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(8)進撃の玉将

「何やってるんですか」


 そんな私に突き刺さる、冷たい視線。

 燐ちゃんが、もう一人女の子を連れて戻ってきた。

 眼鏡を掛けたセーラー服姿の彼女は、広げた扇子で口元を隠している。

 もしかして、笑われている?


『てんかとういつ!』


 扇子に書かれた文字が見えた。


 もしかしてこの子が、安藤さんチームの最後の一人?


 ちら、と視線を遣ると。

 安藤さんは、大きく頷いた。


天金紗代子あまがね さよこさん。僕達に残された、最後の希望です」

「ご紹介ありがとうございます。お任せ下さい安藤さん。やっと腹痛が収まりました……!」


 そうか。

 良かったね。


 ごめんね、まともに相手してあげられなくて。

 さっきからしゅーくんの全体重がのし掛かって来ていて、支えるだけで精一杯なんだ。


「さっさとやりましょう」


 一人不機嫌そうに言って、燐ちゃんは盤の前に座る。


「鬼籠野燐。トイレまで迎えに来てくれたことは感謝する。だが、盤上では容赦しない」


 ぱちんと扇子を閉じ、天金さんも向かい側に腰を下ろした。


「勝つのは、この私だ!」

「はあ」

「あれ? ノリ悪いね?」

「……香織さん。私、棄権して良いですか?」


 それは駄目!

 無言で首を横に振る。


 燐ちゃんは、ため息をついた。


「──秒で終わらせる」

「お、いいねその台詞。好敵手っぽい!」


 若い子達の将棋は華があっていいなあ。

 私ももっと早く、将棋を指していれば良かった。


「紗代子。負けたら丸坊主な!」

「げっ! マジっすか! が、頑張りまぁす」


 声援?を送る袖の人に、天金さんは苦笑で応え。


「宜しくお願いします」


 一転、勝負師の顔になる。

 この子、大会慣れしてるな?


「天金さんは松山高校の将棋部部長を務める程の人なんですよ。今日は無理を言って、チームを組んで貰いました」


 安藤さんがすかさず解説してくれる。

 へー、そりゃ凄い。部長クラスの人が、遥々こんな田舎町の将棋大会に出場するなんて。

 そんなに皆、賞品のスイコちゃんグッズが欲しいのだろうか。


「グッズが欲しい気持ちは勿論ありますが。伝説の棋書『四十禍津日よそまがつひ』を得た竜ヶ崎と対局したい、という気持ちの方が強いでしょうね。本当にそんなものが存在するのか、眉唾物ではありますが」

「ある! あの時、俺は確かに味わったぜ。あれは、人間が指す将棋じゃなかった」


 安藤さんと袖の人は口々に言って来る。

 はあ、そうなんですか。

 どうもその、オカルトチックな話は付いて行けない。


「そこの二人。うるさいですよ。対局中は静かにして下さい」


 ほら、怒られた。

 ただでさえ燐ちゃん機嫌悪いんだから、気を付けないとね?

 私を見習って、心の声で喋ると良いよ。


 対局は、既に始まっていた。


 先手は天金さん。戦型は相矢倉。意気揚々と駒組を進める天金さんに、燐ちゃんは渋々と言った様子で付き合っていた。

 何だその、やる気の無さは。


 あ、ヤバい。早くも端攻めが来る。

 これは間違いなく突き刺さる。私だったら、絶対突破されてる。

 だって受け方わかんないんだもん。

 それくらい、強烈な奴が来る。


 飛車、角、銀、桂、それに香車。

 全ての戦力が端の突破に注ぎ込まれているのだ。数で負ける。受けきれる訳が無い。


「ははっ、どうよ! 鬼籠野燐、あんたの将棋は知らないけど。矢倉の序盤は研究し尽くしている! この勝負、早くも私の優勢だ!」


 自信満々に、天金さんは自らの優勢を宣言する。

 対する燐ちゃんは、酷く冷めた目で盤面を見つめていた。


「優勢? これが、ですか?」


 瞬く間に端が食い破られていく。その様子を、まるで他人事のように静観している。

 覇気を感じない瞳。

 一体、何を考えているのか。


 まさか。

 形勢判断もできない初心者に、大事な一局を任せてしまったのか?


 嫌な予感が頭をよぎる。


 いや、そんなはずがない。

 あの大森さんが三人目に推薦してくれたんだ。初心者であるはずがない。

 信じたい、でも。


 あまりに一方的な将棋だった。序盤の時点で、既に大差が付いている。

 この差を覆すのは、並大抵のことではない。


 強い人は、こんな将棋は指さない。


「よし! このまま突破して──」

「ねえ、紗代子。貴女の攻め、ここまで来るのに何手かかったと思う?」


 勢いに乗る天金さんを制したのは、燐ちゃんの溜息混じりの一言だった。


「……は? 何を言って」

「貴女が攻めている間、私が何もせずに攻撃を受け続けていたと思う? もう既に、布石は張り巡らされているんだよ」


 渋々、燐ちゃんは矢倉を組んでいた。

 そう、その一言を聞くまでは思い込んでいた。

 まさか、これ。


 矢倉を狙って組んでいた訳ではなく。

 反撃の布石を構築するにあたり、駒の位置を最適化していった結果、たまたま矢倉になっただけ──なのか?


 先入観を払い、改めて盤面を見る。

 違う。矢倉じゃ、ない。


 細部が、矢倉とは異なっていた。

 歩の位置、金銀の配置。角の位置。

 全てが、よく見ると微妙に違う。


 天金さんだって、先入観を取り払って見れば、違和感を感じたはずだ。

 仮にも大会出場者が『初心者みたいな稚拙な囲い方』をするはずが無いという思い込みが、盤面を見誤る結果を招いたのだ。


 これは、玉を守るための囲いじゃない。

 これは、敵陣へと攻め入るための囲いだ。


 端から食い破られた、のではなく。

 攻めを丸ごと、飲み込んだのだ。


「脆弱な王など要らない。私の王は、常に敵陣の先頭を征く」


 入玉などという言葉は生易しい。

 それは正に、王の進軍だった。

 囲いが、襲い掛かって来る。

 おちR様(https://twitter.com/ochi_r_)が描かれている将棋漫画『囲の王』(https://www.mangabox.me/reader/121602/episodes/)より、松山高校将棋部部長こと、天金紗代子さんが電撃参戦!

 才は凡人なれど、将棋に懸ける情熱は天才にも負けない!

 彼女の生きざまに注目です!


 おちR様、並びに拙作への出演を快く承諾して下さった㈱マンガボックス様、誠にありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  今話のお気に入り >私を見習って、心の声で喋ると良いよ。  イイネ♪ 人妻で無ければ惚れちゃいますw
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