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【連載五周年】にいづましょうぎ──将棋盤の中心で愛を叫ぶ──  作者: すだチ
第六章・秋祭りは波乱がいっぱい?Ⅱ──棋激乱舞──
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(12)とびきりの投了図

「やるじゃねえか、ムー。一本取られたって奴だ。認めてやる、俺の作戦負けだ」


 けどよ、と続けるショウさん。


「右四間は矢倉の天敵だ。今まで何度も食らってきた。数えきれないくらいに食らって食らって、ひたすら食らい続けてよ。やーっと見えてきた戦法カタチがあるんだぜ」


 彼が組み上げるは、対右四間専用の矢倉囲い。

 それは、通常納めるべき位置に銀を上げず、角は初期配置のまま。

 玉は左金の下に待機し、囲いには納まらない。


 一見して、不完全な状態の矢倉に見える。

 その代わりに、右銀が右金の隣に並んでいて、6筋をがっちり守っていた。

 なるほど、これなら容易には突破されない。正に対右四間専用の囲いと言うに相応しい。


 対するムーは、安藤さんと同様に、左美濃に囲って来た。

 玉がきっちり納まっている分、守備力はこちらが上か。


 うーん、この勝負はどうなるんだろう?

 ムーの攻めはすぐには通らない。かと言って、ショウさんの守りは盤石でも無い。

 例えば、飛車を元の位置に戻されたりして、揺さぶりをかけられたらどう指すんだろう?

 囲いではムーの方が上だし、形勢は──。


「形勢は全くの互角。面白い勝負になったな」


 ようやく自分の弁当を食べ終えたしゅーくんが口を開く。

 あ、ごめん。あーんしてあげるの、忘れちゃってた。


「しかし、俺としてはショウを持ちたい。矢倉と言うのもあるが、あの囲いには可能性を感じる」

「ほう。君もそう思うかね?」


 しゅーくんの言葉に、感心したように応える穴熊さん。


「ああ。ただ守るだけの囲いには魅力を感じないが、あれなら。右銀を、攻めにも活用できる」

「む。軽く穴熊を侮辱したか、今?」

「気のせいだ。そら、観てろよ」


 しばらく陣形を整備した後、ついにショウさんが仕掛ける。

 右銀を、斜めに繰り出していく。

 しかし! 同時に、ムーも仕掛けて来た!


