。会話の話題には事欠かなかった。
彼いわく"高校生活"と書いて"せいしゅん"と読むらしい。高校生活なんて尻がこそばゆいが、言いたいことは分からんでもない。彼が言うことには
「お前らよく聞けよ。高校の三年間ってのはな、人生で一回しかこないんだよ。恋に部活に熱中できる最初で最後のゴールデンタイムなんだよ。青春を送らずして高校生活は終われないんだよ。」
だそうだ。高校生活を省エネモードで過ごしたい僕としては理解しかねるが、高校生活で一度だけでも恋愛をしてみたいと思うのが男心。その点だけはなんとなくわかる。
「お前ら部活は決めてるか。俺は野球一択だね。」
「やっぱりそうなんだな。中学から野球部だったし、それだけ好きなんだな。」
「いや、それもあるが何と言っても女子マネージャーがいることだ。野球部に入れば女子マネージャーと触れ合う機会もあって、うまくいけば付き合えるかもしれない。」
「お前なぁ。マネージャーは特典じゃないんだからな。ほどほどにしとけよ。」
「わかってる、わかってる。でもよぉ、男なら分かるだろ〜この気持ちは。」
「ま、まぁ否定はしないけど…。」
■■■
和気あいあいと話をしていた僕ら&B組の生徒たちであったが、勢いよく教室の扉が開かれたことで静まり返った。
「おいおい、とっくにチャイムは鳴ってるぞー。はやく席につけ。今どきのやつはこんなこともロクにできねぇのか。ママの乳吸うガキとしてもう一回やり直したらどうだ。」
丘の上高校の一学年のクラス数は五つ。そのうちの一つ、このB組には女の先生が担任となっていた。名前からして大人の色気ムンムンの先生だ、というのはタイガの談だ。
「今日からこのクラスを担当する小黒紗季だ。この一年間、てめぇらをビシバシしごいてやるから覚悟しとけー。」
いくら高校教師だからって今の時代にその発言はコンプラ違反じゃないかとツッコみたくなるが、それ以上にツッコみたくなる点が一つ。その容姿だ。
一言で言えば小学生くらいの女の子である。もっと簡素に言えば幼女だ。
体は教卓で隠れ、かろうじて教卓から顔を出している。なんというか、かわいい。僕は別にロリコンとかショタコンというわけではないが、親戚の子どもを見ているようなほほえましさがある。むふ〜、なごむな〜、かわいいな〜。
しかしこの小さな先生の癪に障ったらしい。
「おい、お前ら。紗季先生のことをかわいいとか思っただろ。ちょっとでも思ったやつ、怒らないから正直に手をあげろー!」
あ、やべ。これ怒るやつだ。怒らないとか言っといて怒るやつだよこれ。"かわいい"はコンプレックスだったんだな。以後気をつけるとしよう。
でも一人称が"紗季先生"はかわいすぎるだろ。
手をあげたら最後、怒られて終わることが目に見えているのか、B組の生徒は沈黙を貫こうとしている。このまま変な気をおこす奴がいなければ、これ以上あの小さな先生を怒らせることはないだろう。
「えっ、そうなの…。ほんとにちっとも思わなかった?ほんのちょ〜っとだったら許してあげるけど…。」
いや、めんどくせぇな、おい。コンプレックスじゃねぇのかよ。
戸惑う生徒と先生。意気揚々としていた先生はこころなしか落ち込んでいるように見える。"かわいい"たったそれだけだが、口に出して言うべきか生徒たちは悩んでいた。
しかし、一人の男が立ち上がった。その男はきれいな坊主頭と責任感をもっていた。そう、我らが打田寅吉だ。
「先生っ!悲しげな顔をしないでくださいっ!先生のかわいい顔が台無しです!先生はかわいいです!誰がなんと言おうと、かわいいです!だから自信を持ってくださーーーーーい!」
そんな大胆な発言に、クラス一同は先生の様子を固唾を呑んで見守る。
「……。」
「…………。」
「ほっ、ほんとぉ…?」
その反応に教室では割れんばかりの拍手と喝采が巻き起こった。一同スタンディングオベーションである。ヒーローインタビューがあってもおかしくない。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
放送席、放送席。こちら逆転ホームランでクラスを勝利に導きました。打田寅吉選手です。さすが1-Bが誇る打田選手の豪快な一振りでしたが、今どのようなお気持ちですか。
(タイガ)自分の心に素直にやっただけです。誇ってもらうようなことはしてません。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
脳内再生は余裕だ。そんな祝福ムードのなかタイガは続けてこう言った。いや、彼は言ってしまった。調子に乗って。
「先生のかわいさは本物です!俺たちが日本全国を遊行してそのかわいさを説きましょう!それだけの魅力が先生にはある!その小さな体には夢と希望が詰まっている!」
瞬間、紗季先生の右手からチョークが放たれた。
「"小さい"は余計じゃーーーーーーーーーーーー!」
どうやら"小さい"はコンプレックスだったらしい。
音速で打ち出されたチョークはタイガの眉間に命中し、タイガを気絶へと追いやった。
静まり返る教室。事の重大さに気づいたのか紗季先生は慌ててこう言った。
「こらこら、人の傷つくことを言っちゃ、めっ、だぞ♡」
打田寅吉の坊主頭は、先生の悲しみを晴らす心の太陽になったに違いない。
もしそうでなかったとしても、確かなことが一つある。
紗季先生はかわいい。
これは間違いない。
紗季先生のかわいさに魅了され、この日以降紗季先生は"さきちゃん"もしくは"さきちゃん先生"と呼ばれるようになったようです。