十八話 子供と遊ぼうとしたら、師匠ができた件
俺は街に着く十分の間に、ミオンに食事中に聞けなかったこの後の予定を聞いた。
「ミオン、この後は何かあるか?」
「ううん。特に何も無いわ。あ、もしこの後もクエストに付き合って欲しいって言う事なら勿論付き合うわよ。」
「あー。それはありがたいが、今日受けた七つのクエストは済んじまったしな…。」
そう。時間がかかると思われていた七つのクエストは、意外な助っ人ミオンによって今日の内に終わってしまったのだ。
まぁ勿論、終わってしまったと言っても、早く終わる分には全然歓迎なんだがな。
「あ、だったらリズ達は今日暇してる?昨日、遊ぶ約束したから…今日どうかなって。」
「えぇ。リズ達なら、孤児院で遊んでると思うわ。アル兄もそっちについて行ってる筈だし。」
あ、そうなのか。だったら、俺達の午後の予定は決まったな。
「じゃあ、午後はちびっ子達と遊ぶか。あ、でもその前にクエストの完了をギルドに報告に行こうぜ。」
「ほいさー」
心晴のビックリするほど適当な返事を聞いた俺達は、街の門を通った後一直線にギルドに向かう。
そして、受付にクエスト完了の報告を終えて、報酬の銀貨二枚を受け取った俺達はギルドを後にしようとした。
しかし、二階から一階に降りようと階段に向かう途中で突然冒険者数人に行手を遮られる。
「またか…」と、相手の行動を不快に思い、その集団を無視して避けようとしたらその内の一人の男がさらにそれを遮って来た。
俺は不快感を隠さずに口を開く。
「……なんの用だ。俺達は予定がある。さっさと退け」
男は俺に一瞥くれたあと、直ぐに視線を外し、俺の背後にいる聖奈達に向けて言葉を発した。
「ねぇ、そっちの姉ちゃん達。俺達のパーティに入らねぇか?…いや入れ!」
怒鳴る様な言葉遣いに、聖奈とミオンはビクッとしていた。
俺はその事にイラっとしてその男を睨め付ける。
すると、男はもう一度俺の方を見て気味の悪い顔をしながら言った。
「俺んとこまでこの子らを送り届けてくれてお疲れさん!後はCランク冒険者のクライン様が有効に使ってやるからよ。」
……ん?Cランク冒険者のクライン?それは今朝、宿で聞いた名だ。なるほど、こいつがそうなのか。
俺はこいつの顔と名前をしっかり頭にインプットして、腰にある剣を抜くーー事はしなかった。抜く直前でギルド内での戦闘行為は禁止だった事を思い出したのだ。
今、この場でこいつらをボコボコに出来ない事に歯痒い思いを感じながら、俺達はその集団をどうにか押し通る。
そんな俺達を、クラインは余裕の表情で見送るのだった。
ーーー
ギルドを出た俺達の空気は最悪ーーでは無かった。
聖奈やミオンは彼奴らの口調に驚いただけの様だし、心晴に至ってはそもそも眼中に無いようだ。…我が妹ながら逞しい。
(まぁ、クラインが昨日から俺達を狙っているのは今のところ俺しか知らないしな。一応、あの男には注意する様言っとくか。)
「お前ら、あの男には注意しろよ。なんとなく嫌な気配がする。異世…この街で一人行動することは少ないと思うが、何処か行く時は極力俺や親父、アルディスと一緒に行動してくれ」
俺は、今朝のことは伏せて三人に告げた。下手な不安や心配をかけさせたく無いからな。
