09 死因その1:落下死
「はっはぁ、こりゃあきっついなぁ!」
島の地表は、踏んづければ砂になって消えてゆくほどには、脆弱だった。島を大きくして多少はマシになったが、それでもまだまだ脆かった。
それはソラシドも日中のうちに確認していたこと。
しかしまさか、ゴブリンがそれを知っていて、普通に穴を掘ってこじ開けるとは思いもしない。
天井に穴が開き、そこから覗き込むツルハシ持ちのゴブリンは、まるで嘲笑うかのように口角を吊り上げていた。
「ツルギ、引きこもり作戦失敗だ。ここももう安全じゃない」
「どどど、どうするんですか!?」
「ふくろのねずみ」
「え?」
「うーん、俺もわかんねえ、お手上げって意味」
「えぇぇっ!」
続々と地下室に降り立つ緑色の気色悪い鬼たち。取り囲まれた2人は身を寄せ、いよいよ後がなくなる。
「【-SKY-】夜明けまであとどれくらいだ」
[はいマスター。夜明けまで残り10分程度です]
機械音声によるレスポンス。
「10分か……よし、ツルギ、お前を切込隊長に任命する」
「ま、任されましたぁ?リーダーさん、作戦があるんですか?」
「作戦はない!生き残れ!なんかこう、頑張って生き残れーっ!!」
「えっ、ちょっ!そんな無茶な!!」
朝日が登るまで10分足らず。日中は全く居なかったのに、夜になっていきなり現れたところから察するに、太陽の元ではモンスターはその存在を維持できない。ソラシドはそう確信していた。
だからここをなんとか、死物狂いのゴリ押しで朝を迎えれば、2人の勝利は約束される。
「手薄なところを切り崩して逃げ続ける!10分ちょっと、リンゴも全部ありったけ使って!!ここまで来たなら死んでたまるか!!悔しいし!!」
「わ、わっかりましたぁ!!まずあそこから抜けます!!」
「っしゃあいけ突撃ぃっ!!」
ゴブリンの数は目測では数えきれないほど。あちらもこちらも敵だらけ。前衛のツルギが蹴り飛ばし、彼女に横から近寄る敵は後衛のソラシドが相手にとって受け流す。
耐えて、切り抜いて、2分と10秒、囲まれ、追い詰め、喰らって3分。だが気づけばリンゴは底をつき、みるみるうちに疲弊する。
やはり10分は無茶だった。むしろよく3分耐えたと褒められていい。島の上部は完全に崩落して大穴となり、次から次へとゴブリンが降り注ぐ。戦力は削れ、逃げ場は失い、いよいよ終わりは訪れる。
「リンゴくださいリンゴ!ないんですか!?」
「ない!終わった!リンゴは品切れ!」
「そんなぁ!」
2人は地べたに座り、ズタボロになった身を寄せ合う。ゴブリンたちはしめしめと言わんばかりに汚く笑い、各々の武器をちらつかせる。
「これは、もう終わりってやつですか?」
「おぉ、そうかも」
状況は絶望的。これを打開する方法はないだろう。ツルギはそう思ったし、ソラシドも同意しているようだった。
すると彼は咳を一つ。それから言った。
「ツルギ。まあなんだ、俺はやれるだけのことはやった。お互いこのゲームは初めて、ましてお前はジャンルそのものの初心者だ」
「え、あっ、はい?」
「会ってすぐは、てか、今もなんだコイツって思ってるが、共に激動の一夜を過ごした戦友としてここに認めよう」
「なんだコイツってなんですか。ちょっと傷つくんですけど」
「戦友として認めるつってんだろ!やっぱ撤回するか?」
「はい戦友です!戦友!」
[ソラシドさんからツルギさんへフレンド申請が送られました]
「自己紹介遅れたな。俺の名前はソラシド。リーダーって呼び方は、ちょっと小っ恥ずかしいし、柄じゃないから。名前で呼んでくれると助かる」
「ソラ、シドさん……」
こうして2人は形式的に、SKYにおけるフレンドプレイヤー同士となった。
────それからソラシドは指南書を読み上げた。
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その六
フレンド同士、島と島はドッキングできる。
ーーーーーー
「へ?」
ツルギは首を傾げた。すると次の瞬間地鳴りが。大地が大きく揺れ、島になにかが当たったような衝撃。震源地は西側だろうか。
