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【連載五周年】にいづましょうぎ──将棋盤の中心で愛を叫ぶ──  作者: すだチ
第十二章・紅星より愛を込めて──The Roots──
201/203

(28)一緒に戦うんだ

「は?」


 何であゆむがそこで出る? 疑問を口にするよりも早く、


「桂花は確かに強くなっていタ。棋力は申し分無かっタ。だけド、気力が伴わなかったんダ。あの子はもう、真剣勝負を指せない体になっていタ」


 睡狐は言う、別の生贄が必要だったのだと。根源をその身に降ろすに相応しい、新たな器が。


「あ──」


 そうだ、そうだった。思い出す。あゆむは、生贄にされるために竜ヶ崎に呼ばれたんだ。桂花の代わりに。

 思考がクリアになる。過去と現在、点と点とが線で繋がった気がした。


「あゆむ君の潜在能力は君に匹敵するが、まだ鬼の力に目覚めていなかった。そこで浄禊は、彼の覚醒を試みたんだ」


 鬼にするには、ヒトを食わせるのが一番。それも、より上質なニクを。勝負師としては落第でも、人身御供としては桂花は打ってつけの存在だった。彼女は竜ヶ崎以外に身寄りも無く、居なくなっても誰も困らない。

 だから選ばれたのだと、レンは震える声で語る。


「知らなかったんだ、僕は。そんな企て」


 彼女が居なくなって悲しむ人間はここに居た。知っていたら絶対に止めたのにと吐き捨てるように言って、彼は自身の体を両手で抱き締める。全身の震えを、少しでも抑えようと。


「姉さんが帰って来てから、彼女と頻繁に練習対局するようになって。純粋に嬉しかった。何の疑問も抱かなかったんだ、僕は」


 肉質を高めるために、家畜に栄養価の高い餌を与えるように。桂花には、食事と睡眠以外の全ての時間を対局に当てられた。竜ヶ崎家の人間が交代で彼女と指し、彼女は心身共に疲弊しながらも、徐々に勝負勘を取り戻していった。己の生命を代償に。


