十話 冒険者ギルド
アルディスが通った入り口に入ってギルドの中を見てみたら、そこは吹き抜けだった。
所々に柱はあるが、壁は全然ない。強いて言うなら、俺たちが入ってきた入り口側、つまり正面だけは一応壁で覆われている。しかし、建物の背面、左右の面の壁は無かった。
「これは…吹き抜け?なぁアルディス、一階はなにをするとこなんだ?」
「ん?…一階は主に、魔物なんかの素材の売買に使われる。ここが吹き抜けの理由は、ある程度大きくても持ち込めるように壁を取っ払ったのと、匂いがこもらないようにってことらしい。」
へぇ、よく考えられてるな。正面は外見重視らしいが、それ以外は理にかなっている。
「あ、あと一階には治癒室もある。そこには神官がいてもし傷を負った冒険者がいたらを治癒している。まぁ、高額だからほとんど使われているところを見たことがないな。よっぽど重症のやつ以外は、応急手当てをして安静にしている。」
「へぇ〜。(ボソっ)あんまり近づかないほうがいいな。」
実際の神官たちを見たことがないからなんとも言えないが、極力関わらないのが吉だろう。
「一階のことは分かった。じゃあ二階三階はどうなってる?」
「二階はクエストの受付と食事場、三階はギルド職員の仕事場や休憩所、それにギルドマスターの部屋もある。あ、あとさっき言い忘れたが、クエストの受付は一階でも出来る。主に緊急性の高いものなんかが優先的に回されるそうだ。」
「そうか。ありがとう。大体わかった。じゃ、まずは素材を売ろう。」
「おう」
俺たちは素材を買い取っているカウンターの方へ向かっていった。
一階は、ほぼ魔物の素材を売買するだけの場所の様で人はあまり多くなかった。吹き抜けの空間のおかげで更に少なく思える。
まぁ、その少ない人数の目線の殆どが俺たちの方を向いているわけだが…。
カウンターに着くと同時にアルディスが受付のお姉さんに声をかける。
「おう、魔物の素材を売りにきた。鑑定をしてくれないか?」
「あら?アルディスさん?本日はとてもお早いご帰還の様ですが…。」
「あぁ、色々あってな。だが、その最中に運良く魔物を狩れたんだ。ほら、これだ。」
そう言ってアルディスは魔物の素材を出す。
「…アルディスさんが一人で狩ったにしてはずいぶん多いですね…。分かりました。鑑定が終わるまでそちらでお待ちください。」
そう言って受付のお姉さんは素材を持って奥へ行ってしまった。
待っている間、特になにもする事がないなー、なんて思っているとアルディスが
「……よく考えたらリズ達を連れてきたのはミスだな…。すまん。俺は小さい兄妹たちと家に戻ることにするわ。…冒険証を作るときは、ほかに冒険証を持ってる者がいないと手続きが面倒だ。幸い俺の兄妹は一応みんな冒険証を持っている。ミオンをここに残していくから、諸々が終わったらミオンを家へ送ってくれ。すまんな、ミオン。」
「ううん。リズ達を連れて帰るならアル兄がいたほうが安全だろうしね。私の事は気にしないで。」
「あぁ、じゃあハルアキ、頼んだぞ。」
この短期間で、俺たちは相当信頼されているらしい。
「おう、もちろんだ。心配すんな。…こっちこそ配慮が足らなくてすまんな。」
俺の返事を聞いたアルディスは一つ頷いて兄妹を連れて行こうとする。
すると、今まで俺と手を繋いでいたリズがちょっと寂しそうにうつむく。
それに気づいた俺は、リズの頭を撫でてあげる。
「なんでそんなに寂しそうなんだよ。また今度一緒に遊んであげるから、な?」
すると、次の瞬間にはリズは顔を上げて、ニッコニコになっていた。
…まさか、頭撫でて欲しさに一芝居打ったのか…。あざと可愛い………。
俺がリズのあざと可愛さに昇天している隙にリズは聖奈の方へ行ってしまった。
(あぁ、俺の天使が…。……ん?)
ふと視線を感じ、アルディスの方を見ると、その後ろにリズにそっくりな天使がもう一人いた。
リオはこちらをジッと窺いながらも、何かをねだる様な目線を俺に向けている。
(はは〜ん。リオも頭を撫でてほしいんだな?)
俺は察せる男だからな。
俺がアルディスの前に歩いていくと、リオが頭を撫でやすい様に前にピョコっと出てきた。頭を撫でる事2秒、リオは顔を真っ赤にしてアルディスの後ろに完全に隠れてしまった。
(リズとは違うタイプの天使だなぁ。…お?)