 今まで守備に使われていた右銀が離れる瞬間を、虎視眈々と狙っていたのだろう。

 絶妙のタイミングで、右四間必殺の手筋、65歩が炸裂する。


「やるじゃねぇか。だがな、そう来ることは想定済だぜ」

「がうっ?」


 同歩とせず、今度は左銀を上げて受けるショウさん。

 凄い。銀を前進させながら守っている。


「がうがーう」


 対するムーは、歩を取り込んで来る。

 同角に、すぐに角を取らずに、一旦8筋の歩を進める。

 え、何か急激に頭良くなってない? そんな手、私なら絶対指せないよ。


 ならばと、自ら角交換を仕掛けるショウさん。

 更に、3筋の歩を突き出した。

 どうやら、しばらくの間はショウさんの攻めが続くようだ。


 右銀がどんどん進出していく。

 端歩も絡めつつ、遂に24歩が実現する。

 これでもし同歩同銀同銀同飛となったら、はっきり優勢だろう。

 そこで、同歩ではなく同銀とするムー。

 同銀同歩に、いきなり飛車を走らず、端歩を垂らすショウさん。

 底角を打ち、飛車の筋を逸らせるムー。更に角で左銀を取り、同金とさせて形を乱す。


 攻防が目まぐるしい。

 お互いに攻めが刺さり始めて、どうなるかわからない。

 持ち駒で勝ってるのはショウさん。陣形で勝ってるのはムー。私には形勢判断すら難しい局面だ。


 唯一つ言えることは、観ていて楽しい将棋ということ。

 見た目は怪物みたいなムーも、だんだん可愛く思えて来るから不思議だ。


「お前の6筋攻めと俺の端攻め、どちらが速いか勝負しようじゃねぇか。まあ、勝つのは俺だけどよ」


 軽口を叩きながらも、その目は笑っていない。ムーの反撃を、最低限の駒の動きでかわしていくショウさん。手が開けば、即座に端を攻める。

 対するムーも、かっちりとは受けない。持ち駒は攻めに投入する。


 ショウさんの玉は7筋の底で、前に立つ金一枚のみに守られている。

 ムーの6筋攻めは、飛車先が通りさえすれば、即死級の威力を持っているのだ。


 対するムーの左美濃は端と2筋が壊滅状態。

 まだ玉が逃げる余地はあるけど、こっちだって飛車が直射している。ショウさんの手に角が二枚あるのも大きい。


「がうっ! がうがうっ!」

「猛るな。もう少し遊ばねぇか?」

「うがーっ!」

「何だ、駄目か。なら、しょうがねぇ」


 剛腕を活かし、完全突破を図るムー。

 ショウさんはため息を一つつき、一枚目の角を手にした。


「そろそろ仕留めさせて貰うぜ──『双角』」


 香車を浮かし、空いた所に打ち込む。


 左美濃が、崩壊する。

 更に二枚目の角は、要の飛車を直接狙う位置に打ち込まれた。

 飛車が逃げても、馬を作られる。二枚の馬に左右から圧迫され、玉の逃げ場が無くなる。


 ムーは自玉の危機を理解しているようだった。

 飛車を逃がさず。8筋に歩を垂らし、ショウさんの玉を逃げられなくする。絶体絶命。


 そして桂打ちからの強襲が来る。

 最後の勝負ということか、ありったけの戦力が6筋に投入される。

 玉頭の金は孤軍奮闘するも、圧倒的な数の暴力の前には、抵抗空しく圧し潰される。


 ……だったのだが。

 金が取られるその一手を、ショウさんは掬い上げた。

 恐らくはその瞬間を、ずっと狙っていたのだろう。


 王手、敢行。


「ムー。お前さんの攻めのセンスはピカイチだ。誇りに思っていい。お前は、自分自身の意思で、最後まで立派に戦い抜いたんだ。

 だがよ。どうやら攻めに金駒を使い過ぎたみたいだな。もはや受からねぇ」


 一枚目の馬が金を、二枚目の馬が飛車をもぎ取り、それぞれが王手をかけた。

 ムーは、隙間を抜けて逃げようとするも。


 その退路を、金が断ち切った。


「ウガアアアアアッ!!!」


 雄叫びと共に、ムーは大きく駒を振り上げる。怒りのままに、盤ごと破壊しようと。

 だ、駄目! それをやったら、対局が台無しになる──!


「ムー。お前は化け物じゃない。一人の将棋指しだ」


 彼を止めたのは、ショウさんの静かな一言だった。

 将棋盤に駒が触れる寸前で、ムーの右手は止まる。


「良い子だ。さあ、この一局を終わらせよう」

「う、があ」


 ぱちん。そっと駒を置くムー。

 思えば彼は、ずっと人間扱いされて来なかったのだろう。改造されて、まるで犬のように鎖に繋がれて。それを疑問に思うことも無く、命令されるままに暴れ回って来た。

 その彼が、初めて人として認められた。


「受け取れ。これが俺達で創り上げた、とびきりの投了図だ」


 ぱちん。ショウさんが駒を置いた途端に。

 巨人の双眼から、大粒の涙が溢れ出した。その涙を拭おうともせず、ムーは盤面をじっと見つめる。

 文句の付けようが無い、問答無用の詰みの一手を直視する。


「最後に、何て言うか知ってるか?」

「がう?」

「負けました、と言うんだ。それでこの勝負は終わる」

「ば……ばげばぢだ」

「偉いぞ。よく言えたな」


 ムーに向かって優しく微笑むショウさん。

 あ。この人、こんな表情もできたんだ?

 最初の軽薄なイメージとだいぶ違う。これが、この人の素顔なんだろうか?


「ありがとうございました」


 一礼した後、ふぅ、とショウさんは息を吐いた。

 長袖でも涼しい位の気温なのに、額には汗が滲んでいる。

 対局中は余裕そうに見えたけど、もしかして少し疲れてるのかな?


「迫力満点だねぇ、お前さん。相対するだけで重圧が半端ねぇわ。はあ、しんどかったあ」

「がう?」

「負けると思ったんだよ、正直」


 ショウさんの言葉に、ムーは首を傾げる。

 言っている意味がわからない、と言いたげな表情だ。


「重圧に負けて一手でも緩まれば、即詰みに討ち取られる。しんどいぜー、そんな将棋は。俺の本来の棋風はがっちり囲ってじっくり攻めるなのに、させてもらえなかったんだからな。マジで強いわ、お前さん」


 勝ったのはショウさんなのに、冷や汗すらかいて苦笑している。

 ますます理解できない様子のムーに、ショウさんは続ける。


「俺と指したくなったら、サロン棋縁に来な。トンシの言うことなんて聞く必要は無い。お前さんの意思で来るんだ。

 そしたら、いつでも相手してやるよ」

「がうっ!」


 今度はわかったのか、巨人は力強く頷いた。

 頷きを返し、ショウさんは席を立つ。

 若干、足がふらついている。照民さん程じゃないにしろ、やっぱり疲れているみたいだ。


 あ、拍手しないと。ぱちぱち。


「はは、どうも。美人に祝ってもらえると嬉しいねぇ。どう、俺に惚れたかい?」


 だから、私は人妻です。


 何はともあれ、これでサロン棋縁の二勝。二回戦突破が確定した訳だ。

 穴熊さんの対局も観てみたかったけど、準決勝までお預けかあ。


「──おのれ……!」


 その時。呪詛のような、低い声が響いた。

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