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28◆破城

 昭甫が待機していた黎基の部屋を訪ねてくる。

 しかし、昭甫は黎基の欲しかった答えをくれなかった。展可の姿はやはりなく、昭甫の表情からも空振りであったことが窺える。


「昭甫、展可はいなかったのだな?」


 先回りして言うと、昭甫はうなずいた。


「ええ、策瑛のところには来ていないそうです」


 それならば、どこにいるというのだろう。

 展可が無断でこの砦から出るとは考えにくい。


「そろそろ進軍する支度をせねばなりませんが……」


 雷絃がいつになく気を遣った声音で言った。それほどに、黎基が苛々して見えたのだろう。


「ああ、頼む。私ももう少ししたら支度を始める」


 それだけ言って席を立つと、二人はまたハラハラしていた。


「あの、どちらへ?」


 昭甫の問いかけに、黎基は目を細めて低く答える。


「ダムディン陛下のところに行く」

「戦の支度があるでしょうから、追い払われませんか?」

「手短に済ます」


 最初からそうすればよかったのだ。この砦の中でのことなのだから、ダムディンに訊けばよかった。展可はどこにいるのかと。


 まさか、ダムディンが展可に興味を持ったから、どこかに隠してしまったというのでなければいい。思えば、急に黎基に女官をけしかけたりするのは不自然なことではないだろうか。


 嫌な予感が膨らんで、はち切れんばかりだ。もしそんなことになったら、ダムディンと戦わなくてはならないのか。

 手強いが、昭甫と雷絃がいれば勝てないとは思わない。けれど、そこで消耗していては、国に帰った時に秦一族と対峙する余力がない。


 それではいけない。そうならないためには展可を諦めるのが正解だろう。

 ただし、それができるのならば、だ。

 ダムディンの返答次第で、黎基は今後の道を大きく踏み外す可能性すらあるのだ。


 勢い勇んで向かったが、ダムディンの部屋に主はおらず、厩にいた。

 馬の気を落ち着けるように背を撫でているダムディンを見つけると、黎基は硬い声を出した。


「陛下、展可を知りませんか? 姿が見えぬのですが……」


 すると、ダムディンは馬の背を撫でる手を止めることなく、顔色も変えずに言った。


「汚れを落としたいというので湯殿を貸した。女官が言うには、汚れた着物も洗っていたようだ」

「それで、その後は?」


 黎基の棘のある声に、ついてきた昭甫が焦っていた。しかし、ダムディンはそれを笑い飛ばす。


「なんだ、俺が隠していると思ったのか? それならこの砦の好きなところを捜したらいい」


 それは自然な様子に見えた。

 しかし、相手はダムディンだ。彼は真顔で嘘がつける男だと思っている。


 それでも、展可は捜しても見つからないところにいるという気がした。だとするなら、捜すのではなくダムディンのそばにいた方がいい。そうすれば、展可の居場所がわかるのではないか。


「……わかりました。展可のことはひとまず置いておきましょう。今から進軍する時に私は陛下のそばに控えさせて頂きますが、よろしいでしょうか。足手まといにはなりません」


 それを言った時、ダムディンの表情に僅かな隙が見えた。黎基がついて回れば何か都合の悪いことがあるのだとしたら、そこには黎基にとって有利なものがあるとも言える。


 しかし、ダムディンは先ほどの様子は気のせいかと思うほど、次の瞬間には変わりなく微笑していた。


「まあいいだろう。その代わり、自分の身は自分で護れ」

「ええ、もちろんです。では、(のち)ほど」


 そう言って、黎基はダムディンのもとを一旦辞した。


 戦支度を整え終えてもやはり展可は戻らず、黎基は焦燥を感じていないとは言えなかった。


 こんなことは初めてなのだ。展可の身に何かが起こっていないのならいいのだが。

 ダムディンと轡を並べ、黎基は出発前に訊ねる。


「それで、あの籠城はどのようにして破るおつもりですか?」


 すると、ダムディンはため息交じりに答える。


「斥候を忍ばせた。そこから綻びを作る」

「……左様ですか」


 その策を黎基が受け入れがたいだろうとダムディンは言った。

 しかし、黎基も戦において斥候は必要だと思っている。その者の身に危険が及ぶのだから、良策とは思わないが、他に打つ手がない場合はそれもひとつの手だろう。


 それを卑怯だという気はない。ダムディンは黎基をどういう人間だと思っているのだろうか。

 生憎と、そこまで甘くはないつもりだが。


 釈然としないまま馬を進める。先の戦よりも駆け足なのは、距離が遠いことと、敵に目視されるところに陣を敷けない分、急ぎ足で行くしかないからだろう。


 きっと、ダムディンの兵が見えるところにいたのでは、斥候が動きづらいのだ。

 それにしても、着く頃には日が暮れかかっているのではないか。それはわざとで、闇に紛れて攻めるつもりなのかもしれない。



 ――先の戦があった平原を抜けるのは、気持ちのいいものではなかった。

 風に乗って運ばれる腐臭が体にまとわりつくようだ。遠目に、倒れた人馬の姿も見える。

 戦はどんな大義名分があろうとも、決して褒められたものではない。

 

 平野を越え、こちらの軍勢がバトゥが立て籠もるアマラ砦を取り囲む。とはいえ、砦は細長く、取り囲むと騎兵が手薄に伸びてしまうのが難点だ。


 籠城を解かせるにあたり、ダムディンは破城槌(はじょうつい)などの攻城兵器を用意していなかった。用意してあるのは戦鼓くらいのものだ。斥候の能力を信頼してのことだろうか。


「この砦は図々しくもバトゥが居座ったが、俺のものだ。必要以上に壊すなよ」


 ダムディンの忠告により、意味がわかった。アマラ砦は青巒国に最も近い要所なのだ。ここを不用意に破壊してしまっては青巒国に侵略しやすい環境を作ってしまう。それ故に壊すなと。


 確かにその通りではある。だからこそ、ダムディンは下手な攻め方をしたくなかったのだ。


 そうして、ダムディンは兵に目配せし、戦鼓を打たせた。

 ダンッ、と夕暮れの空に鼓の音がこだました。


 この合図にはなんの意味があるのか、黎基にはわからなかった。バトゥに対する宣戦布告か、もしくは中で奮闘する斥候への合図だろう。


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