十五話 異世界の予習復習
俺達は歩きながら、人目につかない場所を探す。
しばらく探していると、薄暗い路地の中に丁度俺達の探していたような場所を発見した。
「お、あそこいいんじゃないか?」
見つけた俺がみんなに確認を取ると、いい返事が貰えたので皆んなでその場所に移動する。
そして俺は家族とこれから取る行動の最終確認をする。
「取り敢えず此処で俺が、聖奈、母さん、心晴を地球の聖奈の家に戻す。三人を送り届けた後、俺はもう一度こっちに戻ってくる。そうして俺と親父の男コンビ、武と智をそろえたコンビで安い宿を取る。部屋を取って周りの目を遮ることができたら、俺と親父が地球に戻る。これで合ってるか?」
「あぁ、完璧だ。まぁ一つ付け加えるなら、地球に戻った三人はご飯と風呂の用意をしといてくれ。それと、一晩だけとは言え聖奈ちゃんの家で五人で過ごすのは窮屈……ではないな。でも、俺達は自分の家で一晩を明かすよ。な、母さん。」
「えぇ。あんまり二人に邪魔をしたら悪いものねぇ〜」
…変な気を使いやがって。あんまりプレッシャーをかけないで欲しい。
「はぁ。バカ言ってないでさっさとするぞ。ほら三人とも俺に捕まって。」
俺はそう言って、転移魔法陣の描かれた紙を取り出して右手に持つ。
それを見ていた聖奈は魔法陣の描かれた紙をくしゃくしゃにしないように俺の右手を優しく握ってきた。俺がそのことに内心ドキっとしているうちに、反対の手を心晴が、そして聖奈と心晴の手を母さんが繋いで四人で輪の形を作っていた。
皆んながしっかり手を握っていることを確認した俺は「地球……の聖奈の家に転移」と、聖奈に家のリビングを思い浮かべてから呟く。
すると、俺達の足元に魔法陣が現れた。そして、次の瞬間には辺りの薄暗くて不気味な路地裏の風景は、真っ暗だがとても見慣れたものに変わっていた。
それを確認した俺は、取り敢えずちゃんと地球に戻れたことに安心して力が抜けてしまう。
「ホ。ちゃんと転移出来たな。いや、地球には戻ってこれるとは思っていたけど特定の場所に狙って転移するのは初めてだったからちょっと緊張したぜ。」
俺がそう呟くと、母さんが靴を脱ぎながら
「そうねぇ。地球にも物騒な地域はあるからねぇ。下手すると、異世界の方が安全なんじゃないかとおもうくらいの地域が。」
と物騒なことを言っていた。
それを聴き流しながら、聖奈と心晴の方を向くと二人も靴を脱いでいる所だった。
俺は三人の無事を確認してからもう一度転移しようとする。すると
「あ、ハル。晩ご飯何がいい?」
と聖奈が聞いてきた。急な返答に困った俺はあまり考える事なく答える。
「あ、え〜、っと。聖奈の手料理ならなんでもいいかな?」
言った後で、「しまった。適当な答えを言ってしまった」と後悔する。が、
「え〜。なにそれ。……はぁ分かったわ。元から優実さんを手伝う予定だったけどもっと、あ、あい……心を込めて作ることにするわ。…だからちゃんと帰ってきてね。」
なんて可愛らしい事を言ってくれる。俺は嬉しさと恥ずかしさで、なんて言ったらいいか分からずにただ一言だけ
「おう!任せとけ!」
なんて、訳のわからない返事を一つ残して異世界の薄暗い路地裏に転移する。
異世界に転移すると、親父が開口一番に「おい、気持ちの悪い笑みを浮かべてるぞ」と言ってきた。
いけない、いけない。ちゃんと気は引き締めないと。
取り敢えず俺達は、安い宿を探すところから始めた。聞き込みをしようとしたが、あまり効率の良さそうな手段じゃ無かったので、冒険者ギルドで聞くことにした。
昼間、ミオンに案内して貰った道順を頼りにして冒険者ギルドにたどり着く。