その方角の壁が一気に崩れ去り、大地がうねりをあげ、新たな空間が発生する。丸々もう一つ、島の中枢である機構を中心に添えた部屋が形成されたのだ。
あまりにもド派手。ツルギはあんぐりと口を開けてしまう。
そしてソラシドはこう続けた。
「これでお前の島は俺の島と物理的に繋がった。あとはお前次第」
「えっ、えと、何を言ってるんですか!?」
そのソラシドの目は、一縷の望みを託す。まだ光があって、希望となる"何か"を信じている。
「俺さあ、諦め悪いんだよね。しつこいって言われる」
「へっ?へっ?どういう」
ソラシドは立ち上がった。彼はまだ諦めていない。
「ツルギ!!今すぐ自分の島に乗り移れ!!」
「ソラシドさんなにを!!」
「俺が死ねば、島は崩落する。大量のゴブリンを抱えたまま、全部落ちる!!でも落ちるのは俺の島だけだ!!わざわざフレンド申請までして、安全に渡れるように島を繋げたんだぜ?意味はわかるな?」
ツルギは、基本的に察しが悪いが馬鹿じゃない。ちゃんと考えればすぐにその意味はわかる。
これはソラシドの決死の囮作戦。ツルギは自分の島に逃げて、彼はゴブリンと共に島ごと空から落ちる。そうして1人だけ生き残ることができるのだ。
「でもそれじゃあ」
でも、それでは、ソラシドは死んでしまう。
「いいから行け!!」
ソラシドがゴブリンに立ち向かう。死なば諸共、玉砕覚悟、その姿はまさしく歴戦の英雄のように。猛々しく、突撃する。
もう何もいうまい、ツルギは彼の作った隙を無駄にしまいと走り出す。ゴブリンの群れをなんとか潜り抜け、西側へ、そのまま振り返らずに飛び乗った。
彼女が立ち去ったのを確認した。粘って耐えて、案外まだ生き残っている。と、言ってももう触れただけで死ぬぐらい、体力ゲージは1を示す。
それでもソラシドは精神的に、負けてはいなかった。
ゴブリンの群れと向き合う。
「ようゴブリン。なんでアイツを庇ったんだ?って顔してるな」
実際のところ、ゴブリンにそんなつもりなんてひとつもなく。ソラシドの自分自身に対する問いかけなのだが。
なぜ自らがデスする手間をかけてまで、他人の生存を優先させたのか。
「理由は簡単。もし夜を生き残った場合、何かの実績解除や、条件解放、そういった攻略の糸口になる可能性がある。だから庇ったんだ」
そう、自分にも言い聞かせるように。理由を述べた。
しかし次のときには今の発言も、理由も、撤回するように首を横に振る。
「いや、それは建前だな。だったら自分が生き残ればいいし、庇う理由にはなってない」
ソラシドは地面を見る。砂を固めてできた地面を。
「ただ、ちょっと、達成感ってやつを堪能して欲しかった、それだけ」
その地面のの一部に、不自然な風にヒビが入っている箇所を発見する。これはたしか、先ほど調子に乗って、ぴょんぴょん飛んだ時のヒビ。
それから醜い姿をした怪物を一瞥し、手をひらひらさせ、嘲り嗤い。こう言うのだ。
「はっはぁ、残念だなゴブリン。このまま殺せると思ってるなら浅はかだぜ」
「グリャァ……」
地盤を踏みつけて、ニタリと笑う。
「足元注意、死因は落下死だ」
そうしてそのまま、穴が開き、空の底へと落ちていった。
────島から落ちて、その下へ。視界は真っ暗になり、やがて全てが黒に包まれる。
意識を失い昏睡状態になるときに近しい、危険で深い死の入り口。まさかゲームでそれを追体験することになるとは思うまい。
ソラシドが次に目を開いた時には、雲の地平線と透き通るような朝焼けが映る。身体が浮いているような不思議な感覚となった。ここは死後の世界だろうか。
ぷかぷかとシャボン玉のようなもの浮かぶ。蜻蛉の翅を持った小動物が空を駆け回る。
島は一つとして存在しない。だが島よりももっと広大な背中を持った鯨が泳いでいる。
辺りを取り囲むのは、マゼンタやイエロー、パステルカラーの雲と空。
「なんだ、ここは」
幻想的な景色ではあるが、視覚からの情報だけではそれぐらい。この謎の場所が一体なんなのかは一切わからなかった。
「俺は死んだよな?ここは、なに?リスポーン地点更新した?」
投げかけた疑問は果てのない空の中では虚しく。誰も答えることはない。
「────あっ」
そして次の瞬間また落ちる。