正面のアルディスの顔を見てみると、リオと同じように顔を真っ赤にしている。なんだ??もしかして、こいつも俺に頭を…
「おい、ハルアキ。…あまり節操がないようだと、俺にも考えがあるからな。程々にしておけよ?」
声色に怒気が含まれている。…まさかこいつ、妹が取られそうになって怒ってるのか?
ふっ、こいつも案外シスコン…
(ギロッ)
…怖。
「わ、分かったよ。いや、正直お前の言ってることの意味は分からないが、分かったからそんなに睨むな。」
「はぁ、もういい。ほら、リズもいくぞ。」
「は〜い」
どうやらリズは聖奈と俺の家族全員に頭を撫でてもらった様でめちゃめちゃニコニコしていた。
…因みに聖奈と俺の家族も全員ニヨニヨしている。もう皆、リズの虜だ。
俺達が、アルディス達がギルドから出ていくのを見送ったとほぼ同時に、受付のお姉さんが戻ってきた。
「あら?アルディスさん達は?」
「あぁ、あいつらなら家に戻った。子供にギルドはきついだろうって。」
「そうでしたか…。あ、一応身内の方は残っている様ですね、でしたらミオンさんにこちらを。今回の買取価格です。全部で銀貨1枚です。」
「ぎ、銀貨一枚!?」
ミオンが驚いている。そんなに高いのだろうか。
「えぇ、どの毛皮も比較的綺麗な状態でしたから少し上乗せされています。」
「そうなんですか。あ、ありがとうございます。」
「はい。またのお越しをお待ちしております。」
う〜む。銀貨一枚か…どれくらい稼いだのか分からん。だが、先ほどのミオンの反応を見るにそれなりに稼いだのだろうか?まぁその辺の事は夜確認しよう。
「んじゃ、冒険証を作るか。ミオン、冒険証を作るにはどこに行けばいい?」
「二階よ。」
あ、だからアルディスは小さな子達を連れて帰ったのか…。
ふむ、一階の様子を見て、「ギルドもこんなもんか」とか思っていたが、本番は二階のようだ。気を引き締めなければ。
「オッケー。じゃ上がろうぜ。階段は…。」
周囲を見渡すと簡単に見つける事ができた。
ま、取り敢えず行ってみないことにはなにも始まらない。
行ってみっか。
階段を上がり、二階に足を踏み入れた。
「……。うん。やっぱりこれでこそ冒険者ギルドだよね」
まず、第一印象は、むさ苦しい。人が溢れている。と言ったところだ。
受付場の方はそうでもないが、食事場の方は満席だ。いや、なんなら少しオーバーして受付の方にも少し溢れているくらいだ。
そして、大勢の冒険者が、昼から酒を浴びるように飲んでいる。
俺達は、そんな冒険者の方を避けて食事場から一番遠くの受付場へ向かった。
「ん?おや、こんな時間に受付とは珍しいね。何かクエストの依頼かな?」
今度は若い男性の職員が受付をしてくれた。
「いや、冒険証を作りたくてね。」
「?…紛失ですか?」
「あぁ、まぁ正確には窃盗されたんだが、似たようなもんだな。」
「それは、大変な目に遭われましたね。分かりました。では、手続きはこちらで…。」
「あの!すみません!私、冒険証持ってます。私が保証人になるので…」
「おや、あなたは確か…アルディスさんの…?」
「はい、妹です。ミオンと言います。」
「なるほど。分かりました。アルディスさんの妹さんが保証人になるのなら大丈夫でしょう。では、手続きは省きまして…こちらにサインを。」
「おう」
……すげぇなアルディス。顔がきくってもんじゃないぞ。実はすごい冒険者なのだろうか?