俺は三人が頷くのを見て、ミオンに孤児院への道案内を頼んだ。
孤児院に着くまでの道中、俺はミオンに今日の報酬の1/4と昨日の街案内の報酬、計銀貨一枚を渡した。ミオンは最初は受け取りを拒否していたが、心晴や聖奈の説得で渋々受け取っていた。
これで所持金は銀貨一枚と大銅貨三枚。日本円で一万三千円だ。この金で三人分のいい宿を取れたらいいなぁ。
報酬を渡した後は、リズ達が普段どんな遊びをしているのかを聞きながら見慣れない街を歩いていく。
しばらくそうしていると、不意に豪邸の前でミオンが立ち止まった。そして、その豪邸を指差して「ここが孤児院よ!」と、言い出す。
「…おいおいミオン、普通孤児院って教会とかが運営してるもんだろ?なんでこんな所で…」
「あ、言ってなかったわね。此処は国営どころか領営ですら無いのよ。ちょっと昔有名だった人が、ボランティアで孤児や子供の奴隷を集めてまとめて面倒を見てるの。しかも一人でね。
え、まじか。むかし何をしていた人なんだろうか。孤児院にいる子供の人数は分からないが、屋敷の広さから考えるに相当いるに違いない。それを一人で見るなんて…。労力だけでなく、金も相当かかるだろうに。
衝撃の事実を知った俺達が豪邸の前で立ち尽くしていると、庭先で遊んでいた小さな影が二つほごどこちらに駆けてきた。
「ハル兄!セイナお姉ちゃんにコハルお姉ちゃんも!」
「遊びに来てくれたんだ…」
言うまでも無いだろうが、リズとリオだ。
先に、俺の胸に飛び込んできたリズを受け止め衝撃を受け流すためにクルッとその場で一回転する。
リズを下ろすと、後から来たリオが羨ましそうにそれを見ていた。
なので俺はリオに近づいて彼女を抱きかかえ、またもやクルッと一回転する。
嬉しそうにニコニコしているリオを下ろしてしゃがんだ俺は、二人にの目を見て言った。
「昨日の約束通り遊びに来たぜ!…でも、ちょっと待っててな。院長に挨拶をしてくるから。」
俺がそう言うと、リズとリオは二人とも両手で俺の手を握って引っ張った。
「サーシャさんならこっちなの!」
「ついて来て…」
「あ、ちょっ、分かった分かった。ちゃんと着いていくからそんなに引っ張るなって。」
後ろにいる聖奈達は、幼女二人に連行される俺を見て
「…ほんとに子供に好かれてるわね」
「まぁお兄も頭の中子供だし、四捨五入したら実質子供なんじゃない?」
なんて会話をしている。
「ってオイ!誰が四捨五入したら実質子供だ!その四捨五入、絶対俺の頭の中のことしか考慮してないだろ!俺の身体を捨てるな!」
「いや…ツッコむ所はそこじゃ無いでしょ…。その言い方だと、ハルは自分の頭の中は子供だと認めてるようなものよ」
「ん………確かに………」
「ぶふッ!お兄、本当に頭の中子供なんじゃない?IQ的な意味でも」
こいつ!好きに言わせとけば調子に乗りやがって。両手が自由になったら覚えてろよ?
そんな風に賑やかにしていると、俺達に声をかけてくる人がいた。
「うるさいねぇ。この屋敷の中で寝てる子も居るってのに。おや、リズとリオじゃないか。それにミオンまで…それで?この三人は誰だい?」
ツッ!?この人無茶苦茶強い!
