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4◇敵の首級

 展可が郭将軍のところに戻ると、郭将軍は残党を一か所に集め、武真国の兵と話をしていた。その兵は、先ほど展可が助けてもらったあの男である。

 郭将軍は馬から降りてその兵に膝を突き、敬意を表した。


「お久しゅうございます、陛下。過去に一度だけ、我が国においでくださいました折に、当時、皇太子であらせられました薛黎基殿下と共にお目通りをさせて頂きました、郭雷絃でございます」


 この兵が武真国のダムディン王であると、そういうことらしい。

 それを聞き、展可は妙に納得した。それだけの品格が備わっている。一兵士である方がおかしい。

 ただ、王が庶民の子供を助けに走るというのが意外ではあるが。


 ダムディン王は郭将軍の言葉に首を傾け、そして軽く言った。


「すまん、覚えておらぬな」


 すると、郭将軍は苦笑した。


「そうでしょう。もう十数年も前のことで、無理もございません」

「黎基のことは覚えているぞ。息災か?」

「はい、砦で陛下のお帰りをお待ちになっておられます」


 そこでダムディン王は、後ろに撫でつけた髪が幾筋か額に落ちたものを掻き上げる。その程度の仕草ひとつでさえ、自信に漲って見えた。


「ああ、そうか。黎基が兵を率いているのだったな。まあ、気晴らしに少し話そうか」


 それほど興味があるふうでもなく言い、それからダムディン王は不意に展可の方に目をくれた。そして、郭将軍に視線を戻す。


「あの若い兵が先ほど我が民を助けてくれた。若いがよい働きをするな」

「――はっ、お褒めに預かり、ありがとう存じ上げます」


 と、郭将軍は答えたが、正規兵ではない展可が褒められても複雑だろう。

 ダムディン王は郭将軍に視線を戻す。


「もう気づいたかと思うが、里を襲ったのは青巒兵ではない」

「青巒兵でないとすると、これは……」


 郭将軍が顔を上げると、ダムディン王は馬を歩かせ、鞍にくくりつけてある()()を見せた。展可は思わず、ヒッと声を上げてしまい、それを両手で押し込める。


「親玉の首級(しるし)だ。砦に戻ったら塩漬けにせねばな」


 恐ろしいことを明るく言う。その敵将の首は、長い髪がおあつらえ向きの紐のようになって鞍にくくりつけられている。首だけではよくわからないが、二十代後半から三十代前半くらいだろうか。憤怒の形相のまま事切れていた。


 郭将軍は少しだけ展可を気にするような素振りを見せたが、王の手前あまり声をかけることもできないようだった。


「あと三つだ。並べてやらねば」


 そう言って、ダムディン王はクッと小さく笑った。ゾッとするような凄みのある横顔だった。


 先ほどまで一兵士として接していたが、こうして改めて見ると、どうしてそんな勘違いができたのかと思うくらいにはダムディン王は特別で、周囲とは違う気をまとっていた。



 ダムディン王は兵のいくらかを里に残し、郭将軍と(くつわ)を並べ、何かと話しながら戻る。その間、フェルデネは縮こまっていた。やはり、武真国の者にとってダムディン王は絶対的な存在であるのだ。


 展可は後尾の方をついていく。武真兵がそんな展可を珍しそうに見ていた。展可は正規の騎馬兵とは違い、鎧も着けていない上に若い。浮いているのだ。


 下手に探りを入れられたくはないので、なるべく話しかけてくれるなというふうに目を合わさずにいた。

 そうして、黎基たちが待機するヤバル砦へと戻ったのだが――。



 王の帰還に、砦の兵たちは一斉にひれ伏した。ダムディン王は手にしている首級を高らかに挙げる。皆が歓喜の声を砦中に響かせた。


 奏琶兵たちは状況が呑み込めず、置いてけぼりの心境ではあったが、どうやら敵将の首を獲ったということだけはわかった。

 ただ、その首が青巒兵の将のものではないということを、これから知ることになるのだが。


「ダムディン陛下、お久しゅうございます」


 歓喜の叫びが途切れぬ中、外階段を上がっていくダムディン王を踊り場で黎基が迎える。うるさい中でも展可にはっきりと聞こえるのは、これが大事な黎基の声だからかもしれない。

 展可は馬を引き、階段の下から見上げるばかりだ。


「ああ、黎基だな? 大きくなったが……なんだ、兵を率いてきたのに、まだ目を患っていたか」

「ええ。ダムディン陛下のお姿をこの目に写すことができず、無念でございますが、こうしてお会いできたことをまずは喜びたいものです」

「そうだな。互いにここまで生き延びた。積もる話もある。今宵は語り尽くそう」


 ダムディン王は首級を兵に渡すと、黎基の肩を気安く抱いた。黎基は劉補佐の肩につかまっていたので、少し戸惑っているふうに見える。


 気の優しい黎基と、血腥(ちなまぐさ)いダムディン王が二人仲良くどのような話をするのか、展可には想像もつかない。一人でハラハラと気を揉むばかりだった。

 

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