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【連載五周年】にいづましょうぎ──将棋盤の中心で愛を叫ぶ──  作者: すだチ
第六章・秋祭りは波乱がいっぱい?Ⅱ──棋激乱舞──
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(17)目覚める眠り姫

「同金に79と金。同銀、同龍と進めば、金駒を張り付かせて勝てる」


 そうだ、そうなれば確実に勝てると、穴熊さんは頷いてみせた。


「さあ、最善手を指してみるが良い」

「き、貴様はそれでも勝てると読んでいるのか?」

「指してみればわかる」


 トンシさんは自陣と相手陣を見比べる。長考の海に、沈む。

 指そうとしていた手を予告されてしまったのだ、これは悩む。


 徐々に顔が青ざめていくのが、傍目からもわかった。

 両目を大きく見開き、食い入るように盤を見つめて。唇を噛み、必死で思考を繰り返す。

あらゆる可能性を模索する。

 ──それでも、行き着く結果は同じだったのだろうか。


 持ち時間を使いきった所で。

 震える手で、トンシさんは67に銀を置いた。

 これに同金とすれば、先程穴熊さんが示した変化で必勝形となる。


 当然、それには応じず。

 穴熊さんは、先程高美濃の下金狙いで打った歩を、成り込ませた。


 トンシさんはこれを銀で取るも。

 そこに、龍が突っ込んで来た。

 当然の同金に。


 龍・金両取りの角打ちが決まる。

 ああ。これが、決め手か。


 高美濃が崩壊した今、飛車を渡すのは危険だ。

 かといって、金を取られて至近距離に馬を作られるのもまずい。


 トンシさんは、果たしてどちらを選ぶのだろう。

 龍と金の間を、力なく右手が往復する。

 虚ろな表情を浮かべ、ぶつぶつと何かを呟いている。

 聞き取れないくらいの小さな声に、穴熊さんは頷きを返した。


「貴殿の実力は、皆が認めている。我にここまで本気を出させたのだ、誇りに思うが良い」

「くっ……!」


 駒から手を離すトンシさん。

 唇を噛み締め、彼は穴熊さんを睨み付けた。


「これで勝ったと思うなよ!

 吾輩はいつの日にか必ずや、貴様を倒しに再び参上する!」

「ああ。その時が来るのを、楽しみにしているよ」

「ふん! 負けました、である!」


 ふんぞり返って、トンシさんは敗北を認めた。

 な、何て偉そうな投了の仕方。


 とはいえ、何とか無事に決着した。

 結局対策できなかったな。わかったのは、穴熊さんが強過ぎるってことだけかあ。


「なあ、かおりん」

「ん?」

「準決勝、俺に大将をやらせてくれないか」


 真剣な顔で、しゅーくんがそう言って来る。

 え、いいけど。どうしたんだろう、急に?


「穴熊さんと指してみたい。何故かはわからないが、彼と俺は、似ている気がするんだ」

「そ、そうかな? しゅーくんの方が格好良いけど」

「駄目か?」

「いいよ。私だってゆかりちゃんと対局したいし」


 正直。穴熊さんと指すの、怖いし。


 穴熊さんの将棋には、得体の知れない何かがある。

 伶架さんと指した時にも感じたけど、それ以上に深い闇が、指し手を見えなくする。

 観戦しても、一向に全容を掴めない。

 気を付けて、しゅーくん。その人、普通じゃないよ。


「おうおう。勝者の凱旋だぜ」


 普通じゃない人が、こちらに向かって歩いて来る。

 軽口を叩くショウさんに、穴熊さんは頭を下げた。


「結月のお守り、ご苦労であった」

「へへっ。合法的に女の子のお尻に触れたから良しとするぜ」

「礼は取り消す。結月の代わりに成敗してくれる」


 などと言い合いを始める二人は、とても将棋の強い人達には見えないけど。

 盤上では、まるで別人のようだった。


 そんな時だった。


「ん……?」


 可愛らしい声を上げて、ゆかりちゃんが目を覚ましたのは。


「おはようお姫様。王子様のキスが効いたかな?」

「えっ、ショウさん!? ええええっ、キスぅ!?」

「ぐえっ」


 飛び起きた、頭がショウさんの顎を打つ。

 あの巨人ムーの音速の連撃さえかわした彼が、まともに食らった。


 まあ、全面的に彼が悪いので、同情の余地は無いけど。

 慌ててショウさんから距離を取ったゆかりちゃんの顔が、耳まで真っ赤に染まる。


「きききき、キスしたってホントに!?」

「ま、待て、落ち着け! 冗談だ! キスなんてしてねーって!」


 将棋盤くんを振り上げ、血走った目で睨み付ける彼女。

 あー、これは止めた方が良いかもしれない。


 顎を擦りながら、必死に弁解の言葉を述べるショウさん。

 本気になれば彼女など容易く組み伏せられるだろうに、そうしないのは──彼の、女性への配慮だろうか?


「信用できない! ああ嫌だ、寝てる間に初めてを奪われるだなんて! しかも、好きでもない男に!」


 おお? ゆかりちゃんの好きな男性って、もしかして照民さん?

 などと乙女な妄想を膨らませている間にも、会場は殺人現場と化そうとしている。

 そろそろ本気で止めなければ、ショウさんの頭がスイカみたいにパカンと割れてしまう。


「二人共、痴話喧嘩はそれくらいにしておけ。公衆の面前であるぞ」


 呆れた様子の穴熊さんが、二人の間に割って入った。


「結月よ。ショウは何もしておらん。お前が寝ている間、抱き締めていただけだ」

「なっ……抱きっ……!?」

「おいミスター! それ以上余計なこと喋るんじゃねぇよ──!」


 今度は三人で言い争いを始める、サロン棋縁チーム。

 仲が良いのか、悪いのか。


 寝て回復したのか、ゆかりちゃんは元気一杯みたいだ。

 良かった、これで一緒に指せるね。

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