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【連載五周年】にいづましょうぎ──将棋盤の中心で愛を叫ぶ──  作者: すだチ
第六章・秋祭りは波乱がいっぱい?Ⅱ──棋激乱舞──
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(15)不完全な穴熊

「やれやれ。何とか無事に対局が始まったな」


 ため息混じりにしゅーくんが呟く。

 将棋盤くんの上には、とっくの昔に駒が並べられていた。


 そうだ、検討しないと。

 お互いが角道を開けて、それから。


「この時点では居飛車か振り飛車かわからないんだよね」

「ああ。だが、穴熊さんは穴熊に組む」


 まあ、ミスター穴熊なんて自称?してるくらいだもんね。

 相手がどんな戦法で来ようと穴熊に組む。余程の自信が無いとできないよね、そんなの。


「とはいえ、まずは飛車先の歩を突いて様子を見るはず。そこでトンシがどう動くかだな」


 なるほど。最終的に穴熊にはするけど、組むまでの過程は相手次第ってことか。


「場合によっては穴熊に組みづらいこともあるしな。例えばいきなり角交換された場合は、まず角の打ち込みを警戒する必要がある。

 穴熊は強固な囲いだが、駒が玉側に偏る欠点があるからな」


 ふむふむ。手薄になった箇所に角を打ち込まれ易いということだね。


「それでも穴熊に組むなら、二枚穴熊か」


 二枚穴熊、つまり金銀二枚で玉を囲う形。将棋盤くんの上に並べてみたけど、ちょっと頼りない感じがする。まあ、片美濃よりはマシだけど。


「角交換して来なかった場合は三枚以上に組める訳だが、そこでも警戒すべき戦法が存在する」


 代表的なのは、藤井システム。

 それから、トマホーク等も危険らしい。

 どちらも、名前だけは聞いたことがある。


「藤井システムは、『居玉のまま』四間飛車美濃の形に組み、角の睨みと右桂により『穴熊が完成する前に』攻め潰す超攻撃的戦法だ。

 これをまともに食らえば、相手は穴熊に組もうとしたことを後悔しながら投了するだろう」


 丁寧な解説ありがと、しゅーくん。


「一方のトマホークは、ある限定条件があるものの、やはり居飛車穴熊が完成する前に仕掛ける、攻めっ気の強い戦法だ。

 今度は三間飛車美濃の形に構え、左銀を早々に繰り出し、角頭を攻める。

 特徴的なのが端に桂馬を跳ねて使う点。端歩を突かない、対穴熊ならではの戦い方だな」


 格好良い名前だね。


 でも、どちらも振り飛車の戦法。

 トンシさんが居飛車の場合は、どんな風に指すんだろ?


「居飛車に対しては、流石の穴熊さんも居飛車穴熊にはしないだろう。振り飛車穴熊に組むと思う」


 ははあ。左端に囲うのが居飛車穴熊。

 その反対側に囲うのが振り飛車穴熊だね。


「トンシは居飛穴に組んで十分」


 え、それだけ?


「振り穴と居飛穴では、居飛穴が勝るとされる。居飛穴は敵陣を角で狙える。

 すると攻め駒を減らすことができ、右銀も囲いに加える余地ができる」


 うわ、金銀四枚の穴熊ってこと?

 ただでさえ固いのに、それは厄介だなあ。


「一方の振り穴では、同じことはできない。攻め駒が足りなくなるからだ」


 なるほど、そうなんだ。

 じゃあ例えば、私が穴熊さんに振り穴で対抗しようとしても、固さで負けるってことか。

 大人しく美濃囲いにしときます。


「だが、今言ったのはメジャーな対策だ。当然穴熊さんも知っているだろうし、十中八九通用しない。下手すれば、対策を逆手に取られる恐れすらある」


 ふむー。

 その辺の駆け引きは、高度過ぎてついて行けそうにないなあ。


「そら。そろそろトンシが動くぞ」


 しゅーくんの言葉に、慌てて対局席に目を遣ると。

 トンシさんは歩を手に取り、突き出して来た。


「角道を閉じて来た。つまり、これは」


 四間飛車。

 穴熊さんの居飛穴に、真っ向から挑む手だ。


「吾輩は最新定跡に精通している。先程そう言ったのを覚えているか?」

「うむ」

「あれは、嘘だ」


 穴熊さんはすぐには穴熊に組まず、まず右銀の活用を図る。

 トンシさんはやはり飛車を四間に振って来た。

 その後しばらく、通常の急戦で見られた駒組が続く。

 藤井システムでも、その他の対策でもない。


「どうせ対策した所で、貴様はその全てに対応する術を知っているのだろう? ならば、吾輩はあえて対策せぬ。

 そもそも、何で貴様に合わせた手を指さねばならんのだ? 吾輩は、吾輩の将棋を指すのみ」


 そう言い切って、トンシさんは普通の美濃囲いに組む。

 穴熊さんも、この時点ではまだ舟囲いだ。


 いっそ清々しいまでの宣言に、穴熊さんは目を丸くする。

 普通に組み合えば不利だとわかっていながら、それでもトンシさんは勝つ気で居るのだ。


「トンシよ。運命は我に味方しているのだぞ?」

「だからどうした。吾輩は一人で十分。味方など要らぬわ」

「ふ、ふふ……そうか。貴殿は、強いな」


 穴熊さんの口元に笑みが浮かぶ。

 楽しんでいる。あの、人生の全てを憂いているように見えた人が。


 トンシさんは囲いを発展させ、高美濃を目指す。

 対する穴熊さんは、ここで角道を閉じた。


「いよいよだ。居飛穴に組み換えるぞ」


 固唾を呑んで見守る私達をよそに、両者は更に駒組を進めて行く。


 あれ? あの穴熊、銀の横に金が並んでいる。

 さっき並べた二枚穴熊だと、金は銀の右斜め後ろに控えていたのに。


 もしかして。ただの穴熊と、違う?

 角の横にも、金がある。


 一方のトンシさんは、高美濃の桂馬を跳ね、左銀を繰り出し、攻める態勢を整える。


 穴熊さんは右銀を、左斜め後ろに退いた。


「貴殿の闘志に敬意を表し、特別に見せて差し上げよう。我の本気、その片鱗を」


 そうして完成した囲いから、黒い炎が噴き上がる。

 これは、尋常じゃない。私には囲いの凄さはよくわからないけど、ただ事じゃないのはわかる。


「『松尾流居飛車穴熊』。あれが穴熊さんの本気か──!」


 しゅーくんが、呻いた。

 松尾流。初耳だけど、彼が驚くくらいだから厄介な囲いなんだろうな。


「松尾流はミスターの得意形だな。これでほぼ勝ちは確定したか。

 もっとも、あの松尾流は不完全だがな」


 そこに、ショウさんが口を挟んでくる。

 不完全? あの完成されたように見える囲いが?


「右銀の位置が中途半端なんだよ」

「ああ、確かに。右銀があの位置では角が引けず、使いづらいか」


 しゅーくんが相槌を打つ。

 頷き、ショウさんは更に続ける。


「それにあの状態では、飛車の横利きが銀で遮られ、左金が完全に浮き駒になってる。本来ならもう一手、右銀を下段に落とす必要があるんだ」


 つまり、この瞬間こそが。

 絶好の好機、ということか。

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