わたしの星はどこですか
ある寒い冬の晩、きらびやかな電飾にあふれた夜の街で、行きかう人々のあいだを忙しく駆けまわるひとりの少女がありました。
「マッチはいりませんか —— マッチでございます —— マッチは……」
グレーのコートを着た貴婦人が、緑色のマフラーを巻きなおしつつ、少女の脇を通りすぎます。
「あの、マッチ……」
つめたくかわいた風が吹き、木の葉を巻きあげます。少女の羽織ったコートにはほうぼうに穴が空いていますから、少女は寒くて腕をさすり、縮こまります。
それでも少女は、行きかう人々へけなげにマッチを勧めます。
「マッチはいりませんか —— マッチでございます —— あの、マッチです……」
多くの人はなにも答えず通りすぎますが、一言投げかけて、また歩いていく人もあります。
「他人の迷惑を考えろ」
それでもけなげに、少女はマッチを勧めます。
「そうでしたか —— お忙しかったですか —— 申し訳ないです —— どうもすみません……」
やがて、人通りも少なくなって、少女はマッチを売るのをあきらめて家へ帰ろうかと考えはじめました。
けれど、—— まだひとり来るかもしれない、マッチを買ってくれるお客さんが通りかかるかもしれない —— そう思うと、帰るに帰れません。星空は高く、どこまでも高く……少女はふと、あの中に自分の星が入っているのだろうかと、考えはじめました。
「わたしの星は、どこですか……」
少女は長いこと、そうやって星空を眺めていました。それからまた足を踏みだしたとき、
「なにを売っているのかね」
ひとりの老人が、少女に声をかけました。
「マッチでございます」
少女は明るく答えます。
「マッチか」
「はい、マッチです」
老人は、温かそうなマフラーにかかるあご髭を触りつつ、
「ひとつ見せてはくれんかね」
「ええ、もちろん」
少女はうれしくなって、急いで商品のマッチ箱を老人の手に手渡しました。
老人は笑って、
「まず、手袋をとらんと……」
手袋をとって、老人はマッチ箱を眺めます。そうしながら歩きはじめたので、少女も老人について歩きだしました。
「ふむ……、これを売って歩いていたのか」
「ええ。……あ、もしよかったら、ひとつお試しに」
「ご苦労だね」
「あ、ありがとうございます……」
それから少女は黙ってしまい、ただただ、老人の後をついていきました。なにせ、自分の商品を手にとって眺めてもらえるお客さんには、ただの一度も出会ったことがなかったのですから。
やがて、老人は立ち止まりました。
「うん、頑張ってくれたまえ」
そう言うと、老人は少女にマッチの箱をかえしました。
「お気に召しませんでしたか」
肩を落とす少女に、老人はなにも言いませんでした。さすがに気の毒に思ったのか、自分のマフラーを外して少女の肩へかけてやって、それからまたなにも言わずにふりかえって、通りに面した大きな建物の戸口へと消えていきました。
少女は、もうなにがなんだかわからなくなって泣きだしそうになりましたが、必死にこらえて老人の消えた戸口へと駆けよりました。突然のことで、お礼もなにも言えなかったものですから。
少女は、建物の戸口に着くなりノックをしようと手を出しましたが、そこで貼り紙のあるのに気がつきました。そこには、大きな文字でこう書かれてありました。
「マッチひとすじ五十年。絶対の自信がありますので、卑しいセールスはいたしません。」