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君と歩いた、ぼくらの怪談 第1部  作者: tempp
第5章 俺の日常と梅雨の幽霊

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奇妙な生物

なぜ朝からこんな事態になっているんだ。

全く理解できないまま、部屋の入り口にバスマットを引く。

奇妙な生物どもが部屋に入ってきた。

アンリに適当な着替えを渡して風呂に突っ込む。豪雨にでも降られたのかずぶ濡れで水が滴っている。どんなに冷えても病気にならないってのも迷惑な話だな。部屋を汚されちゃかなわん。

こいつは……うーん。


「……拭いていいか? 水で部屋が汚れるのは困る」


ゆさゆさ。

とりあえずバスタオル3枚くらいで巻き、ベッドに敷いたビニールシートの上に設置する。その間、ミノムシはピクリとも動かなかった。そうしているとアンリが着替えて出てきた。


「それで何がどうなってるんだ」


「なぁに?」


アンリは不思議そうに首を可愛くかしげる。

よくよく聞くと、昨夜、電車で辻切センターまでいって夜が明けるまでぷらぷらしていたらこいつを見つけて、拾って始発で帰ってきたらしい。いつも通り意味がわからない。


「それで真似るってなんのことだ」


「真似するんじゃないの?」


ゆさゆさ。


「アンリ、こいつ話せないのなんとかならないか」


「うーん? 覚えればいいんじゃないかな」


覚える……。


「お前、こちらのいうことは理解できるんだな?」


ゆさゆさ。


「名前はアイちゃんだよ」


「アイちゃん」


ゆさゆさ。


アイちゃんの反応から、意思疎通はできていなくもない気はするが、イエスかノーかもわからない。


ノートに『はい』と『いいえ』を書く。

示しながら会話をしようと思っていたら、ミノムシの先端からにょろにょろと肌色の触手が出て、『はい』と『いいえ』を順番に指した。

本体はなんなんだ?


「アイちゃん、アンリに無理やりつれてこられたのか?」


『いいえ』


「お前の意思で来たのか?」


『はい』


「元いた場所に帰りたいんじゃないのか?」


『いいえ』


少し複雑な文法にも意外と明快に答える。頭は悪くないのだろうか。もともと文字が読めたのかな? 俺は次にパットで検索してひらがなの一覧表を開く。


「これは読めるか?」


『い』『い』『え』


パッドをちょんちょんと指す。

……これは。ひょっとして。どうする?

少し、逡巡する。

いや、賢いなら今教えなくても何かの切欠ですぐ覚える。

俺は『あ』から『ん』まで文字を指しながら発音する。


「どこから来た?」


『こ、う、え、ん』


触手は滑らかに画面を滑る。

やはり今、学習したのか? 全ての文字をこの短い時間で。

こいつは、危険だ。

例え今は不幸の予兆がなくとも学習能力が高すぎて将来の予測がつかない。


「アンリ、こいつ賢すぎる。元のところに返してこい」


『い』『や』


「ええー? もう連れてきちゃったもん。ハルくんがいいんだって」


頭が痛い。冷静になれ、俺。

アンリがこいつをここに置いておきたいというなら、抵抗は難しい。万難を排してでもこいつを俺の部屋に放り込むだろう。それに、こいつを野放しにしても最終的に俺の不利益に働く予感がする。

だいたいの不運や不幸は最終的に俺に向かってくる。それなら、穏当な関係が築けるうちに手元に置いた方がいいのかな? まじ頭が痛い。朝っぱらからなんなんだ、糞。


「アイちゃん、置いてくれるならなんでもするって」


「なんでも? 何かできることはあるのか?」


そもそも動けもしなさそうだが。


『なにかできる』


……。登校時間が近づいてきた。朝飯も食わないと。あまり悠長にもしていられないな。それにしても、寝不足だ。

とりあえず考えを放棄する。


「保留にしよう。部屋に入る前に話した、俺に触らない、出て行けと言ったら出ていく、これは有効だ。いいか? それからアイちゃん、俺たちは一度出かける。今後のことは帰ってから相談したい。それまでここで待っていてくれ。いいか。夜になるまでには帰る」


『はい まっている』


明日は体育祭で、なんやかや準備があるんだ。

そういえば。


「アイちゃん、食べ物は必要か」


『いらない』


「わかった。アンリも部屋に戻れ、あとこのあいだ貸した服も返せ」


「ちぇーわかったー」


アンリが出ていきぱたりと扉が閉まった後、俺はピクリとも動かないアイちゃんを観察する。『ちゃん』まで名前に含まれるんだろうか?