そんなことを思っていたら、背後に嫌な気配が複数近づいてきた……
「ギャハハハハハ!こいつら、いい歳してギルドに親についてきてもらってやがる!」
「しかも全員、冒険証を再発行だとよ!こいつら全員ノロマで窃盗に気付かない無能なのか!?」
「おい!見てみろよ!こいつらろくな装備をして無いぞ!」
「本当だ!服も訳わかんねぇし、武器らしい武器はおっさんが弓持ってるだけじゃねぇか!」
「はぁ!?こいつら冒険者舐めてんのか!?」
「おいおいおいおい!そんなことより見てみろ!美人揃いじゃねぇか!男はちと覇気がねぇが売るとこに売れば高値で売れるぞ!」
「女の方は…グヘヘ」
な、な、な、なんというテンプレ…。アルディスに、十中十絡まれると言われていたがほんとに絡まれるとは。いや、俺も絡まれるだろうと思っていたがフラグ回収が早すぎる…。
切り抜け方は色々あるが…はぁ、いざ絡まれると本当に面倒くさいな。
どーれーでーきーりーぬーけーよーうーかーな。なんて頭の中で適当に考えを巡らせていると
「あ、あんた達、こ、この人たちに変なことしようとしたら、私のお兄ちゃんが許さないんだから!」
と、ミオンが大声で叫んだ。
…ここでアルディスの名前を使うのか…。さて、こいつらの反応は…
「あぁ?オメェ」
「あ、こいつ知ってるぞ!確か…ミオンだ」
「あ?ミオンってアルディスの妹か?」
「あぁ。」
冒険者…いやこいつらと一緒にされるのは他の冒険者も嫌だろう。そうだな……。うん。三下臭溢れるこいつらは、三下冒険者でいいだろう。え?安直?ネーミングセンスがない?…気にしないでくれ。
俺が三下冒険者と名付けたそいつらはミオンがアルディスの妹と知ると、顔を見合わせた。そして…
「「「「「プッッッッッッッ!!ギャハハハハハ!」」」」
「あいつになにが出来るんだよ!」
「ちょっと両親が有名で、軟弱者の雑魚じゃねぇか」
「で、でも人脈が広いっていうぜ!?」
「あぁ、でもあいつ自身に俺たちをどうこう出来るほどの力は無ぇよ。それに、どうせその人脈も両親の名をいいように使っただけだろ。気にするだけ無駄だ。」
…なるほどなぁ。今のでこの街でのアルディスの位置づけがなんとなく分かった気がする。
まぁ、人脈を広げるためにに両親の名を少しは使った事があるかもしれないが、アルディス自身が好かれているのは街の門番や、ギルドの職員の対応を見れば分かる。
そして、まだ付き合いが短い俺でもアルディスに惹かれる部分がある。この辺のことを総合的に考えると、恐らくアルディスは街中から好かれていると考えていい。
(こいつらは、街の人気者を敵に回すことの意味を理解してないらしい。いや、こいつらの目にはアルディスは小物に映っているんだったか。)
俺が三下冒険者のアホさ加減に呆れている横では、三下冒険者によって母さんと心晴と聖奈をどこのパーティーが使うかの議論が繰り広げられてる。
親父は思案顔で、母さんはいつもと変わらずニコニコと、心晴は別のことを考えているのだろう何か惚けた顔をしている…大方、魔法のことだろう。聖奈は…俺の服の裾を掴んでプルプル震えていた。俺はその震えている手に自分の手を重ねてしっかり握ってあげる。
「なにも心配すんな。俺が守ってやるから。…せっかくの異世界なんだから何か楽しいことや嬉しいことを考えとけ。例えば…リズ達となにして遊ぶかとか、異世界ショップの事とか。」
まぁ、こんな事を言ったところで、聖奈の恐怖が和らぐとは思っていないが、なにも考えないよりマシだろう。
しかし、そんな俺の予想と違い
「え、えぇ。い、異世界ショップね…。…………ふぅ。」
聖奈は目を瞑って何かを考えている。すると、徐々に震えが収まってきた。
「うん。ハルに荷物持ちをさせてる光景を思い浮かべたら震えが止まったわ。ありがとう!」
ナイス!荷物持ちをさせられている俺!聖奈の恐怖を無くせるのなら、荷物持ちぐらいなんて事ないさ。
さ、て、と、…今も下品な会話を続けているこいつら…聖奈を怖がらせやがって…いったいどうしてくれ…
「お待たせしましたー。こちらが新しい……騒がしいですね…。何かあったのですか?」
戻ってきた男の職員が不思議そうに尋ねる。
すると、チンピラの一人が
「いやなに、冒険者のぼの字も知らないガキに俺たちベテラン冒険者様が指導してやってんだよ。」
職員が、俺達の方を見て何かを理解したように肯く。
「…そういう事ですか。…一応言っておきますがギルド内での戦闘行為は双方厳しく取り締まりますので…。」
「あぁ、んな事はわかってるよ。」
