後編
「初めましてー、フィオーネさん」
リベルは笑顔を崩さず右手を差し出す、握手を求めるように。
フィオーネはすぐには反応できなかった。
戸惑いが大きかったのだ。
しかしやがて彼女は動いた。彼女は一歩前進して目の前の小柄な青年をじっと見つめる。対するリベルは手を差し出した格好のまま機嫌良さそうに笑みを浮かべている。それを見て少し警戒心が和らいだようで、フィオーネは自身の右手を彼の手もとへと運んだ。
が。
手と手が重なった瞬間、フィオーネの身体は一回転。
そのまま地面に落ちる。
急に攻撃のようなことをされたフィオーネは地面に倒れる体勢になりながら目をぱちぱちさせることしかできない。
「君、ホントに護衛?」
扉の近くに待機していた男女が動こうとする――が、それはレフィエリシナが片手を動かして無言で制止した。
「隙しかないけど」
状況を飲み込みきれていないフィオーネを見下ろすリベルは冷ややかな目つき。
藍色の右と黄緑の左、リベルの双眸はそれぞれ異なる色をしていた。
「君が花開くところが想像出来ないんだけど」
「え、え……え……?」
突然冷ややかな言葉をかけられたフィオーネは狼狽える。
だが、その場において最も狼狽えているのは彼女ではなかった。彼女以上に不安そうな面持ちになっている者がいて、それは、リベルの背後にいる平凡な男性であった。
「リベルくん、駄目駄目、駄目駄目」
彼は何度もリベルの背をぺしぺしと叩く。
一見無意味そうな行動だが意味はあった。
それによって何かを取り戻したリベルは、誰もが凍り付くような表情を崩し、少し前までのように笑みを浮かべたのだ。
「なんてね。ごめんねー、痛かったよね」
リベルはしゃがみ込んでまだ立てないでいるフィオーネの顔を覗き込む。
「大丈夫?」
「は、はい。と、いいますか……多分……手加減してくださっていましたよね……」
フィオーネの言葉に彼はふっと笑みをこぼし「ばれてた、かー」と呟く。そして今度こそ真っ直ぐに手を差し出し、手を引くようにしてフィオーネを立たせた。
「じゃ、そういうことで、これからよろしくねー」
リベルはもう笑みを崩さない。
「こ、こちらこそ! よろしくお願いします!」
フィオーネは真剣な面持ちで挨拶をする。
その瞳にリベルへの敵意などはなく、真っ直ぐに彼を見つめていた。
「じゃ、レフィエリシナ様、僕は一旦これで。失礼しまーす」
一礼し身体の向きを反転させるリベル。
刹那、フィオーネは、去り行くその背に向けて叫んだ。
「あ、あの!」
リベルは彼女をちらりと見る。
「強くしてください! 未熟ですが! 努力しますので!」
フィオーネは真剣に発するけれど。
リベルはふふと笑みをこぼして「可愛いねー」と恐ろしいほど棒読みで返しただけだった。
◆
リベルがいなくなった後、橙色の髪の男が不満をこぼす。
「何だあれ……レフィエリシナ様! 何なんですあの男! あのような者、教育係に相応しいとは思えません!」
ちなみに橙色の髪の男女は父娘である。
苛立ちを隠せない男とは対照的に女は落ち着いているが、どこか冷めたような声で「厄介そうなやつ」とこぼしていた。
しかし当のフィオーネは瞳を輝かせている。
あの時の戸惑いは既に消えている。
「お母様! 素晴らしい縁をありがとうございます!」
「喜んでもらえたようで良かったわ」
「はい! 今とてもわくわくしています!」
レフィエリシナは苦笑しながら、真っ直ぐ過ぎるからね、と口の中だけで呟く――もっとも、浮かれているフィオーネはそれに気づかなかったのだが。
◆
その頃神殿の外。
リベルと平凡な男性は風を浴びていた。
「ああもうびっくりした! リベルくん! あんなことをしちゃ駄目ですよ!」
男性はぷんすか。
怒っていることを隠さない。
「ごめんごめんー」
「どうなることかと!」
「大丈夫だよー」
「万が一戦いになったらって! 心配していたんですよ! もう! あんな囲まれている時に敵と見なされたらどうするんです!」
リベルは「おじさんは心配性だなぁ」とこぼしながら花壇の脇に腰を下ろした。
そして、どこか意地悪な笑みを向ける。
「――僕があの数に負けるって思ってるんだ?」
言われた男性は気まずそうに俯く。
「そ、そんな、つもりでは……」
「冗談冗談」
「冗談!?」
「そだよ。心配してくれてるのは知ってるしー、べつにおじさんのこと嫌いになったりしないしー」
真面目に受け取っていた男性は「もう!」と発してまたしてもぷんすか。
しかしその時にはリベルの気は余所へ向いていて。
彼は煉瓦に座ったまま高い空を見上げていた。
「これからどうなるか――楽しみだね」
リベルの独り言は空に散って消えた。
◆終わり◆