十五話 テストの終わりと誘い
3…2…1…
「やめ!」
0と同時に響いたその声は冷たく無慈悲でありながらも昂然としており、どこか幼くかわいらしさの残る声…いや、かわいらしさが今もなお喉に住み着き、根を張っているかのような、そんなかわいさ全開の声であった。声の発信源は思いのほか小さく、その魅力とはあべこべになっている。彼女のために言っておくと、小さいことも魅力のうちではある。しかしながら、本人の前で”小さい”は禁句である。
まぁそれはいいとして、さきちゃん先生の声で一斉に回答をやめ、シャーペンを置いた生徒たちは後ろから答案用紙を回収していく。現在をもって一年時の一学期中間考査が終了した。
なんだろう、今なら何者にでもなれる気がする。瞬間移動や空を飛ぶこと、魔法だって打てそうだ。テストが終わった時の達成感ってのは心に自信と活力を漲らせてくれる。
祝勝会ってのは大袈裟だが、パーッと一杯いきたい。未成年の飲酒は法律で禁止されている?安心しろ、もちろん酒ではない。ちなみにお酒を飲んでもいいのは20歳からだ。成人年齢は18歳となっているからくれぐれも間違えないように。”お酒は成人してから”という認識は”お酒は二十歳になってから”という認識にアップデートしておけよー。ここテストに出るぞー。なんちゃって。
ではなにを一杯いくというのか?健全な高校生がテスト帰りに一杯、そんなの一つに決まっている。
ラーメンである。帰り道から少し逸れたところに美味しいラーメン屋がある。とても美味しいのだが…女子受けは良くない。なぜかーーーー。理由は単純明快。
油ギトギトの高カロリーラーメンだからだ。しかし、美味いものは美味い。毎日食べたいとは思わないが、定期的に食べたくなる味だ。テスト終わり、部活終わり、失恋したとき。そんな青春の転換点で男子高校生が寄るような場所である。普段は休み時間中のサラリーマンも多いだろう。そんな場所に今すぐ行きたい。それが今の僕の心情だ。
しかし一人で行くのも…ね?べ、別に寂しいとかじゃないんだからね!勘違いしないでよね!
ふぅ~、高校生活二度目のツンデレを決めたところで…建前を話しておこう。ご飯は誰かと一緒に食べたほうが美味しく感じるのである。それは誰だって同じであるはずだ。だよね?
と、いうことでタイガを誘ってみた。ノリがいいから二つ返事どころか一つ返事でオッケー、と言うはずだ。まずは一人目の確保といこう。
「悪いがいけねーぜ。この後部活だ!俺にはいかなきゃいけないところがある!待っていてください!橘せんぱーい!」
そう言い放ち、タイガは行ってしまった。とにかくウッキウキの表情であった。例えるならばそう、小学生が下校途中の空き地に秘密基地を作ったときのような表情である。
そうですよねー。野球部は大会も近いらしいし、部活があるのも当然だよね。んっ?部活いけるのか?あいつ。まあ天音と二人三脚で勉強してきたのは知っているし、結局のところ数学以外はそんなに難しいものでもなかったしな。なんとかなったのだろう。もし仮に赤点補習があったとて夏の大会に出られなくなるだけで、現時点では部活に出られるということだろう。橘先輩に関しては脈なしだと思うが…まぁいいか、がんばれよー。
ということで残念ながら一人目は確保ならず。と、なると誘うのはあと一人だけだ。小杉武蔵を誘おう。
ということでムサシを誘ってみた。体もでかいしムサシならあのラーメンもこともなげに完食できるだろう。いやまあ、体がでかいからといって大食いであるとも言えんのだが、まあベジタリアンということもなかろう。
しかしムサシにも誘いを断られてしまった。ごめん、と一言。その後何か悩んだ末こう言われた。家の用事がある、と。家の用事があるならしかたないね!って言いたいが…ほんとに家の用事があるんだろうか。ムサシを疑ってるわけではないし、僕は粘着系女子でもないが、断られないと思っていたやつに断られるのって少し寂しくてつらい。しかも悩んで出した理由が家の用事って。おそらく”誠士郎とラーメン”と”野暮用”を天秤にかけた結果、野暮用が勝った。そして言い訳に困った末、理由を家の用事としたのだろう。
もちろんムサシが悪いわけではない。おそらくムサシは野暮用以上に僕の誘いにうま味を感じられなかったのだろう。そうであればいい提案をできなかった僕が悪い。
もしくは彼はまだ僕に信頼を置いていなかったとか。一ヶ月だけだが良き友として生活してきて、少しは仲が深まったとおもっていたのだが、中学時代に友達と呼べるものがほとんどいなかった僕には分からない。僕は良き友になれていなかったのだろうか。根本的な話、良い友達とは何なのだろうか。
しかしながら、野暮用で断られても許せる友人ってのは良い友達の要素だよな。それは間違いないはずだ。ならばネチネチ気にせず許そう。そしてまた誘えばいいのだ。もしまた断られても誘いを受けてくれるまで誘い続けよう。そうすればいつかは一緒に食事に行く機会など珍しくもなくなるはずだ。
「わかった。じゃあまたいつか、部活のないときにでもまた誘うよ。」
「う、うん…。」
ここでふと一つの疑問が浮かんだ。そういえば、結局ムサシは部活してないのか?ムサシのことだからタイガの勧誘を断り切れずに野球部に入部すると思っていたのだが、ムサシは野球部の練習に行く様子もなく家の用事と言っていた。
もしかして家の用事とは本当のことで、緊急なやつだろうか。母が心臓病で倒れたとか、父が交通事故に巻き込まれたとか。今日は野球部をお休みして病院に行くってなら、理由の言い方に悩むか。僕もそこまで他人の家庭のことに踏み込めない。だが……気になる。
ま、まあ、良き友ってのは友がつらいときに寄り添ってあげられる人のことだ。事情を聞こう。言葉を選んで聞くのだ。
焦るな。まずは核心から少し遠い話題を出すんだ。
「そ、そういえばムサシって何か部活入ったの?」
よし、そうだ。順調にいこう。ここでムサシが「野球部に所属してるよ☆」と答え、僕は「部活に行かないんだね☆もしかして家の用事って、結構困ってることだったりする?もしよければ話聞くよ☆」と返す。さりげなく家の用事みついての話へ誘導するのだ。そして本当は何があるのか問い詰め…じゃなかった、聞いてあげるのだ。
「ボック、部活、入ってないんだ…。そ、それじゃあ…時間、だからまた、ね。」
「ちょ、ちょっとま…て………………………………。」
引き留めるも虚しくムサシも行ってしまった。僕が伸ばした右手は所在なさげに虚空を揉んでいる。あ、あれぇ。僕、避けられてる?今のはさすがに堪えたぞ。視線もムサシが走っていった方をぼんやりと眺めているだけである。
そんなとき、僕の硬直を解いたのは耳元で囁かれた天音の声だった。
「見事にフラれましたな~。そうやって露骨に揉みたがるから~。これは幻滅ですぞ。待てよ、NTRの可能性もあったか!BLNTRという新ジャンルが!アイデアが!溢れてくるぅ~。デュフっ。」
いろんな意味で頭を抱える僕であった。




