二話 友達
ここまでのあらすじ
僕は近藤誠士郎!今日から丘の上高校に通う普通の高校生!慌てて家を出たら曲がり角でばったり人にぶつかってしまった。
すると相手からは突然の告白ーー。
ーーーー甘酸っぱくてほろ苦い青春ラブストーリーついに開幕!?ーーーー
僕は今、頭を抱えながら一年B組の自分の席に座っていた。
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順を追って説明しよう。
巨漢から訳のわからない告白をされたあと僕はなんとかその場から立ち去り、学校に到着した。受付を通り、クラスと名簿番号を教えられる。その後も大人たちの指示のもとあれよあれよと入学式直前となった。新入生入場の整列を行い、合図が出るまでの待ち時間。あちらこちらに僕の中学時代を知る者のすがたが見受けられる。しかしその誰もが緊張と興奮を胸にし、こちらに気づく者はいないようだった。
何とかなったようだ。入学式はつつがなく執り行われるだろう。このときの僕はそう思っていた。あんなことをするまでは…。
列の前の人はどんなやつだろう?高校生活はもう始まっているのだから、初期地点の近くの奴らと仲を深めるのは定石だ。そんなふうに思い、ふと前をみる。これが失敗であった。
僕の前にいたのは
ーーーーー壁であった。
「ぎゃあああぁぁぁぁぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ーーーーーーーーーーーーー」
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ここまでが入学式入場前である。その後、足をガクガク震えさせながらもなんとか入学式を終えることができた。自分でもわかるくらいにはみっともない顔だっただろう。だが、他の奴らも怖い顔したあいつとは距離を置いていたみたいだったから、誰も僕を笑うことはできないだろう。
そして現在ーー。
一年B組の一行は教室にやってきたわけだが、当然僕の前の席のやつはあの壁男だ。なにを話せばいいかわからず両者無言の状態が続いている。
まわりからは「あんたが話しかけなさいよ」という無言の圧力があることは間違いない。
ここで話しかけ、成功すればクラスの奴からは英雄扱い、失敗すれば面白いやつ扱い。話しかけないという選択肢はない。もしもそんなことをしたら、面白みのない情けない男という認定をされてしまう。ここは否が応でも話しかけ、成功を収めるほかない。
「………………………………。」
しかし話しかけたい気持ちと話しかけたくない気持ちが拮抗している。まずもって何を話せというのか。
もしも叶うなら壁男の方から話しかけてほしい。まあ、話しかけてほしい気持ちと話しかけてほしくない気持ちも拮抗しているんだけどね。
加えて言うなら、もうこの場から消え去りたい。
今朝のことは軽くトラウマになるレベルの代物だった。壁によく似た般若の巨漢に告白されるなど、普通ではありえないことだ。
どうするべきか…。考えろ、考えるんだ僕。この状況で最善の一手をつかみ取るんだ。
悩み苦しんでいる僕をよそに、目の前の壁男は背を向けたままだ。
あ、今ちらりとこっちを向いた。
僕は目の前の男が一瞬こちら側を見たのを見逃さなかった。
が、こちらが気づいたころには男は再び前を向いていた。
数秒して男は再びこちらをちらりと覗き見る。
そうして三度前を向く。
もしかしてあちらから話しかけてくれるか?
もしそうでなくでもこれはチャンスだ。次振り返った時に声をかけよう。
僕とて男だ。覚悟を決めるぞ。
そうして男を睨めつける。
…。
………。
…………………………………。
なんで振り返らないんだよコイツっ。
なんとこの巨漢はもう振り返らないようだ。そうして状況は振出しに戻る。
僕の中の男の認識は定まらないが、苦手意識が植え付けられていることだけは分かる。
なぜ華々しい高校生活初日でこんなどん底の気分を味わわなけりゃならんのだ。
元はといえば眼前にいる壁男が告白してきたことが悪い。あんなことがなければ今頃…。
そんなとき僕の心の中に一つの疑問が生まれた。
ーーー本当にこの男に告白されたのか、と。
こうも無言を貫いているんだ。相手は告白したとは微塵も思っていないのではないか。
例えばそう、僕が聞き間違えたとか。
「(あれは)月です。」
「えっっっ♡」
とか、
「(ワイの筋肉ムッキ)ムキです。」
「えっっっ♡」
とかだ。ちなみにハートマークついてる方は女の子に置き換えて想像している。僕にそっちの趣味はないから僕で想像するのもやめてほしい。
もしくはあれだ、衝突したときに僕が頭を打って幻聴が聞こえていたとか。ボーイ・ミーツ・ガールはそんな感じで起きるはずだ。
「きゃっっ!トスッ(尻もちをつく音)」
「大丈夫ですか美しいお嬢さん(幻聴)。(歯が)キラーン。」
「かっこいいわ。好きっ。」
とかそんな感じだ。違いない。この場合女の方から告白しているが、そんなのはほんの些細なちがいだろう。ありもしないことで男の友人を一人失うところだった。
正直言うとまだ怖いが、まずは挨拶だ。ひとまず挨拶をしよう。挨拶はコミュニケーションの基本だからな。
「や、やぁ。僕は誠士郎。近藤誠士郎と、いいます…。です…。」
だんだんと尻すぼみになってしまう挨拶。しかし頑張ったぞ!よくやった僕!
これでは相手も反応を返さざるを得ないだろう。
「………。」
「………………。」
「………………………。」
数秒の沈黙を破り、男は口を開いた。
「ボックは…こすぃむサㇱ…。」
ついに反応が返ってきた!
僕以上に右肩下がりな挨拶であったが、反応が返ってきたのだ。進歩といえよう。
僕が他人のどんな小さな声も拾うという神業を身につけていなければ、聞き落としていただろう挨拶。 それだけ儚く、今にも消え入りそうな声だったのだ。
中学時代ぼっちだった僕に感謝しよう。教室の角に固まった女子集団の会話に聞き耳たてることをしていなければこのような結果は得られなかっただろうからな。ありがとう僕。
本当に情けないエピソードではあるが、そのおかげで男の名前は判明した。
「へぇーー。こすぎむさしっていうんだ。よろしく!」
そうして握手を交わす。なんだ、やってみれば簡単じゃないか!この調子なら手に入るぞ!僕の平凡な高校生活が!
こうして僕より名簿番号がひとつはやい般若顔の男、小杉武蔵が友達になった。
僕らは笑いあった。武蔵も照れくさそうに笑っている。
僕は何を気負っていたのだろう。こんなに簡単なことだったのだ。
中学の頃の苦い思い出が無意識のうちに僕の意志を削いでいたのだろうか。本来、男友達とはこんなふうに互いが照れ臭そうになりながらも、なんとなくで始まっていくものなのだ。
壁こと小杉武蔵という男は、僕のはにかんだ顔をみて安堵したようであった。
そして目を伏せがちにこう言った。
「今朝、好きって言ったことはわすれて…。」
教室が凍りついた。