一話 ボーイ・ミーツ・ボーイ
「いってきまーーーす!」
慌てて家を飛び出すはこの僕、誠士郎。近藤誠士郎だ。食パンを咥えながらの登校である。しかも新たなステージへの最初の一歩だ。
この定番の流れはもしかして、と思う人もいるかと思う。その予想はおおむねあっている。もしかしなくても今日は入学式であり、僕はこの春から新たに丘の上高校へと進学する新入生。
そう、この僕近藤誠士郎は心躍らせるドキドキの一年生なのだ。
このドキドキが遅刻ギリギリの焦りからくるものなのか、新たな生活への期待からなのか、はたまた不安と緊張からくるものなのかは定かではないが。
しかし不思議な高揚感が僕の鼓動を加速させていることは間違いないだろう。
僕はそんなどこにでもいる普通の高校生なのだ。うん、本当に普通だ。
期待と不安で眠れなくて、遅れそうになっているあたりも普通のことだろう。
高校の入学式くらい遅れてもいいと思うかもしれないがそれは大間違いだ。周りと足並みをそろえることは最重要事項である。
ーーーなぜか。
それは一人にならないためだ。いち早く友達を作った者がコミュニティを作る。コミュニティに入れなかったものは孤立し、スクールカーストの最底辺というレッテルを張られるのである。
決して遅れてはいけないのだ。初めが肝心。
そこを失敗したら詰みである。
そうして僕は過去のことを思い出す。
忘れもしない2年前。
このころの僕は中学2年生で、思春期真っ盛りな時期であった。
派手な服装は生徒の目を引き、先生からは目をつけられた。
口調も今からは想像できないくらい尖っていた。
これらを推測するに、大抵の人はチャラ男であったと思うだろう。しかしながらそれは誤解だ。
僕はもともとそのような度胸を持ち合わせてはいない。
ある意味では度胸があるといえるかもしれないが、極端に度胸がなかった結果なのだ。
単刀直入に言おう。
僕は中二病だった。
コミュ障、陰キャ、童貞。三つの称号を兼ね備えてしまった末路というべきだろう。
契約魔獣を召喚し、血の契約に従い常軌を逸した強大な力を獲得できる。本気でそう思っていた。
もちろんキュウ◯えではない。しかしながら、自分でも驚くくらい熱中していた。魔法陣を自作したり、技名を考えることを熱心におこなってしまう少年だったのだ。
家に帰ればネットサーフィン。学校に行けば一人でラノベを読む。そんな生活の繰り返しだった。ちなみにラノベはラブコメであったが恥ずかしかったのでブックカバーをしていた。闇の魔術師が萌え絵の本を読んでいるとなっては示しがつかないからな。あとは純粋に本を大切にもできるしね。
とにもかくにも思春期のエネルギーが一般とは異なるベクトルへ向かっていたのだ。
そんなこんなでクラス、ひいては学年のやつらにはヤバイ奴認定をされるのは当然のことであった。仕方ないよね、中二病だったんだから。
おっと、だからといって邪眼をもった少女が出てきたり、ツインハンマーの少女が出てきたりするわけではないぞ。第一あの子達は超美少女だろ?そんな子がそんなホイホイ出てきてもらってはこの街の顔面偏差値の平均が全国一番になってしまうからな。
あくまで高校生活は波風立てず、一般生徒、いや、凡人として有意義な3年間をおくろう。普通に通って普通に帰る。普通に遊んでくだらないことで笑い合う。恋愛に興じるってのも捨てがたいが、目立つことは避けよう。そう心に誓った。
そんなことを考えていると高校への最後の曲がり角が視界に入ってきた。進学するのは丘の上高校。その名の通り丘の上にあることが名前の由来になっているらしい。なんとも安直である。
この先を言った角を曲がれば緩やかな登り坂が待っている。
走ってきたせいで喉はからから。咥えていた食パンは未だ3分の2も残っている。緩やかといえども坂の長さは300メートルくらいはあるだろう。心臓破りの坂である。
そんな場所を食パンを食べながら登ることなど死に等しい。そうして僕は口からはみ出たパンを豪快に詰め込み、飲み込みにかかった。
しかしその時はまだ僕は気づいてなかった。曲がり角から出てくる存在に。そしてそれが僕の平凡な高校生活をぶち壊す存在であることに。
■■■
「うわぁぁぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ーー!」
僕は曲がり角から飛び出してきた硬い「何か」に思いっきりぶち当たった。当然尻もちもついた。
咥えていたパンは墜落し、僕の朝食はおじゃんになってしまった。
僕はふと心配になった。ぶち当たったのは尋常じゃないほどの硬い「何か」。車であれば僕の体は目も当てられない状態になる。手、足、お腹と確認する。よかった外傷はなし。なんともラッキーだ。
これがもし霊体であればこのあと神様のところに転送されて、最弱スキル(明らかに最強スキル)を授けられ、異世界へ転生させられるところだが。
そんなことを考えていると目の前から声がかけられる。
「ぶっ、ぶつかって、ご、ごめんなさい。」
身体を見回す僕に、女子のようなかわいい声がかけられる。はて、ぶつかったのは車のはず目の前からから声がかけられるなど…。そこで僕は思い知る。
ーーーぶつかったのが車以外であることを。
とっさに僕は顔をあげた。そこにあったのはーー
ーーー壁であった。
ぅっほん、失礼。正確には壁のようにデカく、般若の如き形相をした巨漢であった。
赤子がみれば泣き出し、犬がみれば吠えだすようなそんな男だ。
意味が分からず、僕ははじめ声が出なかった。しかも男の顔は震えあがるほど怖い。このあと僕はカツアゲされて、高校3年間をこの不良の下僕として過ごすことになるだろう、そう悟った。あぁ、さようなら僕の三年間…。
悲しみに暮れる僕とは対照的に、かけられたことばは思いのほか優しいものであった。
「だっ、だいじょぶ、ですか?」
歩み寄ってきた男からは丁寧な口調で心配する声が発せらると同時に、どうにもおどおどしている様子が伝わってきた。
そんなとき僕はといえば、脳の情報処理限界をむかえていた。
なんせ男の声が萌え声だったからだ。これボーイ・ミーツ・ガールだったか?なぜ巨漢から女子のような声が?まるで声優がアテレコしているみたいだ。声優はすごいからな。どんなやつの声もアテラレルノダロウ。
完全に思考放棄である。できる限り平静をよそおい立ち去ることにした。
「アッ、アリガト、ゴザイマシター。」
なにに対して感謝しているかわからんがこのときの僕に思考のしの字もないのだから仕方がない。逃げるとしよう。
しかし男は僕の制服の裾をつかむと、こんなことを口走った。
「すっ、すきです。」
はっ?
思っても見ない告白だが、これだけは言っておきたい。
これはボーイ・ミーツ・ガールではない。