……ギルドはギルドの敷地内での戦闘以外では冒険者同士の争いにそこまで介入しないのか…。いや、当たり前だな。もし、そんなことで負けるようなら身の丈に合わないような事をする奴の自業自得ってやつだ。
今、こいつらに勝てないで仲間を好き放題されるのと、後にモンスターや賊のような奴に仲間ごと殺されるの…どちらも迎える結末は似たようなもんだ。
まぁギルドにもルールが存在するだろうし、超えては行けないラインはあるのだろう。だが、この程度はそのライン内なのだ。
(これをギルドの決まりや職員の人のせいにするのはナンセンスか…。)
「はぁぁ。まぁなんにせよ、先に冒険証だ。」
「…………心中お察しします。さて、一度作ったことがあるはずなので、作り方はわかると思いますが、念のためもう一度説明します。まず、名前を書いてください。横にある職業は任意で結構です。次に冒険証を掌の上に置いて魔力を流してください。」
俺が魔力を流すと、冒険証に紋様が入り、名前の下に俺の似顔絵のようなものが浮かんだ。
……マジで学生証とか免許証みたいだ。
「……。はい。これで完了です。それでは一旦こちらで預かります。」
めちゃ簡単だったな。
これは後からアルディスに聞いた話だが、名前と魔力と似顔絵が刻まれた冒険証は簡単に書き換えられないようにギルドで特殊な処理をするらしい。そしてそのあと、似顔絵の横の空白のところにギルドランクが刻まれる。そしてまた、先ほどと同じように特殊な処理を施す。
これで、二重に特殊処理された名前と魔力なんかはよっぽどのことがない限り書き換えは不可能になるらしい。そして、一度しか特殊処理されていないギルドランクはギルドで書き換え可能と言った具合だ。ギルドランクは、知識があれば自分で書き換えは可能だそうだ。要は不正だな。
だがまぁハッキリ言って不正をするメリットがない。何故なら、適正以上のクエストを受ける必要があるし、万が一不正がバレたら二年の空白の期間ののち零からのスタートになる。その上、不正を働いた者というレッテルを一生背負って行くことになるのだとか…。うん。デメリットしか無いね。
いやまぁ、一部の強者にとってはランクをすっ飛ばしてクエストを受けれるメリットはあるが、そんなの極々一部だけだ。そんな奴らでも、デメリットを考えれば、正規方法でランクを上げるだろう。その方が早くて安心安全だ。
そして、最後に重要部分。この冒険証が身分証明たらしめる理由は…
「はい。処理が完了しました。では魔力を流して、きちんと反応するか確認してください。」
俺が自分の冒険証に魔力を流すと、名前とギルドランクの文字が光った。
ふむ。これで、自分の証明になるのか。
因みに似顔絵も五年に一回は更新?する必要があるらしい。まぁそらそうだな。
自分のことを証明するのに、その証明書と顔が違ったらおかしいもんな。
「はい。これで全ての工程が終了しました。また、皆さんは再発行なのでギルドランクは最低のFランクからです。冒険証を無くすたびに実績が零からなので、くれぐれ無くさないように。」
「あぁ。それで、いくらだ。」
「はい。お一人様、小銀貨1枚です。」
また、価値のわからない貨幣が出てきた。だが、〈小〉とつくくらいだ、銀貨の方が価値が上だろう。
「分かった。とは言っても今手持ちには銀貨一枚しか無い。それでいいか?」
「……?えぇ、勿論。お預かりいたしました。それではお釣りは小銀貨5枚です。またのお越しをお待ちしております。」
なるほど。つまり小銀貨一〇枚=銀貨 と言うことか。覚えておこう。
ん?というか、親父はこの世界の常識を教えられてるんだよな?それにはもちろん貨幣の価値についても教えられてるはず…?
そう思って親父の方を見てみるとニコニコしていた。…まぁこれくらいは自分の頭で考えられた方が良いわな。
俺は小銭を受け取ってクルッとUターンした。
すると、目の前に広がっていたのはニヤけ面をした冒険者の海だった。
「「「「「「うっわ、きっしょ!」」」」」」
流石の母さんも「きっしょ」と言わざるを得ないぐらいのグロ画像が広がっていた。
…こいつら全員、俺達がギルドの建物から出るのを手ぐすねひいて待っているようだ。
流石のギルド職員も引いている。
「はぁ〜〜〜。マジどうすっぺ。」
俺が本当にどうしようか悩んでいたら、親父が俺の肩を叩いてきた。
「俺にいい案がある。」
「……本当かよ。今日の親父調子悪いだろ?昨日しっかり寝ないせいだよ。…でもまぁ流石に家族のピンチとあっては、失敗するような人間じゃ無いのは知ってる。だから、しっかり名誉挽回?汚名返上?してくれ。」
「……あぁ任せとけ。」
さぁてどんな妙案が出るのかな〜。