そして、一階にいた受付のお姉さんに宿の事を訊ねた。すると、どうやらミンという人間が経営する〈ジス宿屋〉がこの街で一番安いらしかった。場所を聞くと、俺達が今日案内されたのとは逆の方向に位置していた。初めての道だが大体の場所は聞いたので迷うことはないだろう。迷っても人に聞けばいいだけだ。
それを聞いた俺達は、教えてくれたお姉さんに情報料を払おうとしたが、拒否された。なんでも、「冒険者の方に情報を提供するのもギルド職員の務めです」だそうだ。カッコいい。
一応、宿屋までの道順を記した手書きの簡易地図を受け取とった俺達はギルドを出た後、それを頼りに歩いていく。
しばらく歩くと目的の場所が見えてきた。ボロボロではないが、辛うじて運営出来ているのが伺える外見だった。看板は「宿」以外の文字は霞んで見えないし、中の照明は他の店や民家に比べて薄暗い。
まぁ、正直俺達はこういう店を求めていたんだから特に問題はない。
親父が先に入って行くのを追っかける形で俺は宿屋に入って行った。
宿屋に入ると、正面の受付の席で痩せたおばあさんが煙管を吹かしていた。いや、薄暗くてよく見えないから年齢の断定はできないが親父よりは年上だろう。
その人は俺達が宿屋に入るのを確認すると、ダルそうに煙管を口から離して口を開く。
「客かい?」
急に声をかけられてびっくりした俺の代わりに親父が対応した。
「あぁ。俺とこいつの二人だ。…空いてるか?」
「うちはいつでも空いてるよ。…二人だと、小銀貨1枚だよ。」
え、やっす。持ち金は後小銀貨四枚だったからそれより安い分には良いが、それにしても安すぎる。
俺がその事を不思議に思っている内に親父が金を払っていた。それを確認した受付のおばさんは宿での説明をする。
「うちではご飯も湯浴み用の水も出さない。部屋の中にもベッドしか置いていない。何か必要なものがあったら自分たちで買ってきな。」
この説明を聞く限り宿って言うよりも、ただの部屋貸屋みたいだな。まぁそれでも俺達は、その最低限の人目につかない空間が用意できればれそれで良い。
「それと、喧嘩、殺しなんかがうちで起こっても、私たちは何もしない。自分たちで解決しな。そんくらいだよ。」
受付のおばさんはそれだけ言うと、俺達に鍵を放り投げてまた煙管を吹かし始めた。
それを見て説明は終えたのだろうと判断した俺達は自分達の部屋に向かった。
「10」と扉に書かれた部屋に前で立ち止まり、受け取った鍵を使って扉を開ける。真っ暗な部屋の中に入った俺達は取り敢えず部屋を見渡すために照明がどこにあるか探した。しかし、いくら探しても見つからない。
俺より背の高い親父は天井を見ていたようだが、そっちも何も無かったようだ。親父は少し呆れたように呟く。
「…まさか、言葉通りベッドしか置いてないのか…。」
そのベッドも廊下の光を頼りに見る限り、敷布団ぐらいしか用意されていないようだ。
あまりこの空間に長く居たくなかった俺は部屋の扉を閉めて、親父の方へ向かう。
「もう帰ろうぜ。どうせこの部屋には用はないんだ。」
「それもそうだな。」
俺は親父の返事を聞く前には転移する用意を済ませていた。そして、親父の返事とほぼ同時くらいに転移する。
「地球の聖奈の家へ」
俺の帰りたさが影響したのだろうか?俺がそう唱えた瞬間にはもう、聖奈の明るい家に着いていた。
俺が急に転移したせいで何の準備もしていなかった親父は転移と同時に悶えていた。恐らく、急に明るくなって目が眩んだのだろう。
「おい…春明…。転移するなら、せめて一言声かけてくれ…。」
「?声かけたぞ?」
親父の言いたいことはわかるが、あえて俺はとぼけた。今日の仕返しだ。
