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第十七話 夜の魔女

「くそ、あの坊や! 生かして持って帰ろうと思ったのに! ドゥーフェに殺されちゃったんじゃないかしらあ!」


 ようやく体を起こした厚化粧の怪人(ギネラ)は、獲物を追う猛獣の勢いで出口へ飛び出す。


「まあああ! あたしは死体でもおっ! 楽しめるほうだからあ! ねえ坊やああ───あぇ?」


 リアンをしゃぶり尽くすことしか頭になかったギネラは、外の光景を見て間の抜けた声を出した。


 魔獣の牙にかかって殺されているはずのリアン。だが死体となっているのは、九体の魔獣ドゥーフェの方だった。すべて等しく首を落とされている。


 死に散らかった討伐隊と魔獣たちの中心に立っていたのは、この場に似つかわしくない黒のドレスを着た金髪の貴婦人。

 そして彼女に抱きしめられる、赤い金髪の少年リアンだった。


 ギネラの登場にリアンの体が強張る。少年の恐怖を察した貴婦人は、彼の髪を撫でながら一層強く抱擁した。


「大丈夫よリアン、もう怖くないわ」


「は、はい」


「は──え? あんた、誰ぇ?」


 予想外の状況に思考が追いつかないギネラは、やっとの思いで誰何すいかの声をあげる。

 リアンに集中していた貴婦人の意識が、ギネラに向いた。


 貴婦人は怪人を凝視する。全てを見透かそうとする瞳は、蒼い燐光を放っていた。


「ごきげんよう、わたくしはジュリエット。あなたは──名乗らなくてもいいわ。楽団の指揮者コンダクターの一人、ギネラ・イデンティラね」


 ジュリエットと名乗った女性は、怪人の名前をピタリと当ててみせる。


「な、何であたしの名前を知っているのかしらあ? どこかで会ったことが──」


「──あなたの魂に、そう書いてあるわ」


 ぞくりと底冷えのする視線を向けられて、ギネラの体がすくむ。


 目の前の女は間違いなく危険だ。泰然たいぜんとした佇まい、綺麗に首を刎ねられた魔獣たち。

 少なくとも見た目通りの存在ではない。


(それに、魂を読む? そんな魔術聞いたことがないわあ。そもそも詠唱もしていないし、──まさか、魔法?)


「あ、ああ、そうなのねえ。ところで、坊やとはお知り合いなのかしらあ?」


「貴方が知る必要はないわ。今から死ぬのだから」


 瞬間、女性から怖気おぞけを纏った黒い殺気が膨らむ。


「くっ!」


 心臓を握り潰されたような感覚に陥り、怪人ギネラは大きく横に飛ぶ───同時に、指笛を吹いた。


 一体の魔獣ドゥーフェが二階の窓を突き破って、ジュリエットの頭上に躍り出る。

 リアンの体を癒している貴婦人ジュリエットは、彼を抱きしめたまま愛猫の名を呼んだ。


「ネロ」


「ナーゴ」


 主人の呼びかけに応え、胸元からぬるりと滑り出した小さな黒猫ネロ。そのまま中空へ跳ぶと、迫る魔獣ドゥーフェの爪を弾き、牙をかわす。 


 二匹の上下が逆転した。黒猫の姿形シルエットが瞬時に肥大化し、体の半ばで二つに割れる。

 巨大なハサミとなった黒猫ネロは、空中でもがく魔獣ドゥーフェの胴体をジョキリと切断した。


 血と臓物を激しく噴出させながら、ドゥーフェだった肉塊が貴婦人ジュリエット怪人ギネラの間に落下する。


「はああああ!? 何なのその生き物! どっから出てきたの! いや、生き物なのかしらあ!?」


 脂汗を大量に掻きながら焦るギネラ。狼狽する怪人ギネラ余所よそに、ジュリエットは自分に付き従う執事へ命じる。


「アデスさん、この子をお願い」


「はい、お嬢様」


 どこから現れたのか、いつから居たのか。執事服を着た白髪の老人は、少年の手をとる。


「ささ、リアンさま。子どもには刺激が強うございます。と言っても、今更かも知れませんが、──少々離れておりましょう」


「い、いえ、ありがとうございます」


 申し訳なさそうに語る老執事が、リアンを連れて十分に離れたのを確認すると、ジュリエットはギネラを睨みつけた。


「改めましてごきげんよう」


 少年が歩けるまで癒すのに、相当の魔力オドを消費してしまった。

 だが、あとは目の前の化粧顔けしょうヅラをぶっ殺す。それだけだ。


「──さようなら」


 その目は、怒りに染まっていた。



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