十六話 昇り龍
テスト最終日の正午過ぎ。テストも無事終わり、僕は小浮気天音とラーメン屋に来ていた。
【ら~めんや 昇り龍】
そこは街でも屈指のおいしさを誇るラーメン屋である。
鶏ガラベースの味噌ラーメンはここのイチオシメニューであり、味噌ラーメン以外にもチャーシューメン、ネギラーメン、角煮ラーメン、塩ラーメン、タンタンメン、つけ麺、エトセトラエトセトラ…。とにかく種類も豊富なラーメン屋なのだ。
店の外には煮込んだ鶏ガラスープの香りが漂い、連日客を誘い込んでは定期的なリピートの沼へと沈める。一度踏み入れれば抜け出せない。まさに魔境である。
そんなところに迷い込んだのは二人の少年少女。
どうやら彼らは右も左も確認してこの魔境に入り込んでしまったようだ。不安感に襲われるも時すでに遅し。暗黒の時代に封印されし龍王デッドリーボイルドラゴンが解き放たれる。
その龍は世界の魔力を吸い尽くし、海を煮立たせる。魔力を失った世界は外の世界へと繋がる唯一の手段、ユナイテッドポータルを閉じてしまう。
力を増幅した邪龍を倒すまでは元いた世界へは帰れない。不安と葛藤に打ちひしがれながらも龍王デッドリーボイルドラゴンを打倒を誓う少年。
少年少女は進み続ける。
龍王を倒すその時まで。
彼らは龍王に打ち勝ち、無事に故郷に帰還することはできるのか。そして少年は少女に気持ちを伝えられるのか。
エレクトリック大賞受賞作「魔境に迷い込んだ少年少女は愛の力で邪龍を打ち倒し、気ままに夫婦ライフを送るようです。」
―――――少年少女は限界を超える。
と、茶番はここまで。
こんな作品あったとして誰も読まんな。というかこんなどこにでもありそうなのが大賞なんてとれるわけないな。
第一ただの説明文と化した長い作品タイトルのことを、僕は好意的に思っていない。むしろ嫌いといってもいい。マーケティング戦略的な意味合いもあるのだろうが、基本的に中身がないものばっかりだ。
面白いと思ってもらえる作品を書いているのなら、中身で勝負してほしいと思う。
まあ長いタイトルすべてを嫌っているわけではないし、結局のところは出オチ作品にならなければいいということだ。
脱線してしまったな。とりあえず話を戻そう。
店に入店したのは僕と僕の幼馴染、小浮気天音である。僕らは勝手知ったる様子でラーメン屋に入店した。
そこでは長年やっている接客担当兼店の看板男が客に話しかけるのが決まりだ。
僕にもわからないが、そういう掟でもあるのだろうか。僕らは発券機の前で毎度恒例のその従業員の男と話していた。
「おっ、少年少女、昼間からからラーメンデート、いいっすねぇ。二人の仲くらいらーめんも熱々にしまっせ。」
「違いますよ。僕とこいつはただの幼馴染です。からかわないでください。ただテストの帰りに一緒に食べに来ただけです。」
「おっ、テスト終わり!学生さんはさすがっすねっ。それで今日は何にしますかっ。」
「そうだな~。今日はどれにしようか。」
「ウチこれ。ネギラーメン。」
「お前ほんとそれ好きだよなー。………。えっ?お前の分も僕が払うの?」
「いいじゃん。」
「いいじゃんって…。タイガのことは本当に助けられたから…まあいいけど…。これで貸し借りはチャラだからな。」
そうしてお金を入れ、ネギラーメンのボタンをタップ。ネギラーメンと書かれた券と共におつりが出てきた。
発券される直前、女の子におごらない男子はモテないぞ、とついさっきおごってやった女から聞こえた気もするがこいつの性格を知ってるやつはこいつのことを「女の子」なんて口が裂けても言わないだろう。
まあいい。僕も何にするか決めるとするか。
「う~ん。じゃあ僕は…これ!今日は角煮ラーメン。」
そうして発券機にお金を投入。角煮ラーメンを選択すると間もなくと角煮ラーメンとかかれた札が発券される。
「はい、この二枚でお願いします。」
「うぃっす。大盛り普通盛り。」
初めて来た人は戸惑うだろう。
なんとこの店は大盛りが無料なのだ。こうして食券を渡した際に大盛りか普通盛りか聞かれる。大盛りが無料なんて日本人としてはとても嬉しいはず。皆も無料ならとりあえずやっとけ、と思うだろう。
しかし安易に大盛りにするべからず。大盛りの丼が運ばれてから後悔することになる。この店のラーメンは普通盛りでも結構ボリューミーだ。それを大盛りにするのは食べきる自信のある者のみ。運動部の男子が頼むならいいものの、文化部のやつらには少々きついだろう。それでも大盛りにしたくば心して頼むのだ。ちなみに僕は普通盛りにする。
「ウチは大盛りで。」
えっ?大盛りして大丈夫か天音よ。結構量多いぞ。いつも普通盛りじゃんかよ。
まあこいつも極端に小食ではない。大丈夫だろう。
僕も天音もこのお店には日頃からお世話になっている。家が近いということもあり、小さいころから両親に連れられて来ていた。
この店のラーメンはどれもこってりで量も多く成人した男性でも食べきれるか不安になるレベルだ。もちろん小さい頃の僕らがラーメン一杯を完食できるはずもなく、僕も天音も子ども用の小さい器をもらって、母によそってもらった分だけを食べていた。そんな僕も一人で一杯を完食ができるようになり、成長を感じる。
僕が思うこの店がリピートされる理由は3つ。
一つ、量も多くこってりでも不思議といけてしまうスープのうまさ。
