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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

自由への道

作者: アビス

その小さな世界はいくつかの国に分かれていた。一つだけ、独裁者が支配する、自由のないディストピア国家があった。その国家は何度も隣国に侵略し、武力で領土を広げていった。


独裁者は国王ということになっていた。各地に銅像が建てられる存在だったが、酷い暴君で、気に入らないものは誰だろうが残酷に殺害していた。絶対的な権力を握っていたので、彼に反発したものや法律に違反したものは拷問の末に殺された。



その国家は階層的で、大きく分けると上から「王族」「戦士」「平民」「奴隷」となった。戦士には兵士たちだけでなく警察が含まれた。平民のほとんどは農民か職人だった。奴隷は平民を助けるために「使われて」いた。


その世界で科学技術はあまり発展していなかった。

兵士たちの装備は弓矢が主だった。時には、鏃に生物毒が塗られていた。他には剣や盾やナイフ、そして簡易的な爆発物を持つものもいた。



ルビーという一人の農民の女がいた。二十四歳だった。彼女は夫を亡くしてしまった。夫は税金の支払いを怠ったため「国家の存亡を脅かす」と見做され逮捕され、処刑された。

ルビーは夫が宮殿前の広場で首をゆっくりと切られ、地獄の苦しみの中で死んでいくのを見せつけられた。彼女は重いトラウマを植え付けられた。


彼女の奴隷の少年のシルヴァーは錬金術師だった。職人を手伝った経験があったためだ。

ルビーはトラウマから逃れようとして、シルヴァーに強力な麻薬「スピリット」を作るように言った。この世界にのみ存在する元素があり、スピリットを含む麻薬の合成によく使われた。当然取締対象にはなっていたものの、一部の職人やその奴隷には所持が許可されていた。使いようによっては非常に有益だった。


スピリットはごく少量の投与で効果を発揮する。強い多幸感と幻覚を得ることができる。過剰に摂取した場合はすぐに死に至る。


シルヴァーは言われた通りにスピリットを合成した。ルビーはその水溶液を一ミリリットル飲み込み、仰向けになった。

十数分後、胎内に回帰するような深淵なる多幸感が彼女の全身を襲った。さらに二十分が経過すると幻視が現れた。天井に小さなブラックホールのような穴が空き拡大し、中から無数の白い鳥が羽ばたいた。鳥たちは急激に黒く変化し、彼女の視界を埋め尽くし、全てが漆黒の闇と化した。多幸感はなお持続し、摂取から九十分後、彼女は眠りの底に落ちてしまった。


ドアを乱暴に叩く音が聞こえ、彼女は飛び起きた。平民の家のドアには法律で鍵がついていないので、ドアは開かれ、警察の男二人が侵入してきた。

「特有のにおいがすると思った。捜索する」

ルビーとシルバーはその場でロープで拘束された。

テーブルに置かれていた銅のコップの中に、スピリットの水溶液が入っていたのはあっけなく発見された。

「このにおいは間違いなく麻薬だな。お前らを国王陛下の元へ連行する」

二人は拘束されたまま馬車に乗せられ、五キロ先の宮殿へ連れて行かれた。


二人は王と直接対面した。王は持っていた剣で、問答無用でシルヴァーの首を刎ねた。


ルビーは「拷問部屋」に連れて行かれ、一週間をそこで過ごした。拷問部屋と言っても、肉体的ではなく精神的な苦痛を与える場所である。それは地下にあり、空気は濁っていた。花崗岩の壁に囲まれていた。ドアは鉄でできており分厚く、しかも二重だった。

部屋には何一つ持ち込むことができない。刺激の全くない場所なので、そこに入れられたものはいっそ狂ってしまいたいと思うほどの精神的苦痛に襲われる。食事は一日一回、水二百ミリリットルとレタス三切れのみだった。



マーキュリーという戦士の女がいた。弱冠二十一歳にして国軍の大将となっていた。

戦士のもとに生まれたものは戦士になるしかなかった。マーキュリーは十歳の頃に国軍に入って訓練を受けた。訓練は非常に過酷で、暴力は当然のことだった。

彼女は強かった。しかし他の新兵たちの中には、過酷な訓練に耐えられずに自殺したり、脱走を図って殺されたりするものが少なからず存在していた。そして、女の新兵にとって、男の上官から性的な暴行や嫌がらせを受けることは日常茶飯事だった。