「そう言う事を言ってるんじゃない!はぁ、もういい。今日は疲れた…。」
親父はそう言ってソファに腰掛けて靴を脱ぐ。本当に疲れていて動きそうにないので、俺は自分の靴と親父の靴を持って玄関に置きに行こうとした。
しかし、それを行動に移す前にキッチンの方から聖奈が駆けてきた。
「おかえりなさい!」
「あ、あぁ。ただいま。」
聖奈は風呂から出てきた直後のようで、パジャマに覆われていない肌をまだ湿らせていた。そして、まだ乾ききっていない髪からはシャンプーのいい匂いがした。この初めてのシチュ&出迎えに内心ドキッとしていると、玄関に続く廊下のドアが勢いよく「バン」と開いて心晴が入ってきた。
「あぁ〜。いい風呂だったぁ。ん?あ、お兄帰ってきてたんだ。お風呂沸いてるから、ご飯できる間に入ったら?……何でそんなに固まってんの?」
「ん?んー。うん。何でもない。」
正解が分からない俺は親父に「俺が先に風呂に入るぞ」と言ってから、玄関に向かい靴を置いてから風呂に入った。
流石の俺も疲れていたのだろう。この前は風呂一つ入るだけで色々考えて悶々としていたが、今日は普通に湯船に浸かった。
「がぁ〜〜〜。気を張らないでいいって、めっちゃ気が楽でいいなぁ。」
俺はたっぷり約十分くらい湯船に浸かって今日一日の疲れを取った。
俺が風呂を出ると、美味しそうな匂いが漂ってくる。リビングに行くと「もうちょっとで完成するよ!」と、女性陣が伝えてくれる。
俺がふとソファの方を見ると、親父が先程と全く同じ体制で寛いでいた。一応、俺が風呂を出た事ともう直ぐ食事が出来る事を言うと、「……………シャワーだけ浴びるわ。」と言って風呂場へ向かって行った。
料理が出来るまで暇な俺は親父と入れ替わりでソファで寛ぐことにした。
「あ〜。今夜話す事を纏めとくか…。」
唐突に思いついた俺は今日の出来事を思い出しながら、親父に聞きたいことやみんなで相談したい事を紙に書き出していく。
杖や魔法のこと、お金の価値や相場のこと、レベルアップするにはどうすればいいか、ある程度の常識。それと、一番重要な異世界での立ち回り。特に聖奈をどうやって帝国の連中の目につかないようにするかを話し合う必要がある。俺はこの辺のことを書き出しながら、ある程度自分なりの答えを固めていく。
そうやってしばらく時間を潰していると、料理が完成していた。沢山の料理を配膳するようだったので俺も手伝いに行く。全部の料理を配膳し終わると同時に、親父も風呂場から戻ってきた。
「お、親父タイミングがいいな。腹も減ったし早速食おうぜ。」
「おう。」
親父が席につい手から俺達は手を合わせて「いただきます」の合図をしてから食べ始める。
今夜のメインの献立は唐揚げだった。どうやら俺のの好物を作ってくれたらしい。
「あ、ハルのお皿に乗ってるのは私が作ってあげたやつだから。」
と向かいに座っている聖奈が自慢げに言ってくる。
…俺は適当に言ったのに、ちゃんと作ってくれたのか。しっかり肉汁一滴まで味わって食べよう。
俺達は、今日の異世界観光の事を賑やかに話しながら夕食を食べた。美味しいものを食べながら楽しい時間を過ごして時間が過ぎるのを忘れる。食事が終わった後もしばらく会話を続けていたが、ふと時計を見て就寝するまであまり時間が無かった。
夜に親父に確認したいことがあった俺はその事を今思い出したかのように言う。
「あ、そうだ。夜は色々確認することがあったんだ。」
俺は席を立ち、先ほど書いた相談したい事リストを手に取って、もう一度席に戻る。
「これこれ。えーと、最初は…杖と攻撃魔法の事だな。親父説明してくれ。」