多少自分にチートが備わったからって、他人の強さを感じ取れるとは思っていなかった。いや、実際今日この時まで、それを感じ取ったことは無い。ギルドの中でもそうだし、Cランクの冒険者を目の前にした時もそうだ。
しかし、それは俺が他人の強さを測れなかったのではなく、相手が分かりやすく強く無かっただけ。
武芸に身を置いて日が浅い俺は、正確に相手の強さを測ることは出来ない。が、そんな俺でも、今目の前にいる人間がとんでもない力を持っていることを、その目で、鼻で、口で、耳で、そして肌で感じることは出来た。
つまり、それが意味する事は…相手が圧倒的な強さを持っているという事。
例えるならば、俺の持つ小さな定規で測る事は出来ないが、一目見ただけでそのスケールを感じられる富士山の様なものだ。
(相手が敵対者とは限らないが、もし聖奈や心晴に害をなそうとしたら…その時は、二人を逃すためにこの命を使おう。)
相手の放つ闘気をビリビリ感じる俺は、それでも万が一のために、震える手で剣の柄
に手をかけた。
今の俺には、地球に転移で戻るという選択肢は無かった。人が見ているからではなく、単純に焦りと緊張により視野が狭まっていた。
ーーまさに一触即発。
しかし、そんな俺を見た相手は「フ」と笑みをこぼした後、先程までの闘気を霧散させて大笑いする。
「あっははは!そうかい、私の圧を受けながらもなんとか自分の武器に手をかけることは出来るのか。」
あ、え?なんだ?相手の狙いが分からない。闘気は放たなくなった様だが、こちらの油断を誘っているのかもしれない。だったらまだ油断はでき…
「ん?なんだい?まだ、構えてるのかい?ふむ、なら自己紹介といこうか。」
そう言って相手はこちらに近づいてくる。
「私の名前はサーシャ。一応ここの主人だ。…別に、あんた達の敵じゃない。まぁ、最も、あんた達が私の敵に回りたいなら止めはしないさ。おすすめもしないがね。あんた達のことは、アルディス達から聞いたよ。リズなんか、今日ここに来て十回はアンタの話をしている…。だから、ちょっとあんた達を試したのさ。」
な、なんだ。そう言うことだったのか…。正直、心臓に悪いからやめて欲しい。
俺が胸を撫で下ろしていると、後ろにいる心晴が耳元でこそこそ話をしてくる。
「あの人、相当できるよ。今のお兄だったら瞬殺されるね」
「あぁ。全くだ。チートは貰ったが、どうやら世界最強なんてのは、とんでもなく遠いようだな。」
俺がそう返すと、「あ、そうなの?あの人強いんだ?」みたいな反応を返して来た。
後から聞いた話だが、心晴はそういう雰囲気のあるカッコいい会話がしたかっただけの様だ。…オイ。
心晴の返事に「何言ってんだこいつ?」と思っている俺を見ながら、サーシャさんは要件を尋ねて来た。
「それで?ここには何の用だい?」
その質問には聖奈が答える。
「私たち、リズちゃん達と遊びに来たんです。昨日、そういう約束をしたので。」
「あぁ。そういうことかい。いいよ、遊んでやんな。他の子達はアル坊が相手をしているけど、気が向いたらその子達とも遊んでおくれ。」
「はい!じゃあ挨拶も済んだし、リズちゃんリオちゃん遊びにいこう!皆んなの所まで、どっちが早く着くか競走だ!」
「いいよー!」
「分かった」
おぉ。聖奈が頑張って子供達と距離を詰めている。尊い。
「ちびっ子には絶対負けん!」
心晴、お前は手加減してやれよ。
走っていった聖奈達を俺も追いかけようとすると、サーシャさんに呼び止められた。
「ちょっと待ちな!」
「は、はい。…なんですか?」
「…アル坊達を助けてくれて、ありがとう。」
そう言って、サーシャさんは頭を下げた。
「い、いえ!そんな、頭を上げてくださいよ。…僕らの方こそ彼らに助けられてるんですから。」
「そうかい?そうか…それなら良かった…。ん?その剣、もしかしてガルムんとこの店で買ったものかい?」
「あ、はい。まぁ買ったっていうか、貰った物ですか…。」
「そうか、あの堅物がねぇ。」
そう言ってサーシャさんは目を瞑り何か考え込んだ。そして何か結論が導き出せた様で、目を開けてこちらに寄ってきた。
「じゃあ私からも何か恩返しをさせておくれ。」
え…そんな事急に言われても。
「何でもいいさね。まぁ、常識の範疇の中ならね。」
……ごめんなさい。僕、常識ないんです。なので……あ!一ついい案がある!
「そういう事でしたら…僕を弟子にしてくれませんか。」
常識の無い俺が選んだ答えは、彼女の弟子になる事だった。これなら常識の範疇だろう。
「そうさね…。まぁアンタには見込みがある様だし、良しとしよう。今日から私がみっちり鍛えてやる!ハルアキ、根を上げるんじゃ……いや、根を上げてもしっかり扱いてやるから覚悟しな!」
「はい!」
こうして俺は、サーシャさんに師事する事になったのだった。