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14◇少女たち

 策瑛の試合が終わり、展可が呼ばれるまでの少しの時間、妙に一角が騒がしかった。なんだろうと思って顔を向けると、人だかりの向こうに線の細い体が見えた。


 展可も驚いて二度見した。

 それくらい、戦場には似つかわしくない美少女がいたのだ。


 取り立ててめかし込んでいるわけでもなく、髪は簡単に結い、(かんざし)の一本も挿していない。男装しているのだが、どう見ても美少女である。いくら女が従軍できると言われても、本当に送り込まれることは――自分を例外として――ないと思っていた。もしあったとしても、ある程度年を重ねた逞しい女傑だろうと。


 それが、あの麗しい娘が従軍しているのだ。男たちが色めき立つのも無理からぬことだろう。

 狼の群れの中に羊がいる。大丈夫だろうかと展可が心配していると、その美少女はふと展可に目を留め、微笑した。その笑顔が何を意味するのかは知らないが、同性でもドキリとするような魅惑的な笑みだった。


(たん)(むら)(りゅう)袁蓮(えんれん)、前へ」

「はい」


 袁蓮と呼ばれた娘は、颯爽と前に出ると、その美貌に怯んだ男の額をコツン、と棒で突いた。正直なところ、強いのかどうかもよくわからない。相手が油断しているだけだ。


 それでも、勝ちは勝ちであって、袁蓮は勝者の方へと進んでいく。

 展可の相手は、平凡すぎて顔も覚えられないような男だった。あっさりと勝って展可も先へ進んだ。



 それを何度か繰り返した。全は、あの策瑛と当たったのだ。

 策瑛は、不自由そうに片手で棒を扱う尤全の棒を片手で受け止め、打ち返すのではなくそのまま棒を捻ってもぎ取った。老体に打ち込むのは嫌だと思ったのだろうか。


 全は多分、策瑛の人となりをすぐに見抜いた。だからか、負けても苦笑していた。

 はらはらと見守っていた展可の後ろで、男たちが雑談しているのが耳に入る。


「これって勝ち抜いたらどうなるんだ?」

「隊編成に影響するんだろ。勝ち抜いたらさきがけか、しんがりか、殿下の護衛かのどれかじゃないか」


 殿下の護衛――。

 そうなる可能性が僅かでもあるのなら、展可に負けは許されない。絶対勝とう、と心に決めた。


 その決意の通り、展可は勝ち抜いていくのである。



     ◆



 この時、(かく)雷絃(らいげん)は馬上の高みから民兵たちを見物していた。

 雷絃は行軍元帥である儀王薛黎基の副使を務める驍騎(ぎょうき)将軍(騎馬兵団を率いる)である。

 偉丈夫と称される立派な体格だが、目だけは好奇心旺盛な童子のようにも見える。


 雷絃は生まれからして武門であり、父も兄も弟もすべて武人であった。それ以外の道を歩むという考えは持たずに育った。


 年の離れた兄は、皇太子時代の黎基の武芸指南役であり、黎基は雷絃と一緒になって学んだ。黎基は細身で優美、武芸を修めるにあたり恵まれた体格をしているわけではなかったが、それでも筋がよかった。兄はそんな黎基を褒めそやしたが、黎基は驕る子供ではなかった。


 ひとつを知り、多くを考え、学び、己を広げてゆく。これは大器だと、雷絃は感じ入った。

 雷絃よりも十以上も年下の、末の弟と同じ年頃の子だが、それでもただの子供ではない。


 そんな黎基の立ち位置がとある時を境に激変してしまったけれど、それは雷絃にとって黎基に対する心が変わるような事柄ではなかった。将来は黎基に仕えるのだと思って生きてきた、そのことに変わりはない。

 気を抜けないこの時世に、それでも絆はあると信じている。


「さて、殿下のお役に立てそうな逸材はいるのやらな」


 思わず独り言つ。だが、民間から募った兵たちに期待しているはずもない。

 そんな雷絃のつぶやきを部下の一人が拾った。


「幾人かは面白そうなのがいました。あの、ただ、若い娘が混ざっていて、あれは他の兵とは分けておかないと慰み者になるやもしれません。まさか本当に女が従軍してくるとは……」

「そうなのか? 余程の事情があってのことか。気の毒にな。うん、気をつけておいてやれ」


 人手がなく、金もなければ徴兵は免れない。若い娘を戦に出さねばならなかった家族の無念を思うと、そんな馬鹿げた触れを出した者を締め上げたくなる。

 あれは秦家の一派が行ったのだ。同盟国へ赴く黎基に恥を掻かせたいのか、もしくは、あまり兵力を黎基に預けたくないのか――多分、両方だろう。


 そのことを考えると、雷絃の目つきが鋭さを増す。

 ただでさえ体の大きな将軍が険しい目をしていれば、民兵たちは怯えるばかりだが、少し離れたところにいたので特に問題はない。


 そうしていると、雷絃の目に細く長い四肢を持つ姿が飛び込んできた。長い髪を後頭部でひとつに束ねている。雷絃ならば片手でへし折れそうな首に小作りの頭が乗っているのだ。なんとも頼りない。


「若い娘というのはあれか……」


 まっすぐに前を向いた横顔は、意志が強そうだ。戦に来たのだから化粧っ気がないのは当然としても、目鼻立ちは整っており着飾れば生えるだろう。

 しかし、部下はかぶりを振ったのだった。


「あ、いえ、あれは男です。まあ、まだ子供ですし女みたいですが。若い娘というのは別です」

「男?」


 雷絃はもとより、弟たちも十二を越える頃にはもっと逞しかった。従軍したのなら十五歳は越えているはずだ。あれでは黎基よりももっと細い。


「あれで、男?」


 繰り返していると、部下はしみじみと言った。


「田舎の貧しい暮らしでは肥えたりできませんから」

「なるほどなぁ」


 食うものに困ったことのない雷絃にはわからないところであるが、そういうものらしい。いかにも頼りなくて、あんな子供が従軍するかと思うと憐れだった。

 しかし――。


 そのか細い少年は、開始の合図と共に動いたのだが、それがまた目を疑うほどに素早かった。軽く爪先で跳んだかと思うと、対峙する相手の背後を易々と取り、棒を肩にトン、と下ろした。対峙する男は何が起こったのかわからなかったのか、肩に棒を添えたまま呆けていた。


「ほぉ。見た目は頼りないが、いい動きをするな」


 思わず感心してしまった。戦が終わったら部下に引き抜いてもいいかもしれない。そうしたら、もっと鍛えて筋力をつけさせねば。


「あんな可愛らしいのに負けたら恥ずかしいですね。私も気をつけないと」


 ハハハ、と部下たちの間で笑いが起こる。

 その他にも、荒々しい動きをするが膂力に優れる若者も見つけた。あれはいい逸材だ。育ててみたいと思う。


 ただ、どれほど強かろうと、最も大事なのはそこではないのだ。

 黎基に対する忠誠心。それこそが求められる。

 そこを理解できる者たちであってほしかった。


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