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天河に秘めたる ~奏琶国烈女伝~  作者: 五十鈴 りく
第3部

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5◆恩赦

 出立を間近に控えたヤバル砦の一室で、黎基は昭甫(しょうほ)と向かい合っていた。


「……ところで、殿下のお命を狙う者が軍の中に紛れているというのは、思い過ごしだったのでしょうか?」


 あれから変わった動きはない。

 武真国にいる間は狙われないと考えたが、やはりその通りであったのか、端からそんな刺客はいないのか、どちらだろう。


「油断して、国に帰還した途端にやられたら間抜けだがな」


 思わず失笑してしまう。もちろん、笑い事ではないのだが。

 その場合、迂闊な自分の死がどのように語られるのかを黎基には知る由もないし、また知りたくもない。


「まあ、用心に越したことはないでしょう」


 そこで黎基はじっと昭甫を見た。目立つ顔立ちではないが、その頭の中には常人とは違う知識が詰まっている。だからこそ、この男には価値がある。


「帰国に向け、支度は万全か?」


 訊ねると、昭甫は首をかしげた。


「ええ、八割方はどうにか」


 それが満足していい返答なのかは謎だ。

 黎基はそのまま話を続けた。


「これから国に戻り、まずは(よう)群太守に会おう。その後、再び弟山(ていざん)を越え、京師(みやこ)へ向けて進むが、向こうから出迎えがあるだろうな」

「ええ、そうでしょうね」

「こちらの兵は二万に満たない。向こうは少なくとも倍以上は用意して迎え撃つだろう」

「数が重要とは限りません」


 そこで二人は顔を見合わせ、フッと笑い合った。


「長かったですね、ここまでが」


 昭甫がそれを口にする。

 黎基が盲目のふりを続けて数年、出会った頃から昭甫は他とは違った。皆が奇人だと判じて取り合わない昭甫の能力を高く買った黎基に、多少なりとも恩義を感じてくれているのだろうか。


「まだこれからではある」


 窘めるようにして答える。けれど、黎基もまたこの十年の鬱屈した思いが、はち切れんばかりに膨れ上がっていた。


 母を害し、胎の弟妹を殺した者共が今ものさばっている。

 そして、黎基は命を長らえるために善良な医者とその家族を犠牲にせざるを得なかった。すべてが秦貴妃を始めとする一族の仕組んだこと。

 相応の報いを受けるといい。


「母上もすでに避難されているはずだが」


 (はん)群にいる母には、密かに避難を勧めた。ただし、公にはせず、ひっそりと場所を移るように。

 直接会いに行けば怪しまれる。出立前に顔を見ることはできなかった。


 母は嫋やかだが聡い女性だ。黎基がどのような立場にあり、何かあれば自分が盾に取られることもうっすらとは感じているようだった。うなずいてはくれたそうだが、母の考えのすべてはわからない。


「どちらに行かれたのか、殿下もご存じないのでしょう?」

「ああ。知らぬ。もういい、安心だとわかるまでは身を潜めておくと仰られていたそうだ。どこから漏れるかもわからぬので、居場所は誰にも知らせるつもりもないと」


 ひと目で常人とは異なる美貌を持つ母だ。少し汚したり粗末な着物を着たくらいで隠し通せるものかとも思うが、母には秘策があるらしかった。それを信じ、案じることをやめた。


 それから、気がかりはもうひとつ。

 そこでふと、黎基は声を一段落とす。


「……目が見えるようになったのだから、()()()()には赦しを与えてもよいだろう。もともと、なんの咎もない二人なのだ。むしろ長い間不自由な思いをさせてしまった」


 (さい)家の兄妹。

 特に兄は優秀な少年だった。もし彼が望むのなら、黎基が返り咲いた後には相応の役職に就けてやりたいと思う。


 もしかすると黎基のことを恨んでいて、慈悲など要らないと考えるのならば無理強いはできないが、優秀な人材を眠らせておくのも惜しい。


 妹の方は――無事に育っていれば十七歳だ。もうどこかへ嫁いだだろうか。

 それとも、兄と慎ましく暮らしているのだろうか。

 明るい、素直な子だった。あのまま歪むことなく育っていたとしたらだが。


 なるべく二人の望みは叶えてやりたい。それが罪滅ぼしになるのなら。


 昭甫は嘆息した。


「ええ、気がかりがひとつでも減るのならばよろしいかと。ただし、帝位に()かれた際の恩赦(おんしゃ)という形になさいませ」


 そう言いながらも、昭甫は何かに引っかかりも覚えているように見えた。それは気のせいだろうか。


「その医者の息子の名はなんと言いましたっけ?」

「蔡晟伯(せいはく)だが?」


 晟伯。

 幼かった黎基から見て、細身だがとても背が高く、大人びて感じられたものだった。


「蔡、晟伯……。医者の、子……」


 と、昭甫はつぶやいた。

 一体何が気がかりなのだろうか。

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