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君と歩いた、ぼくらの怪談 第1部  作者: tempp
第1章 僕の怪談の始まり
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真っ暗な、井戸の中

 手早く夜食の後片付けをして僕とナナオさんは井戸をのぞき込んだ。


 井戸は板でふさがれた上に網がかけられて、人が落ちないようになっている。でも鎖や鍵で留められているわけではなくて、簡単に取り外せた。山の上だからわざわざ子どもが遊びに来たりはしないし入ろうと思う人もいなさそうだし。警備は案外ゆるいのかもしれない。

 井戸は神社の中でも手水舎の裏手、森の近く、ようするにこの神社内のどこよりも真っ暗なところにあった。そして、のぞき込んだ井戸の中はさらに暗くて吸い込まれるような闇が広がり、底を見ているだけでどこまでも落ちていくような気分になれた。ふう、と吐いた吐息が遠くまで空気を揺らしながら落ちていく。奈落、という言葉が頭をよぎる。見ているだけで平衡感覚が狂いそう。


 ようするに、ものすごく、怖い。

 これはお化けが怖いとかそういう怖さと全く違って純粋に命の危険を感じる恐怖。見てるだけで全身が震えるて心臓がヒュッとする。へりに触れる手が震える。井戸の底から冷たい風が手を伸ばしてきているような。


「ナナオさん、あの、本当にここに入られるんでしょうか?」


 思わず変な敬語が出る。なんていうか、ここに入る選択肢はありえないのではないでしょうか。


 けれどもナナオさんは平然とつるべを結ぶロープをギュッギュッと確かめながら、何いってんの、って顔で僕を見る。

 井戸の直径は80センチメートルぐらい、ギリギリ一人なら入れるくらいだろうか。なんていうか、桶の滑車が設置された屋根がなければリソグで貞代が出てくる井戸にそっくり。嫌なことを考えてしまう。


「大丈夫だって、私が入るからボッチーは上で見張ってて」

「いやいやいや、そういうわけにはいかないでしょ!」

「いや、だって、どっちか上で待ってないと何かあった時こまるじゃん?」


 まあそうだけど。そうだけど!

 僕がここに残ってナナオさんを井戸に特攻させるわけにはいかないじゃないか。さすがに。


「ちょっと冷静に考えようよ、どのくらい深さがあるかわからないし」


 ナナオさんはその辺の石をつかんで、おもむろにポイと井戸に投げ入れる。

 すぐにピチャっという音とカツンという音がした。あれ、あまり深くないのかな。

 でも確か、垂直落下の場合は1秒で5メートル、2秒で20メートルくらいだった気がする。10メートルちょっとくらいはありそう……。ひゅうと井戸から風が吹く。

 ナナオさんがつかんでるロープも古びているし、そんなに丈夫そうでもないよね。


「そんな深くなさそうだし、大丈夫じゃない?」


 ナナオさんの楽観はどこから来るんだろう?

 考えているうちに、ナナオさんは、よっ、という掛け声とともに気楽に井戸の淵に足をかけたので、僕はあわててナナオさんに抱き着き井戸から引きはがして井戸のそばに倒れ込む。


「おおっ!? ボッチー積極的だな」

「……ナナオさんさぁ、ほんとは怖いんでしょう?」


 ナナオさんに抱きついた時にわかった。ナナオさんの膝はカクカク震えていた。やっぱり強がってるだけ。


「……そんなに無理しなくてもいいんじゃないかな。僕らには無理だと思う」

「でもさぁ。……やっぱりかわいそうだよ。なんとなくさ、できるところまではやってあげたい」

「なんでそんなに気にするのさ。そこまでする義理はないでしょう」

「そうなんだけどさ……。あんね、あたしあのくらいの歳の時に神隠しにあったことあるんだよ」

「神隠し?」

「うん。その時ずっと霧みたいなところにいてすっごく心細くてさ」


 なんだか急にふわふわした話になってきた。


「それで霧の中で誰かに助けてもらったんだよ」

「誰か?」

「霧の中でよくわかんなくてさ。出たいかって聞かれた。でも代わりに何かよこせっていわれて困っちゃってさ」

「何か?」

「うん。でもその時に別の人の声が聞こえてさ。こっちにおいでっていう」

「2人いるの?」

「そうそう。それで声のする方に行ったらいつのまにか新谷川(にやがわ)のとこにいて。助けてくれたのはどんな人だかよくわからないんだけどもうここには来ちゃダメだよっていわれたの」


 何だかとても不思議な話。全部が何だかふわふわしていてよくわからない。


「その話は聞いたことない」

「うん、なんつか自分の話ってうさんくさいだろ? それに何が何だかよくわからないしさ。説明しづらくて」

「うん」

「それでその人にありがとうっていったらさ、今度はあたしが困ってる人を見つけたら助けてあげてって言われたんだよ。だから困ってる子はなるべく助けようと思ってるんだ」

「お化けでも?」

「うん。助けてくれた人もお化けな気がするから。多分ね」


 なんだか不思議な話。

 でもナナオさんはそうするって決めていて、カクカク震えて井戸のそばにへたり込みながらもまだつるべのロープを握りしめていた。

 この様子だと、ナナオさんが無事に井戸の底まで降りられるかすら心配。でも、ナナオさんの瞳を見ても、行かないという選択肢はないらしい。

 僕は、ハァ、と小さくため息をつき、ナナオさんの持つロープを奪う。ささくれて、ちょっと湿ったざらざらした感触をきゅっと握りしめる。


「僕がいくよ」

「や、あたしが行くよ、なんとかしたいのはあたしだからさ」


 ナナオさんが焦って両手を伸ばして僕からロープを取り上げようとするけど、僕はさらに手を伸ばしてロープを遠くに押しやる。


「そんなこと言って本当は怖いんでしょ? それに、女の子を危険なとこにいかせて僕だけ残るのはカッコ悪いじゃん。それから……何かあった時に僕はナナオさんを井戸から引き上げる自信がない」