やはり体長は50センチほど。

大小の木の枝が寄せ集まった、ミノムシのような形状をしている。

枝自体は普通の枝のようだ。折れた木が出すスンとした青臭い特徴的な香りがする。全体的には湿気ってカビ臭い。先ほど肌色の触手がでていたが、それが本体か。

触手自体は、なんていうか、ユムシ? 皮膚っぽい感じでぶよぶよしているように見える。中身は一本の蛇みたいな状態なのか、それとも不定形なのか、外からじゃよくわからないな。


はぁ。


思わずため息が漏れた。

眺めていても仕方がない。とりあえず、後で考えよう。







午前の授業中。

俺はぼんやり教室の外を眺めていた。

今日も黒と灰色混じりの水分を多く含んだ雲が、南東の神津湾から吹き寄せる強風にあおられてゆっくりと忍び寄っている。叩きつけるような雨風に、校庭の大きな桜の木が揺れていた。

天気予報では今日も1日雨だ。3日ほど前に梅雨入りの報道が流れた後は、大なり小なり雨続きだ。ただまぁ、学生の俺にはさして影響はない。洗濯物が乾きづらいくらいだな。

目の下に鈍いしびれを感じる。ここのところ寝不足気味だ。


アイちゃん。アイでいいか。結局あいつはなんなんだ?

妖怪の類というには生々しすぎる。学習能力は高そうだが、もともと知識があるわけではないようだ。印象は、原初的な生物。

サイズ以外は妖怪というよりは普通の生き物に寄せられている気もする。妙な、物理感。怪異の持つ存在の不安定さはかけらもない。

ミノムシのようだが、ミノムシは蛾の幼虫が入っていて、春になれば羽化する。あいつは海の生き物のような姿だが、羽化するんだろうか。俺の真似をするというのはそういう意味か? 羽化して俺と同じものが中から出てくる? 俺と同じ姿なのは嫌だな。トラブルしか思い浮かばない。

どう対処するのが得策だろうか? これからしばらく付き合っていくならその条件をつめないと。付き合ってく? アイは俺の部屋にいつくのか? 平穏が遠ざかる。俺の部屋は俺の唯一の平穏の場だったはずなのだが。狂ったアンリが連れてきたんだもんな。あぁ、もともと平穏とは程遠いさ、畜生。

寝不足のせいか、最近精神状態が不安定だな。よくない傾向だ。


その後も鈍重な頭でまとまらないまま1日を過ごす。

昼飯はキャンセルして、教室で昼寝をしてたら、目を覚ますと腕のすき間にクッキーの袋が差し込まれていた。

隣の席の東矢のしわざだ。東矢一人(とうやひとり)は同級生で、一言でいえば、「恐ろしく影が薄い」やつ。その割に連続で訳のわからない出来事に巻き込まれている。今も、よくわからない学校の怪談のようなものに絡まれている。放っといたらすぐに死にそうだが、根はいいやつだ。

とりあえず東矢に礼を。東矢はいつも菓子を持っている。







夕方、部屋に帰るとアイは出かけた時と同じ姿でベッドの上に転がっていた。

とりあえず巻いていたタオルを剥がし、タオルについたたくさんの小枝を摘んで剥がす。剥がしていると隣から触手が伸びてきて一緒に剥がしだした。少し腕が触れるとソソと離れた。一応は遠慮をしているようで、なんとなく花子さんを思い出す。アイは花子さんと違って少しひんやりとしていた。

そういえば、寝床はどうしたらいいんだろう。ビニールシートの上には小枝が散らばっている。移動のたびに散らばるのは嫌だな。枝は必須なんだろうか?