これがもちもち触感の手打ち麺と絡まって最高にうまいのだ。
二つ、ラーメンのバリエーションの豊富さ。
発券機には30種類近くのラーメンが書かれている。
ここに夏季限定や冬季限定といった期間限定メニューというのも加わり、本当に飽きないようになっている。
三つ、スタッフ一同の男気溢れる接客。
この店の店員はいかつい男が多い。
そりゃあもうムサシとも遜色がないほどに。
出入り口にいた接客にお兄さんはひょろりとした体格に気のいい性格だが、他はみな体格も風貌もヤクザと見間違えるくらいには怖い男衆なのだ。
あと接客の兄ちゃん以外に怖くないのといえば、店長の女将さんくらいか。
しかし、怖い男衆といえど味への妥協は一切ないし、お客に美味しいものを食べてもらおうと思う気持ちは本物だ。しかも子ども相手にめっぽう弱い。
ちびっこ相手には硬い表情を崩し、笑顔を見せる。帰り際には度々、子どもにお菓子やアイスをサービスする。僕自身、お菓子やアイスを楽しみにこの店に来ていた覚えがある。
そんなこともあり、小さい子ども連れの家族でも安心して訪れられるお店なのだ。
■■■
ラーメンが来るまでの間、僕らは直近の話題について話した。
「どう思う?」
「どう思うって、何が?」
スマホをいじる天音は僕の曖昧な質問に質問で反応した。
「そりゃあ、ムサシのことだよ。家の用事だって焦ってたみたいだったし、大丈夫かなって…。」
「まあ、家の用事の一つや二つあるでしょ。」
「そうかなあ、もし家族が事故に遭ったとかだったら…大変だと思って。」
「そうそうないでしょ。あっても妹が風邪ひいたとかそんな感じじゃない?」
「ムサシって妹いたの?」
「あれ?知らなかった?まだ5歳のかわいい妹がいるらしいよ。」
「そっかぁ…。ただの風邪だったらいいんだけどね…。」
「なに?あんた彼のことをそんなに気にしてるの?」
「っ、そういうわけじゃないけど…。」
「わかった!あんた、家の用事って嘘ついて断られたとか思ってるんでしょ~。」
ぶふぉっっっ!!
「ゴホッ、ゲホッ、ゴホォォォォ。」
図星を突かれて飲んでいた水で咽てしまった。
「あれ?やっぱり図星だったぁ?やっぱわかっちゃうんだなぁ。こんだけ長く幼馴染してると。」
さすが幼馴染というべきか、そうでなくともこのエスパー女は昔から嗅覚が鋭かった。
本当に油断ならないやつだ。なんでも見透かされているようで心が落ち着かないったらありゃしない。
もうこの話題はやめよう、そう言おうとしたときだ。
「まああんたが心配するのもわかるけどね。あんたは中学の時はたいてい一人だったし。あることないこと言いふらされてからかわれたことが始まりだっただろうしね。でも疑心暗鬼すぎると得られる信頼も得られないんじゃないの?そう思って立ち回れば案外うまくいくよ。」
珍しく神妙な面持ちでしゃべる天音。
しかしイマイチ話が見えない。アドバイス的なことを言ってくれていることは分かるのだが、一体何を言いたいのだろうか。
「…つまりは?」
僕はついつい言葉の真意を問いかける。
天音は僕の問いかけにすぐには答えない。
彼女は机の上で手を組み、表情はそのままこちらを見る。
さながら碇ゲ〇ドウである。
「つまりは…」
重く存在感を増した天音の声に僕の鼓動は早まり、謎の緊迫感が場を包み込む。
ついさっき潤ったはずの喉は渇き、唾をのむゴクリという音が響き渡る。
「…っ」
天音が息を吸う。
数秒とも思える時間は過ぎ、天音がついに話し始めるかといったその時。
「はぁい!お待ちどお!ネギラーメンと角煮ラーメンねぇ!」
「うっわあ!美味しそう!ありがとうございますー。」
「はいよ!」
どうやら注文していたラーメンが届いたようだ。
天音は僕との会話など頭から吹き飛んだかのようにそそくさとネギラーメンに手を付け始めた。
何を言おうとしていたのかめちゃくちゃ気になるんだけど…。
天音はそんな僕のことなど構いもせずにラーメンを頬張っている。
「お、おい。」
「なに?」
「だからぁ。」
「あ、もしかしてこっちも欲しい?もうちょっとしたら交換してあげるから待ってなさいよん。」
「はあー…。ラーメンのことじゃないんだけど。…さっきの話。」
「さっきのはなし?何話してたっけ?」
「とぼけるなよぉー。」
「冗談、冗談。マイケルジョーダン。あの事でしょ?」
「ほんとに覚えてるんだか。」
「…。えっと…。そう!つまり、あんたの考えすぎってこと。もっと楽観的に生きていこうぜ☆」
「はあ~。僕もそのくらい楽観的に生きたいよ。まあいいや、僕も伸びないうちに食べよ。」
「そうそう美味しいものは美味しいときに食べないと。お腹が減ったらイライラする。お腹が満ちたらあとのことはどーでもよくなる。それが世の摂理。」
「ほんと調子のいいことだよ。」
さっきとは打って変わってテンションが高い。
今思ったのだが、さっきあんなにも天音が神妙だったのはお腹が空いていてイライラしていたからではないか。天音のことだ、おそらくそうだろう。
緊張していた僕がバカみたいだ。
まあいい。僕も食べよう。美味しいものは美味しいときに、ってのは僕も賛同するしな。
そうして僕も天音もラーメンを美味しく完食してお店を後にした。
それにしてもこいつ、運動部でもないのによく大盛りなんか食べられたな。
今度どうやったら食べられるか聞いておこう。




