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第五話 馬車道で貴婦人と

 翌朝、旅支度を終えていたリアンは、ジョスランとの待ち合わせ場所へ向かうべく孤児院の扉を開ける。


 今から走っていけば、じゅうぶん間に合うだろう。


 すると建物の中から、彼を見つめる二つの小さな影が声をかけてきた。


 七歳のジャンと、六歳のエリーだ。二人とも寝癖がついている。リアンを見送ろうと、がんばって早起きをしたのだろうか。


「リアン兄ちゃん、本当に行っちゃうのか?」


「いつ帰ってこれるの?」


 一時の別れとは言え、自分よりも幼い二人の顔を見ると胸が切なくなる。


「昨日言っただろう? お貴族さまの手伝いが終わればすぐに帰ってくるから」


「でも、でも……」


 甘えん坊のエリーはぐすぐすと涙を流して、赤みがかった金髪の少年を見上げている。


「ジャン、僕がいない間エリーのことを頼むよ。夜は一緒に寝てあげないと、おねしょ──」


「もう! リアンお兄ちゃん!」


 ははは、と笑いながらリアンは両手を広げて、小さな二人を抱きしめる。


(この先もジョスラン様から仕事をもらえたら、二人と一緒に孤児院を出られるかもしれない。がんばらないと)


 七歳のジャンは窮屈そうにもぞもぞと動きながら、兄と慕う少年に念をおす。


「エリーのことはしっかり見とくよ。だから兄ちゃんは早く帰ってきてくれよ」


 ああ、約束だ──


 そう言いかけた時、建物からどすどすと大きな足音を立ててイヴェットがやってきた。


「なんだいおまえ、まだ行ってなかったのか。待ち合わせに遅れてあたしの顔を潰してみろ、ただじゃおかないよ!」


 この孤児院の責任者は、ガラクタを見るような目つきで少年を見据える。昨日とは打って変わって優しさのかけらもない口調だ。


 しかし、いつものことだ。こっちが本来のイヴェットなのだ。


 ジャンとエリーは怪女イヴェットの剣幕にすくみながらも、金髪の少年を心配そうに見ている。


 リアンはイヴェットに体ごと顔を向けた。


「イヴェット先生シスター、行ってきます。二人のことをよろしくお願いします」


「ふん。ガキがエラそうに、どの立場でものを言ってるんだ。さっさと行きな!」


 イヴェットは踵を返してどすどすと帰っていく。リアンは幼い二人に笑顔を投げかけた後、ジョスランが待つ西門の停留所に向かった。







 孤児院から西へ一刻ほど歩いた場所に、馬車の停留所がある。


 リアンは息を切らせながら走っていた。行き交う駅馬車が次第に増えてくる。もうすぐ大きな馬車道に差し掛かるだろう。それを越えれば西門まですぐだ。


(大丈夫だ、間に合う!)


 平民の彼が貴族より遅れるなどあってはならないが、万が一ジョスランの方が早く着いた場合、指輪が光って合図をくれるらしい。


 リアンは右手の中指につけた指輪を見る。台座には淡い紫色の宝石が鎮座している。


(魔具っていう物なのかな、すごいな)


 指輪に変化がないことを確認して、少年が顔を上げたその時──


 突如、ぱあんと耳をつんざく勢いでラッパが鳴った。鼓膜が破れるほどの大音量に心臓が跳ね上がる。


「うわあ!」


 吃驚びっくりしたリアンは前に出した足を咄嗟に捻り、しかし止まりきれず回転しながら地面に倒れた。


「馬鹿野郎!」


 貨物馬車が暴風のような勢いで横切ってゆく。眼前すれすれを転がる車輪を見て、全身から汗がどっと出た。心臓がばくばくと悲鳴をあげる。──御者の罵倒はすぐに聞こえなくなった。


「いてて、死ぬかと思った、──あっ、指輪!」


 ジョスランから預けられた指輪に目をやる。おそらく大丈夫だろう。


 この淡い紫の宝石に気を取られている間に、どうやら馬車道まで辿り着いていたようだ。貨物馬車に郵便馬車、そして駅馬車が、時にぶつかりそうになりながら馬車道を走っている。


(急がないと……)


 しかし、あの大きな車輪に巻き込まれていたらと思うと、足が震えて立てない。心も体もまだ、正気を取り戻していないようだ。


 リアンは大きく息を吸いながら膝を立て、両手を地面につけて大きく息を吐く。

 少し落ち着いて空を仰ぎ見ると、自分を覗き込む女性と目が合った。


「キミ、大丈夫?」


 女性は心配そうに、「立てる?」と言って手を差し伸べてくる。


(きれいな目……)


 リアンは反応できない。体が電撃を浴びせられたかのように、硬直して動作を拒絶する。──目の前の女性に見惚れていた。


 自分より五つは年上だろうか。黒を基調としたドレスに身を包んだ貴婦人だ。


「ん?」


 少年の返答がないせいか、女性は顔を寄せてくる。その前髪がリアンの顔にかかるほど近い。稲穂を思わせる黄金色の髪は後ろで束ねられている。


 大きくてやや吊り上がったアーモンド型の目は、くっきりとした二重瞼のためか、少し眠そうな印象を受ける。瞳は蒼玉サファイアのように青くて澄んでいた。


 加えて少し高い鼻筋と潤んだ唇が、完璧な比率で形の良い輪郭に収まっていた。


「まるでお人形みたいにキレイだ」


 思わず心の声が漏れてしまう。はっとしたリアンは金縛りから脱出し、弾かれたように立ち上がった。



お読みいただき、ありがとうございました。


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