「それはだな……、攻撃魔法を使うときは空気中にある魔素を使う必要があるからだ。魔素を使用するのに使うの体の部位が魔核なんだが、人間の小さな魔核では扱う魔力に限界があるんだ。…まぁ心晴は特殊だから小規模な魔法なら杖なしで使えるかもしれないが、中規模、大規模になってきたらそうもいかないだろう。だから、魔素を自由に使える魔物の大きな魔核を浸かった杖が必要なんだ。」
「なるほどな。……心晴は女神様に〈魔力蓄積値上昇〉みたいな能力を貰ってたが、あれは単に魔核に蓄積出来る値が増えるだけなのか。…心晴は魔核に多くの魔素を蓄積し魔力に変えられが、それを一気に放出させて魔法にするにはより大きな魔核が必要な訳だ。」
「そゆこと。あと、杖…というか、魔核も大きければ大きい程、魔法を使い慣れている魔物のものであればある程、より燃費良い高威力な魔法を使えるようだ。だから、真に大杖を使える人間が限られるようだな。」
…ガルムも、未だに大杖を使えこなせている人間はいないみたいなこと言ってたしな。
「…ん?それでいうとおかしくないか?聖奈はリズの背中の傷を治していたぞ?」
そう、あのとき聖奈は杖、というか魔物の魔核を使わずに魔法を使っていたのだ。さらにいうと、冒険者ギルドで俺にバフを掛けてくれたのも聖奈だ。
「あぁ。それはな、回復魔法と攻撃魔法やバフデバフの魔法ではそもそもが違うからだ。アルディス君も言ってただろう?回復魔法は使える人間が限られてるんだ。他の魔法の使える人間と違ってな。」
あ、確かに。
「まぁ、普通の魔法を使える人間にも向き不向きはあるだろうから、それによってある程度、使える人間とそうでない人間が存在するのは分かる。が、どんな人間も一応魔法を使うことはできるんだ。これは女神様に貰った知識の中にあったから確かな情報だ。それに比べて、回復魔法の方は産まれたときに使えるか使えないかが決まる。」
親父の話を聞いていた俺は自分の頭の中でピースがハマった音がした。そして、そのまま親父の言葉を引き継ぐ。
「!!……つまり、神に選ばれている…って事か?」
「そういう事だ。だからなのかは分からないが、回復魔法を使うときは魔素を使わない。正に神の奇跡って奴だな。それと、ギルドで使ってたバフの魔法。あれは単純に人間の魔核でも使用できたってだけの話だ。敵に使うデバフは無理なようだがな。」
皆んな「ほえ〜」って顔をして聞いていた。
そんな中、一人だけ「簡単な魔法なら、今ここでも杖無しで使える?」みたいな顔をして手をグッパグッパしている奴が一人だけいる。
「おい、心晴。明日まで我慢しろ。」
俺が注意すると、手を後ろに回して「何故分かった!?」みたいな顔をする。いや、今日一日のお前を見たら、大体わかるさ。第一顔に出過ぎだ。
「はぁ、まぁいい。えー次は…。金だな。小銀貨や銀貨の価値を大体で良いから日本円に換算してくれ。それを元に向こうの世界の相場を確認する。」
「わかった。まず、金の単位だが、銅貨、銀貨、金貨、白金貨の四種類あってそれぞれに小、中、大が有る。価値は…言わないでもわかるだろうが白金貨、金貨、銀貨、銅貨の順番で高い。日本円への換算は…小銅貨が一円から始まって、一つ位が上がるごとに十倍されて行くつまりーー(お金の価値は後書きに書いてます)と、いう感じだ。」
「う〜ん。それに倣うと、向こうの価値もこっちの世界とあまり変わらないわね〜。」
母さんが、今日見て回った店の値段の表を見ながらそう呟く。
その隣の表を取りながら、親父が言う。
「武器防具に関しては、ちょっと高級な贅沢品って感じだな。一番安い物で五万、高いのは二百万オーバーの物もあったな。」
「大杖に関しては億越えだったな。下手に値段なんて知るんじゃ無かったぜ…。」
