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【連載五周年】にいづましょうぎ──将棋盤の中心で愛を叫ぶ──  作者: すだチ
第六章・秋祭りは波乱がいっぱい?Ⅱ──棋激乱舞──
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(16)最強VS至高

「穴熊よ。これが貴様の本気というなら、笑止千万であるわ。

 我が四間飛車高美濃は至高の領域に到達しておる。見るがいい、貴様の牙城が崩壊する様を!」


 仕掛け時を、トンシさんが見逃す筈が無かった。


 ばちん!


 小気味の良い音を立てて、中央の歩をぶつける。

 銀の進出、更には飛車先突破を図る。


「まあ、千載一遇の好機だしな。これを逃して松尾流を完成されちまったら、勝つのは極めて難しいと思うぜ?」

「だが。穴熊さんも、仕掛けて来ることは当然予想済。違うか?」

「ご名答。ミスターはわざと『仕掛けさせた』んだと思うぜ。トンシはまんまと罠にハマった訳だ」

「……さあ、どうかな」


 楽しそうに語り合うしゅーくんとショウさん。

 すっかり意気投合したようだ。

 私もその中に混ぜて欲しいなあと少し思うけど。

 話してる内容のレベルが高過ぎて、正直ついて行けない。


「どうであれ、俺はミスターが勝つと信じるぜ。理由はたった一つ。あの男が負ける所を、一度も観たことが無いからだ」


 そう応えて穴熊さんを見つめるショウさんの眼差しには、特別な感情が混じっているように、私には思えた。

 何だかんだ文句を言っても、信じてるんだね。


 中央の歩を同歩と取る穴熊さん。

 トンシさんはすぐに銀で取り返さず、飛車先の歩を突き越した。

 なるほど、上手い手順だ。穴熊さんには受け駒が無い。


 流石にタダでと金を作られる訳にはいかず、飛車先を突破されるとわかっていても同歩とせざるを得ない。

 そこで、銀で中央の歩を取るトンシさん。

 飛車先が通り、銀の進出もできた。上々の戦果と言える。


「さあ、どう受ける穴熊?」

「受けない」

「何ぃっ!?」


 受けずに、攻め合うつもりか。


 穴熊さんも飛車先の歩を突く。

 角で取るか歩で取るか、受けずに攻めるか。


「角で取れば、穴熊さんは角道を開け、それが中央の銀に当たる。受けなければと金が角に当たる。どちらも厳しい。これは歩で取る一手だな」


 しゅーくんの言葉通り、同歩とするトンシさん。

 それでも、穴熊さんの攻めは終わらない。


 間髪入れず、今度は角頭の歩を突く穴熊さん。

 これは受け方が難しい。同歩と取っても、角の頭に歩を打ち込まれるしなあ。

 取っても攻めが加速するだけと判断したのか。


 あるいは、最初から作戦通りだったのか。

 トンシさんは歩を取らず。代わりに、高美濃の桂馬を跳ねて来た。

 お。上手い切り返し。


 跳ねた桂馬が角に当たる。

 やむなく穴熊さんは角を、桂馬の前に逃がす。

 これで、角の利きが逸れた。


 満を持して、トンシさんの飛車が走って来る。このままでは龍が作られてしまう。

 穴熊さんとしては、見返りに何か欲しい所だ。

 少し考え、トンシさんの角に歩を当てる穴熊さん。狙いは一貫している。


 流石に角を取られる訳にはいかない。

 避けた所に、穴熊さんの飛車が突っ込んで来る。


「今成られる訳にはいかんのう」


 歩を打って受けるトンシさん。

 角の利きでぎりぎり凌いでいる感じだけど、いつまでもつか。


 一方の穴熊陣は、駒が左に偏っている。

 飛車が成り込む隙は、依然として存在している。


「仮に同時に飛車が成り込んだ場合、不完全とはいえ松尾流に組めている穴熊さんが有利と言えるか?」

「そ。囲いの差で負けるから、トンシとしてはミスターの飛車を止めてから飛車を成り込ませたい所だろうぜ」


 だから相手陣に隙があっても、すぐには成りに行かない?

 私だったら、行ける時にさっさと行くけどなあ。


「それに、もうちょい敵陣を崩しておきたいだろうしな。今のままじゃ、せっかく飛車が成れても成果が少ない」


 ふ、ふむー?

 そんなものなのか。

 んー。整理しておこう。


 飛車を成りたいけど、相手の飛車にも成られたら、囲いの差で負ける。

 もう少し陣形を崩してからでないと、飛車成りの成果が少ない。

 だからトンシさんは、まず穴熊さんの飛車を止める。

 その後他の駒を使って陣形を崩した後、飛車成りを決める。


 どうやらそういう方針で行くつもりらしい。

 私には盤面を見てもさっぱりわからないけど。


 逆に言えば、無理矢理にでも飛車を成り込めさえすれば、穴熊さんの勝ちってことになるのかな?


