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君と歩いた、ぼくらの怪談 第1部  作者: tempp
第1章 僕の怪談の始まり
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口だけ女と夜食をともに

「でも探すっていってもどこを探すのさ」

「うーん、昔の偉い人がこの山に封印したんだろ? じゃあ昔の文献、とか」

「文献? 図書館とか?」

「図書館は調べたけど何もなかったからなぁ」

「来歴が書いているなら石碑、とかかな」


 今いきなりここで調べるのは限界があるよ。

 お化けがどこにいるなんてさ。

 とりあえずナナオさんと一緒に石碑石碑と呟きながら境内をうろうろ動き回った。けれども石碑どころか何かが書かれたもの自体が見つからない。普通は神社のいわれとかって入り口とかに書いてあるものなのにそれもない。事前に調べたけど伝承が喪失したってこういうことなのかなって思う。

 これじゃあこの神社がいつからあって、何を祀っているのかもよくわからないや。

 僕が調べたことなんて当然ナナオさんも調査済だろうし、結局の所これ以上できることはないように思う。


「手がかり、何もないね」

「うーん、ないなぁ。絵馬とかにヒントがあったりしないかなぁ?」

「絵馬に?」


 絵馬掛所の絵馬も片っ端からのぞいてみたけど8割がたの恋の絵馬と2割がたの普通のお祈り絵馬が奉納されているだけ。ヒントみたいなものはなかった。当然といえば当然だけれど。クイズじゃないんだし。

 社務所も見てみた。鍵がかかっていて無理にゆすると扉が壊れそうだったのであきらめた。薄く曇った窓ガラスから懐中電灯を照らしててみても、物自体があまりない。空っぽのスチールラックと簡易の机と椅子くらい。

 本殿ものぞいてみたけど、神殿に(さかき)やお神酒がささげられ、神鏡(しんきょう)御幣(ごへい)、大麻(ふさふさした白いの)や灯明なんかはあったけれど、他のものは何もなかった。最低限のものだけお祀りしてある感じでヒントになるものってなにもなさそう。

 そもそも普段ここにら誰もいないだろうから貴重な資料を置いてたらかえって危険だよね。盗難とか考えたら。


 その後も僕らは境内をうろうろ歩き回る。

 賽銭箱、手水舎(ちょうずや)、井戸、鳥居、狛犬、灯篭。

 一通り調べてはみたけど、どこにも文字なんかなかった。


「うーん、ちょっと手詰まり。どうしたもんかなぁ?」

「やっぱり無理じゃない? そもそも封印がどこにあるのかもわからないし」

「そうはいってもさ。私の勘が何とかなると言っている」


 ナナオさんは自信たっぷり断言する。

 ナナオさんの勘はわりとあたるからなぁ、いい方と悪い方と均等に。

 八方手を尽くして何もない。仕方がないのから口だけ女の子のところに戻って作戦会議を続けることにした。どうせ朝まで行くところはない。

 再びぺたりと石畳に座り込む。


 僕は口だけ女状態を見ていないし声はかわいいから、時間が経つにつれて恐ろしさは段々と薄れていた。

 でもナナオさんは口だけ女状態の姿を見ている。怖くないのかな、怖いんだろうな。でも多分。怖い以上に、なんとかしてあげたいっていう気持ちが勝っているんだと思う。


 もう時刻は午前2時。正直寒い。

 石畳からじんわり冷気があがって少し冷えてきた。上着はナナオさんに貸してしまったし、と思って僕は簡易のクッキングセットをリュックから引っ張り出す。僕の父さんは多趣味な人で、二人でキャンプにいったことを思い出す。

 小さなガスバーナーとコッヘルのセットとドリッパー。コッヘルっていうのはキャンプ用品で、マトリョーシカみたいにいくつもの皿替わりにもなる軽量鍋が組み合わさって入ってる。それにインスタントラーメンにインスタントコーヒー。

 バーナーに火をつけて一番大きい鍋、といっても手鍋サイズだけど、に水筒から水をいれてお湯を沸かす。お湯の一部はドリッパーでコーヒーを作って、残りはそのままラーメンを作る。


「ボッチーすげえ。なんでこんなもんもってきたん」

「どう考えたって一泊ルートだし。徹夜だと夜食くらい必要でしょ」


 さすがに山の上の真っ暗な神社でのんきに寝てらんないよ。野犬も出るって話だったし。

 ほわほわ漂う暖かな白い湯気。ふわりと広がる珈琲の香りと食欲をそそるラーメンの匂い。

 その中でナナオさんは森の奥の暗闇を見つめた。


「あの子は一緒に食べらんないよな」

「ラーメンは無理でしょ。お菓子ならあるけど」


 僕はクッキーの袋をナナオさんに渡す。

 ナナオさんは受け取って、と暗闇に声をかけてクッキーの袋を投げ入れる。

 パサっという袋が落下した音がした場所にガサガサと何かが移動する音がする。

 いる。怖い。

 けれどもやっぱり少しだけ恐ろしさは薄らいだ。


「それクッキー。おいしいから食べて」

「ありがとう」


 小さい声がした。

 暗闇を挟んで夜食を食べながら再開される話し合い。

 女の子はお母さんと一緒にかなり前にこの山に封印されたけど、しばらく前に女の子だけ外に出たらしい。でも封印への戻り方はわからなくてずっとこの山のあたりを彷徨っていた。