「億越え………億越え………億越え………億越え………」
さっきまで元気だった心晴は今度は魂が抜けたようになって同じ言葉を繰り返している。そんな心晴を慰めながら聖奈が
「聖奈ちゃんが『ダークネスワンド』とか言ってたあの杖はいくらだったの?」
と俺に聞いてきた。
俺は自分の記憶を頼りに思い出す。
「えーと。大銀貨五枚、つまり五十万円だな。」
「…。それでも安いとは言えないわね。」
「まぁ、最優先で買えばなんとかなるだろ。」
俺がそう言うと、心晴が息を吹き返した。
「お兄!最優先で買ってくれるの!?」
「あぁ。最大火力のお前が何もできないんじゃ勿体ないしな。他に何か急いで買う物もないし…良いだろ?親父。」
「あぁ。食事分と宿代と年のための貯金があれば良いさ。家はどこの国に建てるかまだ分からんから、今は気にしないで良い。」
聖奈の事もあるしな。しばらくは帝国に留まるだろうが、いずれは離れるだろう。
金の話も終わったようなので、次の話題をふる。
「次は、レベルの上げ方とある程度の常識だな。」
「レベルの上げ方は分からん。常識に関してはここで伝えるには時間がかかり過ぎるし、何を話せば良いのか分からん。だから、向こうで変わった行動をするときその都度俺に確認してくれ。」
「いや、その確認するのが面倒だから今聞いてるんだが…。まぁいいや。アルディス達には常識の無い人だと思われてるだろうから、アルディス達にでも聞くか。」
さて、これを話し終えたとなると、残るは最後の議題。
「それで、最後に話すのは一番重要な聖奈のことだ。アルディス達は聖奈が回復魔法を使えることを黙ってくれているが、それ以外の連中が同じように黙ってくれるとは限らない。何か対策を練っておく必要があると思うんだが何かいい案は有るか?」
俺は家族の顔を見ながら最後の議題を話した。
俺が真面目な話をしていると察知した心晴も先程までの適当な雰囲気を真面目なものに変えた。
暫くの沈黙が流れた後、まず最初に親父が口を開いた。
「まず、どこに人の目が有るか分からない以上、無闇に回復魔法は使わないべきだ。周りに人がいない事を確認した後にこっそり使っても、透明になる魔法で隠れていたり、遠視の魔法なんかでバレる可能性もなくは無い。」
それを聞いて、次は母さんが意見を出した。
「そうねぇ。何か緊急の事態、それこそ私達の誰かが瀕死の重傷を負った時ぐらいでないと、回復魔法の使用は許可できないわぁ。」
「ッ!それだと!…それだと…今日のリズちゃんの様な人の事は見て見ぬふりをしろって事ですか…?」
母さんの意見を聞いていた聖奈が一瞬声を荒げてしまった。
それを聞いた父さんは目を瞑りながら、諭すように語りかける。
「……厳しい事を言うようだが、あの世界はこちらの世界よりも厳しい弱肉強食の世界だ。無闇に子供を魔物のいる外へ連れて出る奴、重傷を負う奴、庇えない奴、回復薬を用意できない奴、そういう人間が悪い。という見方も出来る。」
「でも…それでも…。私は…。」
聖奈は、リズ達を助けた時に聖女のような美しい心の在り方を示した。その聖奈にとって今の言葉は辛いものだろう。
少し落ち込んでる聖奈の横では、心晴が何かいい案はないかと一生懸命考えていた。
心晴は暫く考えていたが、何かを閃いたようで顔を上げる。
「だったら、回復薬を沢山作っておいてそれを使ったら?そうすれば、セナ姉が回復魔法を使う必要がないし、他の人を助けてあげる事もできるよ!」
いい案のように思うが…。それではーー
俺がその案を否定しようとしたが、それよりも親父の方が早かった。