マーキュリーは十六歳と十九歳の頃に隣国への侵攻に最前線で参加させられた。苛烈な光景を山ほど目にした。彼女は血を見るのは決して好きではなかった。無差別殺人が正当化される戦争は嫌いだと彼女は確信していた。彼女は非常に多くの敵兵を殺したが、自分が王の言われるままに行動する「戦闘ロボット」となっていたことに密かに気がついた。


マーキュリーは王の暴虐、専制政治にうんざりしていて、共和国を樹立することを目論んでいた。本当は皆が民主主義を望んでいることは明らかだった。

彼女は警察が押収したスピリットを盗み出した。その薬で、王族を腐敗させていくことを考えていた。


彼女は筋肉質で逞しかった。両耳朶からは太さ一センチの巨大な真鍮のリングが下がっており、左腕にはトライバル模様の刺青が彫られていた。また、首の後ろには識別番号の焼き印があった。

これらは彼女特有のものではない。訓練を終え、一人前の兵士になったものはこのような身体改造を施す。男は首から胸にかけて刺青を入れる。女は左腕に入れ、更に耳に穴を穿つ。敵に威圧感を与えて圧倒するためのものだった。


マーキュリーは、手始めに王子にスピリットを投与することにした。

都合の良いことがあった。王子はほぼ毎日、隠れて平民の娼婦と遊んでいたのだ。この国では売春は厳罰対象だったが、買う側の殆どは戦士や王族の男だったので、黙認されている節があった。


彼女は軍の施設に自分の部屋を持っていた。そこから数キロメートル離れた公衆トイレで、赤い服に着替え、派手な化粧をした。肌色のクリームを塗って刺青を隠し、耳につけられたリングを外した。


夜九時頃、警察の目が届かない地下の世界で、マーキュリーは娼婦たちに紛れて立っていた。そこにやってきた王子は、マーキュリーに一目惚れし、彼女を選んだ。


彼女は精力剤だと言って、王子にスピリットの水溶液を少量投与した。しかし、彼女は重大なミスを犯していた。水溶液の水分は大部分が蒸発してしまったので、スピリットの濃度が非常に高くなっていたのだ。


そのため、投与から三分で王子は息をすることを永遠にやめてしまった。脈も止まった。反射も消失していた。確実に死んでいた。マーキュリーは悪態をついた。

殺すのではなく、少しずつ薬漬けにして腐敗させていくのが一番だと思っていたのに。


彼女は着替え場所のトイレに戻り、元の服に着替え、刺青を隠すクリームを水で落とし、弓矢を持ち短剣を腰から下ろした。王子を殺してしまったので、命の危機を感じていた。隣国...民主国家で、彼女はそこから国へと攻撃を仕掛けようと思った...まで三十キロ歩いたが、そこで運悪く国境警備隊の兵士と衝突した。


「お前はここで何してる」

マーキュリーは問答無用でその兵士に短剣で斬りかかった。しかし女が肉弾戦で男に勝つのは不可能だった。兵士はマーキュリーの上腕と首を掴み、地面に叩きつけ、顔を十数回殴った。彼女は鼻と唇から出血した。

「私は、ただ、王族という権威が許せないだけよ。それの何が悪いのよ」

「お前は売国奴で、反逆者だ。しかもお前は大将のマーキュリーだろう。それでも軍のリーダーなのか、恥を知れ」

「あなたは王のプロパガンダに染まっている。可哀想ね。権威に従順な人間ほど愚かなものはないというのに」

「クソアマ、国王陛下は絶対的な存在だ。今から宮殿へ連れて行く」

「好きにすれば?私は負けない。人民の自由のために私は戦う」

「勝手にほざいてろ」


兵士はマーキュリーを拘束し、宮殿へ連行した。


王とマーキュリーは対面した。

「お前は、我が息子を殺した。そして国家転覆を目論んでいることも判明した。お前は軍人失格だ。今日から、お前は予の道具となる」


彼女は鉄格子で囲まれた独房に入れられた。気温は摂氏八度しかなかったが、服は全て脱がされ、全裸にさせられた。自殺防止のためだという。廊下を挟んだ向かい側に、ルビーがいた。彼女は拷問部屋から出され、独房に移動させられていた。


