第一章
その少女へ、口づけを。
その怪物は、どこまでも血に飢えていた。
目の前には愛しくて、しかし激しく貪りつきたくなるような、甘い匂いのする少女。
その身体は壊れそうにか弱く、肌は白い陶器のようだった。
少女の身体は否応なく甘い香りを漂わせ、柔らかい肌が怪物の食欲を誘惑していた。
どうにも気が滅入りそうだ。怪物は愛と空腹を天秤にかけ、自身の空腹を押し殺した。
居場所のない彼女らにとって、月明かりに照らされた森は、2人だけの世界だった。
そして、毎晩少女は軽やかにダンスを踊り、怪物は優しい眼差しでそれを見つめた。
楽しそうに踊る少女に怪物は、優しい眼差しの奥で少しの欲を掻いた。
少女がいつまでも、天使のように飛び回り、長い生の末、安らかに散ることを。
怪物が少女を看取るその時まで、少女を抱きしめられることを。
怪物は、焦がれるように彼女を求め、疼く牙を隠しては少女を抱きしめ、キスをした。その口元に気づいた少女は優しく笑いかけ、怪物の鋭い牙を制止する。
その微笑みに、怪物はどうしようもない感情が押し寄せた。
微笑みに愛を覚え、その制止にさらなる空腹を覚えた。その優しい微笑みに赦され、そのまま食らいついてしまいたい。
そう思えば思うほど、激しく自分を嫌悪し、激しく少女を想った。
「あなたが欲しい」
こんなにも苦しいのは、こんなにも重い感情は、愛欲?それとも、空腹のせいか…いや、きっとその両方だった。
「いっそのこと、自分と同じ化物になってしまえば」
そう願っては、それが愛ではないと理解する。
依存と束縛。彼女なしではいられず、彼女にも自分なしではいられなくしてしまいたい。
欲望が怪物の胸を締め付ける。
きっと少女は、怪物がそれを望めば、迷わずに応じてしまうのだろう。そんなものは望みたくないのに。
怪物は少女に助けを求めるかのように、彼女を見つめた。いつものように、牙を制止して、拒むことを望んだ。
しかし、彼女の生暖かい目が怪物を見つめかえした。
まるで、怪物の全てを受け入れるように。
怪物は疼く牙を必死に噛み締めた。
いけない。それ以上を求めては、いつしかあなたを…
願わくば、彼女が私の牙を拒み続けんことを。