 僕は肘をまげて力こぶができないところをナナオさんに見せる。


「ちょっ、そりゃないだろ!」


 ナナオさんはふくれて少し笑った。

 僕は基本的にはインドア派で力に自信はない。ナナオさんは僕より身長も高くて健康的だ。まあ僕も怖いんだけど、それでもナナオさんを行かせるわけには、いかないよね。

 それに絶対何も考えてなさそうだし。


 それにしてもこれ、降りるのか。

 改めて井戸を見下ろすとぽっかり闇が口を開けていた。喉からヒクッと変な音が出る。

 でも僕はあきらめて、あんまり考えないようにして準備を進める。桶とロープの結び目をリュックから出した登山ナイフで切り離す。桶は穴が開いていて使ってなさそうだし、水もほとんどないようだからロープをもらってもいいよね。

 ロープを空にしたリュックに括り付けて井戸の底に落としてみる。これで井戸の深さと水の深さがわかる。リュックを引き上げると下から2センチくらいの高さでぬれていた。水はほとんどなくて、衝撃の吸収は期待できなさそう。

 井戸から底についたロープの長さはやっぱり10メートルほど。命綱にするには僕が井戸の底から1メートルくらい浮く高さでロープを調節するのがいいのかな。ベルトの下にロープをもやいに巻きつけて井戸の高さを計算して、近くの太めの木までピンと張って命綱を括り付ける。


「おお、なんかすげぇな」

「ナナオさん、闇雲に飛び込んだって底まで落ちるだけなんだからね、本当にもう」


 ただ一応ロープは備えたけどあんまり信用できない。だから結局は手足で支えながら少しずつ降りるほうがいい。垂直降下なんてやったことないし。


「じゃぁ、ナナオさん。僕は行ってくるけど何かあっても絶対に井戸の中に入ってこないで。何かあった時は警察を呼んで。山を下りるのは日が出てからにして。わかった?」

「お、おう。わかった」


 矢継ぎ早に指示を出す。

 ダメなことはちゃんと言っとかないと、ナナオさんは本能で動くから。

 覚悟を決めて井戸の淵に座る。懐中電灯とか最低限のものだけをポケットにしまう。足をささえるものはなにもない。ひやりと湿度が体に絡まる。

 どうせ真っ暗だし両手両足がふさがるわけだから、目をつぶって降りても同じだよな……そうしようかな。少しでも、恐怖は抑えたい。


「それじゃ行ってくるけど本当に無茶はしないでね? 僕が井戸から出られなくなった時にナナオさんに何かあったら、だれも助けにこれないから」

「わかった」


 ナナオさんは神妙な顔で返事する。

 何故降りる僕のほうが注意をしてるんだろ?


「貞代とかでないように祈ってる」


 本当に一言多い……。

 僕はあきらめて、目をつぶって井戸を降り始めたる。

 井戸の中はひんやり涼しく、手足を支える石壁はとても冷たい。一歩一歩、手足をひとつずつ、交互に20センチほどずつ下げていく。時々背中と足で踏ん張って手を休める。少しずつ遠くなっていくナナオさんの励ましの声だけが頼り。たまに変なこと言ってるけど。


 どのくらいの時間がたったのか、石の冷たさと筋肉の緊張で手足の感覚がすっかりなくなったころ。ようやく腰に張られたロープがピンと引っ張られる感覚がした。ポケットに入れていた小さな石ころを取り出して下に落とす。すぐ近くでピチャンと水音がする。いつのまにか井戸の底に着いていた。

 腰のロープをほどいて少しの距離を飛び降りてパシャっと着地する。先ほどのところのつま先から井戸の底まではどうやら30センチほど。

 ロープの伸びを計算にいれてなかったかも、やばかったな。


 上を見上げる。

 この井戸は屋根があるから月や星の光も見えない。上も下も真っ暗闇で、なんとなくどっちが上なのかよくわからなくなってくる。

 僕はポケットから懐中電灯を取り出してナナオさんを呼びながら上に向けて振った。

 真っ暗な中でチカリと携帯の光が瞬いた。結構小さい。なんだか星みたいだ。10メートルくらいでも遠いものなんだな。なんだか少し、違う世界に来てしまったような、不思議な感じがした。

 足が地面についている安心感からかもしれないけれど、井戸の中は上から見下ろした時の吸い込まれる恐怖は少し薄れていた。むしろ、神社と同じような、神聖な感じがした。


 床に懐中電灯を向けると、薄く流れる水に光が反射し、ぼんやりと僕の足を浮かび上がらせた。

 懐中電灯を左右にふると僕の背丈寄り少し低いくらいの高さの横穴を見つけた。


「ナナオさん、横穴があった。行ってくる。僕が帰ってこなかったらさっき言った通り警察を呼ぶか、朝になってから下山して!」

「わかった!」


 大きな声で叫ぶと、上から小さな声がした。僕の隣では井戸の上からロープがたれているのだろうけど、真っ暗でよくみえない。なんとなく、蜘蛛の糸のカンダタを思い浮かべた。

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