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【連載五周年】にいづましょうぎ──将棋盤の中心で愛を叫ぶ──  作者: すだチ
第六章・秋祭りは波乱がいっぱい?Ⅱ──棋激乱舞──
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(13)エキシビジョン・マッチ

「吾輩の指示を無視した上、よくも負けおったなムー! 貴様のような欠陥品は、もう要らん!」


 一体いつ戻って来ていたのだろう。

 Dr.トンシは、憤怒の形相でムーの方を睨み付けていた。


「おのれ……吾輩の出番さえあれば、最新定跡で穴熊など粉砕できたものを! ロウと言い貴様と言い、吾輩の足を引っ張りおって!」


 怒り狂うトンシを一瞥し、ムーは一言「がう」と告げた。


「さよなら、か」


 そう呟いたのは、ショウさんだった。

 ムーとの一局を通して、心を通じ合わせた彼にはわかったようだった。

 言葉なんて通じなくても。ムーの気持ちが。


 ずしん、ずしん。

 来た時と同じ足音を立てて、ムーは歩き去って行く。

 違うのは、今度は鎖の音がしないこと。

 自由になった彼は、これからどうするのだろう。


 独り取り残されたトンシは、その様子を呆然と見送っていた。

 恐らく、置いて行かれるとは思っていなかったのだろう。自分にすがり付いて来るものと、赦しを乞うて来るものと、思い込んでいたんだ。


「お、おのれ」

「なあ。トンシさんよ」


 呻くトンシに、ショウさんが声を掛ける。


「立派だったよ、あんたの息子」

「む、息子、だと──?」

「おや、違うのか? 少なくともあいつは、あんたのことを親父だと思っていたようだぜ?」

「違う。あいつは吾輩が造り出した、最強の」

「最強の、息子。そうだろ?」


 ショウさんの言葉に、Dr.トンシはしばらく考え。


「そうだ。自慢の……息子だ」


 答えたその声に、怒りは無かった。

 それから、ふんと鼻を鳴らす。


「全く、親不孝者めが。吾輩を置いて行くなど、言語道断なのである。あんな奴、こっちから勘当してくれるわ」

「ああ、是非そうしてやってくれ」


 苦笑混じりに応えるショウさんに、トンシは声のトーンを落として続ける。


「ショウとやら。我が息子との対局、感謝する」


 静かで、厳かな声だった。

 漆黒のローブに包まれた痩せ細った男が今、一人の父親として感謝の弁を述べた。


「そして、サロン棋縁の主、ミスター穴熊。貴殿と対局できなかったのは無念であるが、おかげで息子の成長を見届けることができた。今日の所は、これで良しとしよう」


 さらばだ。

 そう告げて、男は踵を返した。


「待たれよ」


 彼を呼び止める声が響く。

 声の主は、未だに起きない眠り姫を抱えたままの、穴熊さんだった。


「来来・頓死ーズの大将、Dr.トンシ。確かに諸君らの敗退は決定した。だが、それは我と君との対局を阻むものではないぞ?」

「……何?」

「共に一人の棋士として、存分に。指し合おうではないか」


 大会の勝敗は関係無く、ただ指そうと。

 穴熊さんは提案する。


「君が勝てば、あのミスター穴熊に勝った男として皆に称賛されるであろう。悪くないと思うが、いかがかな?」

「しかし、それでは貴殿にメリットが無いように思うが?」

「我は誇るよ。偉大なるDr.トンシに打ち勝った男としてな」


 トンシ、いやトンシさんが振り返る。

 その瞳には、ギラギラとした炎が宿っていた。


「面白い。受けて立とうではないか!」

「望む所。最後に勝つのは我であるがな」


 ゆかりちゃんを抱えたまま、穴熊さんは立ち上がる。

 えっ? まさかそのまま指すの?


「結月を頼む」

「へいへい」


 ──と思ったら、ショウさんに預けた。

 そりゃまあ、そうだよね。


 両者は対局席に座る。

 片や、穴熊を極めし最強の棋士。

 片や、最新定跡に精通しているという天才博士。

 頂上決戦が今、始まろうとしていた。


「ちょ、ちょっと! 勝手な試合は──!」

「我とこやつの対局、必ずや神の気に入るモノとなろう」


 駆け寄って来た巫女さんに向かって、穴熊さんは言い放つ。


「で、でも!」

「良いでしょう、許可しましょう」


 食い下がる巫女さんを制したのは、意外にも雫さんだった。

 狐面の奥の瞳が、妖しく光る。


「その代わり。もしも無様な棋譜を晒したなら、両者共にこの場で私が葬り去ります。良いですね?」

「ふん。心配せずとも、極上の棋譜を進呈してくれるわ」

「期待しています。それでは、決勝でお会いしましょう」


 冷たい視線を残し、雫さんは巫女さんと共に歩き去る。

 極上の棋譜、か。そんなことを堂々と言い放てるなんて、流石は最強の穴熊使いと言った所か。


「へへっ。久し振りだな、ミスターの対局を観るのは」


 にやりと笑みを浮かべるショウさん。


「やっぱり、強いんですか?」

「強いなんてもんじゃない。元々の棋力が高い上に、鉄壁の穴熊だろ? 鬼に金棒って奴さ、負ける要素が全く無い」


 質問するも、以前にしゅーくんから聞いたのと同様の返答が返って来た。

 そっかー、やっぱり無敵なんだ。

 どうしよう。準決勝であの人と当たるんだけどなあ、私。


「かおりん。これはチャンスだ。一緒に対策を練ろう」


 そこに、しゅーくんが声を掛けて来た。

 そっか。本来なら、この一局は実現しなかった対局なんだ。

 本当なら、いきなり準決勝で穴熊さんと戦って、なす術も無く敗北していたはずなんだ。

 それが、穴熊さんの対局を観戦できる機会を得られた。

 私達は、運が良い。


 毎度お馴染み、将棋盤くんを用意する。

 その様子を、ショウさんは物珍しそうに見つめていた。


「へえ。リアルタイムで検討するのか。別室で中継を見ながらならよく聞くけど、その場でやるなんて初耳だぜ」


 う。ちょっと対局者に失礼なのはわかってるよ。

 ニヤニヤと笑う彼に背を向け、準備を進める。


 その間に、穴熊さんとトンシさんは駒を並べ終わったようだ。

 何やら小声で言い争っているようにも見えるけど、大丈夫なんだろうか。


「見ろよ。今度はどちらが振り駒するかで揉め出したぜ」


 くくく、とショウさんが笑う。

 あー、なるほどねぇ。

 振り駒は通常、棋力の高い方がする習わし。どちらも譲れない所か。


「ミスター、さっさと始めてくれよ。じゃんけんで決めたらどうだい?」

「何ぃ!?」


 野次を飛ばすショウさんを、穴熊さんは鬼のような形相で睨み付けて来る。

 こっわ! こんな怒った表情もするんだ、この人?


「神聖な振り駒を、じゃんけんだと──!」

「や、だから。先後を決めるんじゃなくて、どっちが振り駒するかを決めんのよ」


 ショウさんの返答に、穴熊さんとトンシさんは顔を見合わせる。


「やるか?」

「面白い」


 対局席から立ち上がる二人。

 互いに拳を握り締め、彼らはばちばちと火花を散らす。

 黒いオーラが、二人の全身を包み込んだ。

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