高校1年、デビュー失敗
僕は今から開いてしまった怪異の扉を閉じようと思ってる。
それによって仮に僕が全ての記憶から消え去るとしても、僕はいまここにいる。
だから最後の記念にこれまでの思い出を書き記す。これは僕と、僕の新しくできた5人の友だちが歩いた記憶。僕の記憶が失われてしまえば一緒に消え去ってしまうかもしれない大切な記録。
この本は僕が新谷坂高校に入学してからの、だいたい3年間の話だ。結末はまだわからない。けど、友達みたいに前向きでいたいと思ってる。
誰かが僕のことを覚えてくれていることを願って。
◇
中学を卒業して、僕は1人、この神津市に引っ越してきた。
短い春休みはずっと引っ越し作業に追われて慌ただしく過ぎ去り、気がついたら桜は満開。風が花びらを吹き散らす中を寮から入学式の行われる講堂に急ぐ。
今日から新しい生活が始まる。この新谷坂高校で。
そもそも僕が一人暮らしをすることになったのは両親の転勤が切欠。両親はもともと転勤が多くて僕もその度に一緒に転校していた。ひとつところに留まるのは3ヶ月から長くて一年半くらい。だから僕にはあんまり友達はいないんだ。
それで中学3年から高校1年に上がるこの春、両親は二人ともが別々の県への転勤が決まった。それでどっちに付いてくるか聞かれたんだ。
これまでの僕は転校人生だった。だからせっかくだからひとところに落ち着いて友達がほしかった。どちらについていっても転勤は続くだろうし。
両親にそう言うと子どもっぽくないなと笑われた。けれども反対はされなかった。
それで全然知らないところよりは今の中学の友達とも休日に会えるところ、ということで隣の神津市の寮制高校の説明会に行った。自由な校風に寮での規律ある暮らし。忙しくて僕の面倒をみるのが大変だった両親を説得するには十分な条件。
受験して、合格した。
新しい生活にはちょっとだけ希望があふれてた。
でも、結局のところ新谷坂高校に入学してからも結局僕の生活はぱっとしなかった。
ようは、高校デビューに失敗したんだ。転校続きで継戦的コミュ力が低かったんだと思う。人間関係って難しい。
正直なところ1年4組の最初のホームルーム、自己紹介の時間のアレも悪かったんだと思う。
「東矢一人です。東の矢に一人と書きます。隣の三春夜市から・・・」
「一人? ボッチ?」
少しざわめいていた教室になぜかよく響いてしまった女子のつぶやきに空気が凍り付く。
十秒ほど無音の世界が過ぎた後、その子はきょろきょろと周りを見回す。
「あ、ごめんごめん。悪気ない」
てへへと手を軽く擦り合わせながら謝った。
その子、末井ナナオさんには本当に悪気はなかったらしい。でも、出合頭の「ボッチ」発言は、同級生にとってもどう反応したものかわからない問題で、その結果、同級生とは微妙な距離を取られてしまった。なんという不意打ち。
それからもう一つの誤算。
新谷坂高校は寮制の高校だから地元の子は少ないんじゃないかと思っていたんだけど半分くらいは地元の子だった。地元の子は地元の子ですでにグループができていて、転入組もなんとなく自然とグループができあがっていく。
僕はというとその流れになんとなく乗り遅れ、気が付いた時は、すでにポツンと一人だった。
そんな中で僕に声をかけてきてくれたのも、そもそもの発端のナナオさんだった。
「ようボッチー、何見てんの」
「買物行こうと思うんだけどさ。お店がよくわかんなくて」
「ふうん、何買うんだ?」
「お菓子とか。あと本屋さん」
「んー、なんなら案内すっか?」
「えっいいの?」
ナナオさんは、地元出身で渡に船。僕は新谷坂町には来たばかりで右も左もわからなかった。
ナナオさんはなんていうか、いわゆるギャルっぽい人。明るい金色の髪を頭の上にくるりと結い上げて、制服もゆるく着崩している人。新谷坂高校は制服はあるけど、服装規定はかなりゆるい。
クラスでは『ナナ』と呼ばれていて、パッと見はちょっと怖かったけど、とても良い面倒見がいい人。道端で困っていそうな人がいれば声をかけずにはいららないような。
『ボッチ』みたいに何の気なしの発言がちょくちょく自由に人に刺さってるけど、周りを明るい雰囲気にさせる人。僕には圧倒的に欠けてるスキル。
それから僕とナナオさんは怪談話が好きっていう共通点もあった。それとナナオさんはあまり新谷坂を離れたことがないらしく、転校続きの僕に色んな街の話を聞きにきた。どこにはどんな名物があって、そこにはこんな面白いお化けの話がある。僕は全ての都道府県の半分くらいは住んだことがある計算。
だから時々ナナオさんが休み時間や放課後に僕に話しかけてくる、という関係に落ち着いた、気がする。
ナナオさんは『ボッチ』という発音が気に入ったらしく、僕が嫌がらないか確認してから、僕をボッチーと呼ぶことに決めたようで、今もナナオさんからはボッチーって呼ばれてる。当然ながら、他の人からは呼ばれていない。
最終的に同級生との関係も悪いって感じでもなくて、ナナオさんが取りなしてくれてちょっと距離を置かれたくらいで落ち着いた。この時点では。
そうだなぁ、話しかければ普通に会話するけど、わざわざ話しかけても来ないという、僕の希望とは少し違う結果。まあ、仕方ないよね。
さて、本論に戻って、僕が怪異の扉を開ける切欠は4月の終わり、ゴールデンウィーク直前の下駄箱前で、その話はやっぱりナナオさんが楽しそうな足音と共に持ってきた。
クラスがゴールデンウィークに沸きたって、なんとなくみんなそわそわしていたころだと思う。
でも、ナナオさんが持ってきたのは、怪奇現象の話だった。
「なーボッチー。新谷坂山の封印の話って知ってる?」
これが全ての始まり。ここから全てが始まった。
新谷坂山はこの学校が建っている山だ。ぴゅうと春先にしては冷たい風が昇降口に吹き込んで、ざざりと不思議な香りが漂う。
でもナナオさんと同じく怪談話が大好きだった僕はそんなことは気にせずに、思わず答えてしまう。
「えっ何それ! どんな話?」