「アイちゃん、この、くっついている枝は必要なのか? なにか巻いておけばいいなら、ハンカチとか風呂敷ならあるが」


何枚か試しにクローゼットから出す。

触手で少し布を確かめたあと、突然アイを包む枝はばらけて落ちた。


アイはやはり妙な姿をしていた。例えれば、たるんだ腹の皮だけをぐるりと切り取って球にしたような姿。重力に負けて丸餅みたいな形になっているけれども。どうやらぶよぶよした姿の一部を伸ばして触手にしているようだ。餅つきで整形のために引き伸ばされた餅のように。

アイはのろのろと紺色の大きめの風呂敷に乗る。うまく包まれようとしても縮緬布の先端がするすると逃げてうまくいかないようだ。仕方がないから端を結んで風呂敷状にしたら落ち着いたらしく、また動かなくなった。触れた感触ではやはり皮膚のようだ。少しひんやりして、弾力があった。


朝の会話の続きのためにパッドを開こうとしたが、電池切れ。そんなに電池少なかったかな。あるいはアイが使おうとしたとか? まあ指紋認証だから開くこともないだろうが。とりあえず充電して、今朝の『はい』『いいえ』のノートを再度持ち出す。

まずは目的を特定しなければならない。


「アイちゃんが真似したいのは俺の外見か?」


風呂敷のすき間から伸びた触手が『はい』と『いいえ』の間をいったりきたりしたあと、パッドを指し示す。


「ああ。今電池切れてるんだ。使えるまでにしばらく時間がかかる」


外見であり、外見でない?

アイはノートの余白のところでくるくると触手を動かして、机の上を指し示す。机の上? 鉛筆が転がっている。書けるのか? 朝見ただけで。

鉛筆を渡すと滑らかな筆致で文字を書く。


『ぜんぶ』


全部だと?

見た瞬間、緊張で少し肩に力が入る。だが、首筋に予兆はない。

奇麗なゴシック体。今朝見せた一覧のフォントと全く同じ形。


「アイちゃんは、俺になり変わるつもりか?」


『なりかわるはなんですか』


「……俺を排除して、アイちゃんが俺として生きる」


『いいえ』


「真似してなにをする?」


『わからない』


わからない? 真似することが重要なのか? 本能か何かだろうか? よくわからないな。

質問の仕方をいろいろと変えてみたが、結論は、わからない、のままだった。

とりあえず目的の特定は棚上げだ。次は効果の検討か。


「真似ることで、何か俺に影響はあるのか? 真似た分だけ欠損するとか、動かなくなるとか、何か俺が変質や影響を受けることは?」


『ない』


未だ、いずれの不運の予兆もない。

俺に不運の予兆がある場合は首筋がピリピリする。生命の危険があるような場合は額の傷がずきずき痛む。

俺のこれまでの経験上、この不運予知の感度は極めて高い。これがあるからこそ、俺はこれまで不運を乗り越えて生き残ってきたと言っても過言じゃない。

リスクが明らかでなく未だ顕在化していない以上、安全と良好な関係の確保を優先すべきだろう。


「アイちゃん、お前をしばらくここに置いてやってもいい。ただし条件がある。1つ、俺が許可しない限り俺には触らない。これは、将来、アイちゃんがこの部屋から出て行った後もずっとだ。2つ、俺を真似ても良いがこの部屋でだけだ。部屋の外では真似てはならない。3つ、ここにいる限りは、俺の頼みはなるべく聞くこと。良好な関係を維持するためだ。無理なことや嫌なことは断ってもいい。この条件を飲めるなら、しばらくいてもいい。」


『のむ』


ためらいのない即答。この中にアイの嫌がるものでもあれば目的を推測しやすかったのだが。当面は現状維持しかないかな。


「わかった。では、お互い尊重しよう。アイちゃんも何か要望があれば言ってくれ。可能であれば検討する」


『はい』


それきり、アイちゃんは触手をひっこめて、ピクリとも動かなくなった。

依然として、首筋に嫌な予兆はなかった。

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