十話 雑談
放課後の文芸部室。部長の僕、近藤誠士郎と部員の日影澪は自己紹介も兼ねて談笑をしていた。いや、別に会話が盛り上がってるわけでもないし雑談か。
「僕はB組の近藤誠士郎といいます。一応、この部の部長、でいいのかな。よ、よろしく。」
「えぇ、知ってるわ。雫に聞いた。よろしく。あとはい。紅茶で良かったわよね。」
「お、おう。ありがとう。」
「そんなにかしこまらなくていいわ。もっと気楽にしてちょうだい。」
「…わかった。じゃあそうさせてもらう。」
そして紅茶をひとすすり。うん、美味い。この日影澪という女は当然のように部室にマグカップやら電気ポットやらを持ち込んでいる。勝手に良いのだろうか?まあ僕もその恩恵にあずかれるのだからいいか。
けい◯ん!に憧れていた僕としては、放課後にのんびりまったりと茶をすするというのはこの上なく嬉しい。
「それで、私は基本的にここで本を読むかお茶を飲むかしていようと思うけど、あなたが思い描く文芸部は何かしたいことがあったかしら。」
「いや、特には。僕も空調のきく部屋で本を読めればそれで満足かな。」
「そう。それなら良かったわ。」
「………。」
やばい、会話が続かない。日影雫とはまた違う。日影雫はオロオロして会話が続かない感じだ。
しかし姉である日影澪は会話はできるが、それきり話が広がらない。雰囲気は似ている二人だが、ここらへんは明らかに違う。日影雫にはない冷たい感じが日影澪にはある。
「それにしても日影さんはどうして文芸部に?」
「澪でいいわ。雫と分からなくなってしまうから。」
わかった、と返すと日影澪は言葉を続けた。
「それで入部した理由だけど、深い理由はないわ。私も本が読めればそれで。あとは興味本位ね。雫がクラスの人に話しかけられた、と言っていたからどんな人間か気になって。そうしたら雫に話しかけたというあなたがタイミングよく文芸部に入った、と聞いたからどんな人間か知ろうと思ったのよ。」
「それでその…僕はどうだった?」
「よくわからないわ。類は友を呼ぶというように、雫と同じタイプの人間かとも思っていたのだけれども、そうでもないみたいだし。あの子に話しかけるなんてあなたも物好きね。」
「いやいや、自分の妹に話しかけただけで物好きって、姉としてどうなんだよ。」
「どうもこうも本当のことでしょ。あの子、あんなだからどうせ他人とも関わろうとしないし。話しかけてくるのなんてせいぜい雫を笑い者にする人か、性のはけ口にしようとする人、もしくはそれに準ずる物好きくらいなものでしょう、あなたのような。」
「いやいや、さすがに話しかける人全員がそこまで酷くはないでしょ。てかしれっと僕を"それに準ずる物好き"に分類するな。」
「あの子、昔っから気が弱くてね。すぐにイジメられるからいつも私がどうにかしてきたのよ。クラスでも既にイジメられてるんじゃない?特に自分たちが上だと思ってる連中にはかっこうの餌食だろうし。」
スクールカースト。いじめ。ふと僕の中にそんな単語が思い浮かぶ。
小学校くらいまではまだどうにかなる。いじめが起これば学級会議が開かれるか、いじめた人間が先生に指導を受ける。そうして事件は一応の決着がつく。
しかし中学校、高校と学年があがるにつれて、いじめはより陰湿に、複雑になっていく。これらで問題なのは明確な悪役がいないことだ。
中学生や高校生は"空気"や"雰囲気"という目に見えないものを読んで行動する。これにより本来罰せられるべき悪役は人ではなく"空気"という曖昧かつ目に見えないものとなる。そんなものどうしたって罰することは出来ない。
たとえ誰かを罰したとしても一度できあがった"空気"や"雰囲気"というものは無くならない。根本的解決にはならないのだ。
「まあ、あの子があんな性格だからそうなってしまうのも無理はないのだけどね。でも、もし手を出す人間がいたら絶対に許さない。もちろん、あなたもね。」
なにか釘を刺されたような気分だが、いじめなど決してしていない。これからもするつもりはない。いじめなど生産性はこれっぽっちもないからな。
「いじめをすることも、加担することもしない。これは決して破らない。約束する。」
「……………。そう。ありがとう。」
そうしてその話題は終わった。そこで僕は素朴な疑問をぶつけてみる事にした。特に意図はない、単純な疑問だ。
「双子揃って本を読むのが好きなようだけど、どうして雫さんを文芸部に誘わなかったのか聞いても?」
「別に私から誘うものでもないでしょ。しかも、私は好きで本を読んでるけど、たぶんあの子はそんなに本が好きじゃないわよ。」
「ほう、普段はあんなに読んでいるのにどうして?」
「さあ、一緒に会話をする人がいないからか、私の真似じゃない?たとえ好きだったとしても、本よりパソコンとかゲームのほうが好きよ、あの子。」
なるほど、ネトゲ廃人まっしぐらですな。僕も気をつけなければ。
「澪さんはしないの?パソコンとかゲームとか。」
「最低限の調べものをしたりはするけど、ゲームはしないわね。しかもここ最近は雫の部屋から奇声みたいな声が聞こえてくることがあるのよ。パソコンとかゲームばかりしてしまうとああなってしまうと思うと、少しこわいわね。」
おっと、これは重症だ。お宅の妹さん、かなりまずい状況ですよ。
「それはかなりまずいんじゃ…。」
大丈夫なのか、そう聞こうと思ったタイミングでチャイムが鳴り響いた。下校時間を知らせるチャイムだ。
「ついつい話し込んでしまったわね。鍵を閉めるから部室の外に出ましょう。」
そうして僕たちはカバンをもって部室の外に出た。
鍵を閉める直前、日影澪は僕にこんな事を言った。無理のない範囲でいいから雫を気にかけてあげてほしい、と。
彼女なりに妹のことを心配しているのだろう。心配は杞憂で、親バカならぬ姉バカであることを願うところだ。
そうでなかったとしてもその頼み聞き入れよう。僕はどんな頼みでも受け入れる優しさと責任感をもった人間なのだ。
その後鍵を返しにいく日影澪と別れ、家に帰るのだった。