「いや、その方法もあまり取りたくはない。その方法なら確かに他の人間も助けることが出来る。しかし、回復薬を他人のために使ったという噂が広がって、群がってくるやつもいるかもしれない。それに、神官と呼ばれている人たちに俺達が回復薬を買っていない事がバレる可能性もある。」
親父はそう言うと、俺の方を向いた。俺の方を見ている両眼は俺にどれだけの覚悟があるのかを見定めようとしている。
…そう言うことか。親父の意図を汲み取った俺は親父の目を見て言い放つ。
「…バレたって構やしねぇ。俺が聖奈の、俺の家族の安全を保証する。俺の大事な人間を利用しようとする奴はーー俺が切る。」
「…その覚悟がお前にあるのか?」
「…………ある」
俺の返答を聞いた親父は大きく息を吐きながら目を瞑って下を向く。そうする事約二十秒親父は呆れたような口調で言う。
「…何を根拠にそんな事を言ってるか分からんが…良いだろう。方法は任せる。やってみろ。」
親父はそう言った後、席を立つ。
聖奈はそんな親父に礼を言っていた。礼を聞いた親父は聖奈に「さっきは厳しい事を言って悪かったな」と謝っていた。
廊下に繋がる扉の前に立ち、ドアノブに手をかけた親父がこちらに振り返って俺に言った。
「お前にその覚悟がある限り、俺は横からお前達のやってる事に口は出さん。俺が何かするとしたら、最後の最後。お前達の命がかかった時だ。逆に言えば、俺がお前達の命が危ないと判断しない限り何もしないと言う事だ。分かってるな?」
「あぁ。勿論。」
「フッ。まぁ折角の異世界なんだ、あんまり気負わず楽しもうぜ。俺もやりたい事は色々あるしな。んじゃ、お休み〜。ちゃんと寝ろよ?」
親父はそう言ってニカッと笑った。そして、そのままリビングを出て行く。それに母さんと心晴も続いた。
三人が帰って、リビングが急に静かになった。さっきまでの空気感との差に俺は何を言ったら良いか分からず、寝る準備を整える。
俺がいそいそと動いていると、後ろにいた聖奈が小さな声で「ありがとう」と言うのがきこえた。俺は「え?」と、振り返る。
「さっきはありがとう。私のやりたい事をやらせてくれて…。守ってくれるって…。ありがとう。」
改めてお礼を言われた俺はなんだか照れ臭くなった。なんか鼻がムズムズする俺は鼻頭を掻きながら返す言葉を探す。しかし、なんて言ったらいいかますます分からなくなった。なので、今日の感想を聞く事にした。
「あ〜。異世界はどうだった?楽しかったか?」
「えぇ。ちょっと怖い思いもしたけど、それ以上にハルが頼もしかったから。それに、久しぶりの買い物や外食でとても充実した一日だったわ。」
聖奈は笑顔でそう言ってくれた。その事を嬉しく思いながら、俺はその嬉しさを隠さずに告げる。
「明日からも楽しいぞ!面倒事も多いだろうがそんなのは俺が全部片付けるから、みんなでエンジョイしようぜ!」
「ええ。」
先ほどと同じかそれ以上の笑顔で聖奈が微笑む。俺がその笑顔に見惚れていると、聖奈は廊下へのドアを開けて
「それじゃあ、お休み。明日からもよろしくね?」
と言ってくれる。
…そんなの当たり前だろ。
「あぁ。」
俺の返事を聞いた聖奈は笑顔のまま自分の寝室に戻って行った。
それを見送った俺はソファに寝っ転がる。そして、異世界での面倒事の対処法を考えながらも、これから異世界で明日から起きるであろう色々な出来事に胸を膨らませて眠りにつくのだった。
参考までに
小銅貨 一円 銅貨 十円 大銅貨 百円
小銀貨 千円 銀貨 一万円 大銀貨 十万円
小金貨 百万円 金貨 一千万円 大金貨 一億円
小白金貨 十億円 白金貨 百億円 大白金貨 一千億円
つまり魔物の素材は一万で売れ、冒険証は一人当たり千円で、宿賃は二人で千円でした。