「あなたは戦士の方ですか」

「私は大将のマーキュリーよ。この国の民主化のために少し過激な手段を用いた。その結果がこうだから、笑えないわね」


その日の午後十時、ルビーとマーキュリーは独房から出された。王の寝室に連れて行かれた。彼女らが選ばれた理由は、他に女の収容者がいなかったからという単純なものであった。


王は二人を巨大なベッドに縛りつけた。口には王の下着を押し込まれた。二人はレイプされ、その最中に殴る蹴るといった暴行を受けた。


意識が朦朧とする中、二人は独房に戻された。全身の鈍い痛みや膣からの出血が酷く、全身に痣ができた。



独房での生活は酷いものだった。僅かな量の冷たいスープが三日に一回のみ与えられた。


毎晩、二人は王にレイプされた。加えて極度の栄養失調により体は酷く衰弱し、痩せ衰えていった。



二人が独房に入ってから一ヶ月が経った。早朝、看守の怒鳴り声で目覚めたマーキュリーは、向かい側にいるルビーが横たわったまま起き上がらないのに気づいた。


看守はルビーに脈がなく、さらに呼吸も停止していることを確認した。

「こいつは死んでるな。もともと痩せてたから早く死ぬ方だと思ってた」

看守は彼女の遺体を引きずって、外へ連れ出していった。


マーキュリーは元来体格が良かったので、まだ死ななかった。もともと身長百七十八センチ、体重七十七キロだった。独房に入って一ヶ月後、体重は四十七キロまで落ちた。筋肉はほぼ全て消え、全身の骨が浮いているのがはっきりと確認できた。

彼女は死んでこそいなかったが、常に失神寸前で、毎晩の王による暴行の際もいつも全く動かずになされるがままだった。独房の中では横になっているのが一番楽だったが、極度の飢餓による不眠に悩まされ、全く休養することができなかった。



マーキュリーがいなくなった国軍は、中将が臨時にリーダーを務めていた。彼はマーキュリーがどうなってしまったかを知っていた。彼も、マーキュリーと同じく王の暴虐に怒りを覚えているものたちの一人だった。


彼女が独房に入って九十日後、中将は、戦士たち全員に武装蜂起するように指令を出した。警察ですらそれに応じた。この国で、王に疑問を持たないものなど存在しなかったのだろう。マーキュリーを連行した国境警備隊の兵士ですら、本当はこの自由のない国を憎んでいた。


戦士たちは全員が弓矢や剣、盾を持ち、宮殿に向かい、大勢で包囲した。戦士たちだけでなく、平民も斧で武装し、蜂起に加わった。

そして全員で叫ぶ。

「マーキュリー様を解放しろ」


王は酷い焦燥感に襲われた。自分の駒だと思っていた戦士たちの反逆。しかも圧倒的な数で包囲されている。


王は腹を括った。勝つことはできないと確信した。自らマーキュリーの独房の鍵を開けた。

彼女は力を振り絞って立ち上がり、宮殿の前の広場まで王を連れて行き、王の剣を手に取り、王の首を刎ねた。続いて、王女の首も刎ねた。


宮殿を包囲していたものたちは歓声を上げる。しかし、マーキュリーはあまりにも衰弱しすぎていた。王女の首を刎ねた十数秒後、倒れ込んだ。軍医が二人駆けつけて蘇生しようとしたが、無駄だった。マーキュリーは死んでしまった。



その後、人々の意向により共和国が樹立された。民主主義が実現され、階級制度はなくなり、軍への入隊は志願制となった。


暴君はもういない。不当に残虐に処刑されるものはもう出てこないだろう。



マーキュリーの遺体は火葬された。そして元老院議事堂の庭に埋葬された。彼女の銅像が建てられた。


ディストピア国家は、自由と平和を重んじる国へと変貌を遂げた。



しかし、マーキュリーが使った麻薬、スピリットは地下世界から徐々に一般の人々の間に広がり、国を蝕んでいくのであった。

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