 封印された時のことはよく覚えていない。神社のほうから何かがやってきて気が付いたら封印されていたそうだ。封印されている間の記憶はあまりない。結構長い時間だと思うけど、どのくらいかはよくわからない。


 ……直接は詳しくは聞けなかったけれど人や動物といった動くものがいると無意識に襲い掛かってしまうようで、野犬被害っていうのは多分この子の仕業だと思う。恐怖が少し、帰ってきた。

 それから女の子はこの神社の中には入れないらしい。

 そこで、僕は疑問に思う。


「ねぇ、神社の中に入れないの? 君が封印から出た時はこの神社から出たんじゃないの?」

「……私が出たのはもっと山の下のほう。でもどこかはもうわからないな。神社の中には全然入れないしここから出たわけじゃないと思う……」


 少し考えるような間ののち、小さな風と一緒に女の子の声が耳に届いた。

 そうすると封印はもっと(ふもと)のほうにあるのかな。でも麓といっても山の外周なわけで、手当たり次第に探すわけにはいかないし探せる範囲じゃない。


「あれ? 私、昔えらい人がここで悪いものを、あっごめん、とにかくここで封印したからここに神社ができたって聞いたんだけど」

「神社が後なの? じゃあ封印は麓と神社と2つあるのかな。お母さんは麓のほうにいる?」

「……ううん、よくわからないけど、お母さんは神社のところにいる気がするの」


 ハフハフとラーメンをすするナナオさんに淹れたてのコーヒーを渡しながら考える。

 女の子とお母さんは一緒に封印に入って同じ封印の中にいて、女の子は麓から出て来た。お母さんは山の上のここにいる。

 あれ?


『……新谷坂(にやさか)山はいい山で、昔えらい人が超悪いのをたくさん封印して……』


 ナナオさんの言葉を聞いて僕は新谷坂山は霊山なのかなって思った。

 ひょっとして新谷坂神社が悪いものを封印しているんじゃなくて新谷坂山全体が封印。それで麓も神社も含めた山全体で『悪いもの』を封印しているんだろうか。

 『鉄道会社が山を削ろうとして』なんだかよくわかんないけど『悪いこと』が起こった。

 『トンネルを掘る話』があって進めてたらなんだかよくわかんないけど『悪いこと』が起こった。

 悪いことがおきるのはいつも山を削る時。

 そうすると山全体が封印で、山を掘ったら封印に辿りつく……?

 なんだかすごく規模が大きくなってきた。


 その仮説をナナオさんに話す。

 あの子のお母さんが山の中にいるのなら僕らに山を掘るなんてできないよ。それにそもそも僕らは封印を開放したいんじゃない。もっとライトに、簡単に手紙とか何かでつなぎをつけたいと思っているだけ。

 ちょっともう僕らの手におえるレベルじゃないと思う。女の子にもそう告げようと思ったとき。

 ナナオさんはパチっと指で音をならした。


「ナイス、ボッチー! やるじゃん!」


 え、今の話のどこにそんな前向きになる余地があるのさ。スコップとか持ってきてないよ。


「ようするにさ、山の底に封印があるわけだろ? 地面の中に入ればいいわけだよな」


 そういってナナオさんが指さしたのは境内の井戸だった。

 真っ暗な境内の奥底でますます暗く沈む井戸。


◇◇◇


 我は少し崩れかけた社の瓦の上から2人の人間と1つの怪異の会話を聞いていた。

 なんと面白きこと。

 我がこれほど驚いたのは初めてかも知れぬ。

 よもや自らを襲った怪異に情けをかけるとは。

 あれはそれほど強い怪異ではないにせよ、あの者共に比べれば圧倒的だ。封印の守りがなければあっという間に食われていただろう。以前に封印を解いた人間と同じように。


 彼の方も慈悲深い方ではあったが、怪異にまで慈悲を向けることはなかった。

 それに……思い返してみれば、我は怪異をとらえて封印はするものの、怪異自身に目を向けることはなかった。怪異に話しかけるなど考えたこともなかったのだ。


 今の世とはこういうものなのだろうか?

 怪異と人は混じりうるものになっているのだろうか。

 あの者らは封印を解放するようなことも述べていた。もしそうなら、解放したほうが良いのであろうか?

 しかし、我はただの封印のふたである。判断する役目は持たぬ。

 今しばし、見守ろう。

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