「この幸せがずっと続けば良いのにと願っていたよ」


 やつれた姉を前にしても、次は何を指そうかとウキウキしていた。彼女の気持ちを何ら考慮すること無く、自分が満たされることばかり考えていたと、レンは赤裸々に語る。

 だが、彼の願いが叶うことは無かった。幕引きは、あまりにも唐突だった。


「あの日。将棋盤の前に姉さんは居なかった。いつも待っててくれたのに。来なかった」


 彼女の分の駒も並べ、座して待てども桂花が訪れることは無く。そこに至って、ようやく彼は気が付いた。姉の身に何が起こったのかを。

 本殿内を探し回った。途中浄禊に出会い、終わったことを告げられてなお、足を止めなかった。頭に浮かんだ恐ろしい想像から逃げ出すように、彼は懸命に走り続けた。


「僕には姉さんを救う力があった。たとえ肉体が死滅したとしても、彼女の情報は保存できる。助けられると僕は思っていた……だけど」


 無理だった。

 唇を噛み、搾り出すようにレンは言葉を紡ぐ。


「思い知らされたよ。僕は木綿麻山桂花という女性について、ほとんど何も知らなかった。数え切れないくらい、対局したというのに」


 彼女と指した棋譜は全て、鮮明に記憶している。けれども、そのどれもに桂花の魂は宿っていなかった。ただの情報、ただの脱け殻だった。


「僕は無力だ。姉さんを蘇らせることも、仇を討つこともできない。だから、君に頼るしかなかったんだ。姉さんを倒したあゆむ君と同じ鬼の力を持つ、君に」


 頼む。そう言って、少年は頭を下げてきた。本当は私になんか頼りたくないだろうに。自分の手で仇討ちしたかっただろうに。

 やれやれだ。あゆむが絡んでいるんじゃ、引き受けない訳にはいかないじゃないか。


「事情はわかった。竜ヶ崎は私が潰す」


 全ての元凶、竜ヶ崎浄禊を倒す。愛する弟のためにも。

 あゆむはまだ、鬼として完全に覚醒してはいない。まだ間に合うはずだ。棋の根源とやらを降ろされる前に、決着をつける。


「──ありがとう」

「言っとくけど、弟にしたことを許した訳じゃないから。共闘はこれっきり。終わったら私達の前から金輪際消えてもらう」


 顔を上げるレンに、指を突き付けて言い放つ。

 理解はできた。納得はできた。それでも割り切れないものはある。復讐のためにあゆむを利用した彼を、完全に許すことはできない。

 構わない、とレンはうなずいた。


「元よりこの世界に未練は無い。事が終われば肉体を消滅させよう」

「え、いや!? そういう意味で言ったんじゃないんだけど!?」

「……冗談だよ」


 思わず叫ぶ私に真顔で答えて。彼はもう一度頭を下げた。あゆむ君には申し訳無いことをした、と。


「僕を許してくれなくても構わない。ただ、謝罪の言葉を彼に伝えてくれないか」

「ん、わかった」


 真実を知って、あゆむがどう思うかはわからないけど。あの子にだって、知る権利はある。必ず伝えよう。


「話は終わっタ?」


 横から睡狐が口を挟んできたのは、その時だった。口角を吊り上げ、何やら楽しげにこちらを眺めている。


「なら急いだ方が良いヨ? 浄禊のヤツ、棋の根源を降ろそうとしてるみたいだかラ」

「な」


 絶句する私達二人を見て、彼女はケラケラと耳障りな笑い声を上げた。こいつは……!


「気づいてたなら、早く言いなさいよ!」

「今言ったじゃン? わーぷすればギリギリ間に合うかもだシ」


 悪びれる様子も無く睡狐は答える。こいつ、状況を楽しんでる。本気で地球を救う気は無いのか? いざとなれば自分だけでも脱出できるから? 桂花の復讐だってどうでも良さそうだったし。一体何を考えてるんだ?

 ──いや、こいつに構ってる場合じゃない。そうだワープ。ここに来る時に使ったアル何とかドライブを使えば!

 レンの方を見ると、彼は神妙な面持ちでかぶりを振った。


「いや、それだと時間がかかる。恐らく間に合わない」

「じゃあどうすれば!」

「肉体よりも軽いもの。例えば情報なら、あるいは」


 情報? そんなものを送った所で、戦えるのか? 駒もつかめないけど。

 とまどう私に、レンは「大丈夫」と続けて答える。


「本殿では今も誰かが戦っている。君達のチームの誰かが。その人に届けることができれば、きっと父を止められるよ。君自身の情報、それに火輪皇鬼の情報を」

「誰かに……託す、ってこと?」


「違う。そうじゃない」


 首を横に振る彼の赤い瞳が、ぎらりと強く輝く。


「情報には意思の方向性も入っている。君達も一緒に戦うんだ」

「……っ……!」


 一緒に戦う。香織さん達と。レンの言葉に、胸が高鳴るのを感じた。

 同じチームだけど、今までは別々に対局して来た。今度は違う。今こそ一つに。


『燐』


 一人昂たかぶる私に、華燐が声をかけて来る。普段冷静な彼女にしては珍しい、上ずった声だった。


『私の知る将棋は、常に孤独だった。誰かと共に指すなど、私にできるだろうか? 私は、お前の仲間を知らない』


 不安げにそう続ける彼女からは、鬼の王たる者の威厳は感じない。そうだ、この子は私と同じだ。自分本意に指して来た。対局相手をおもんばかることの無かった、以前の私と。

 いきなり共闘するよう言われても、そりゃ不安になるよね。わかるよ。でも、大丈夫。

 貴女の仲間は、貴女が何であろうと温かく迎え入れてくれるよ。神様連中みたいに貴女を迫害なんてしない。鬼も人も関係無い。対等に接してくれる。そういう人達だ。


『燐。私はお前が好きだ。お前が信じる仲間達を、私も信じたい──頭では、そう思っているんだが』


 二の足を踏む華燐は、巣から一度も出たことの無い雛鳥のように思えた。一歩を踏み出す勇気さえあれば、大空に飛び立てるのだろうに。

 心配しないで。貴女には私が居る。私が繋げる。貴女と、香織さん達を。

 もし。貴女がどうしても協力できないと言うなら、無理強いはしない。だけどその代わり、見守っていて欲しい。私達の、最後の戦いを。


『燐、お前は。こんな私でも、必要としてくれるのか』


 もちろん。貴女は私、私は貴女なんだから。これからもずっと一緒だよ、華燐。


『……わかった。私も共に往こう』


 ありがと。まあ正直、私もペア将棋とかしたこと無いし、どんな風に共闘すれば良いのかわかってないんだけどね。貴女とみたいに、一心同体になれれば指し易いんだろうけど。


「君達ならできるさ。どちらかに偏ること無く意識を共有できている、君達二人ならね」

「ん。そだね。頑張ってみるよ」


 心でも読んだのか、いつになく優しい口調で励まして来るレンに笑顔で答え。私は大きく息を吸い込んだ。

 不安もある。が、それ以上に喜びを感じている私が居る。

 思い出すのは準決勝の二局。いずれも見応えのある、素晴らしい試合だった。あの人達と一緒に指せるだなんて、夢のようだ。

 嬉し過ぎる!

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