 穴熊さんはしばし考えた後。

 今までトンシさんの角が居た位置に、歩を成り込ませた。


 ……んん?


 それって、角で取られて終わりなんじゃ?

 一体何の意味があるんだろう。


 果たして、トンシさんは角でと金を取って来た。しかもそれが飛車に当たる。

 穴熊さんは、飛車を1段下げた。


「飛車を横に使い易くしたか」


 私の心情を察してか、しゅーくんが解説してくれる。


「今ので、2~5筋の穴熊さん側の歩が全て無くなった。つまり、どこからでも飛車を成り込ませることができるようになった訳だ」

「しかも。飛車を1段引いた手が、攻めの要、中央の銀に当たっているからな。トンシにとっちゃ、嫌な感触だろうぜ」


 今度はショウさんが続ける。


「角が利いてるからすぐには取られないが、利きを遮断されたらまずい。だが銀がかわせば、せっかく攻めに跳ねた桂馬が取られちまう。

 こいつがミスターの言う運命って奴か? トンシの指し手のことごとくが、裏目に出るとはな」


 そう考えると恐ろしい。

 指し手を利用されるだなんて。


「ふん。それで勝ったつもりか?」


 だが、全く臆した風も無く。トンシさんは堂々と、銀の左横に歩を置いた。

 トンシさんの飛車が縦に利いているため、穴熊さんの飛車はその歩を取ることができない。


 そうして守った銀の頭に、歩が打ち込まれる。

 どうやら穴熊さんは、何が何でもこの銀を剥ぎ取りたいらしい。


 確かに、銀さえ無くなってしまえば飛車に成られても怖くない。退く手も消極的だし。ここは正念場かもしれない。


 トンシさんは銀を逃げず、穴熊さんの左金にぶつけた。

 同金、同角と進行する。

 読み筋ということか、穴熊さんは涼しい顔で。


 取った銀を、早速中央に打ち込んで来た。

 ──あ。飛車角両取り。


 先程、銀を払うために打ち込んだと思った歩は、実はそうではなく、この飛車角両取りを実現させるための手だったのか……!


 どこまでも穴熊さんの読み通りに進行している。

 運命とは、こんなにも無慈悲なものなのか。

 

 驚きを隠せないのは、私だけではなかった。


「まさか、これ程までとは」


 感嘆の声を漏らすしゅーくん。


 同角に同歩。

 穴熊さんの手には角が、トンシさんの手には金と銀が渡った。二枚替えなら、トンシさんの方が得をしているはず、なんだけど。

 金を一枚失ってもなお、穴熊さんの居飛穴は健在。

 穴熊玉は、どこまでも遠い。


「舐めるなよ、穴熊!」


 叫びと共に、トンシさんは歩を打ち込む。

 垂らしの歩!


 5筋に打ち込まれた歩には、特別なオーラが宿っていた。

 放置すればと金が作られる。当然の同銀に。

 その横っ面目掛けて、飛車が飛び込んで来た!


「龍・王・爆・誕じゃい!」


 遂に実現する飛車成り。しかも次に銀が取れる位置だ。

 仕方なく銀を引かせる穴熊さん。

 そこに、もう一度垂れ歩が打ち込まれる!


「ほう」


 少し感心した様子の穴熊さん。

 放置すればと金が作られる。かと言ってまた銀で取れば、今度は龍に取られてしまう。それではトンシさんの攻めが速くなる。


 穴熊さんは、無視して高美濃の下金の頭に歩を打ち込んだ。右に避け、形が崩れた所に。

 こちらも、飛車が成り込んで来た。


 両者、一歩も退かない。


 こうなれば、どちらが先に寄せ切れるかの勝負だ。

 トンシさんは先程打った垂れ歩を成らせる。

 穴熊さんは、銀を左斜め後ろに引いてかわした。


 ──あ。この形って。

 この瞬間、松尾流居飛車穴熊が完成したのは、果たして偶然だろうか?


 引いた銀を狙って、と金が追い掛けて来る。

 かわしきれない。


「ふはははは! どうだ穴熊、さしもの貴様もこの攻めには対応しきれまい──」


 勝ち誇ったようにそう言って、トンシさんは目線を上げる。


 次の瞬間、その顔は凍り付いていた。

 穏やかな微笑を浮かべた、穴熊さんの姿を見て。


「貴殿の攻めは理想的だ。全体を通して筋が良い。尊敬に値するよ」


 だが、と穴熊さんは続ける。

 龍で桂馬を取りながら。


「なまじ筋が良いために、我の読みと合致している」

「な、に……!?」

「次の貴殿の手を当ててみせようか?」


 67銀打のタダ捨て。

 そう穴熊さんが告げた瞬間、トンシさんの全身が震えた。

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