テンプレ回避したはずなのに
「どうしてこうなった……」
そう呆然と呟く以外、何ができただろうか……
ある日の朝。
スマホの充電が切れていたせいで目覚ましが鳴らず、遅刻しそうでご飯も食べずに慌てて家を飛び出した。
もちろん、パンを咥えてなんていない。
四つ角を曲がった瞬間、目の前に見えた人にぶつかりそうになった。
咄嗟に横っ飛びをして神回避!
素晴らしい!美真選手、100点!満点です!
思わず自画自賛。
あ、美真って私ね。田中美真。
「ごめんなさい!」
急いでいたし、突然目の前に現れたせいで、相手をよく見ないまま謝って駆け去った。
後ろの方で何か言っていたような気がするけど、よく聞こえなかったし、ぶつかっていないのだから文句はないだろうと放置した。
家から学校までは歩いて20分の距離がある。
それをずっと走り続ける体力は私にはないから、休み休み走ってなんとか見えた校門には、数人の風紀委員が立っていた。
どうやら抜き打ちの服装検査のようだ。
「ヤバい、リボンしてないっけ……」
けれど大丈夫。
普段付けてる学校指定の物じゃないリボンは家に忘れてきたけど、指定の物は通学カバンに入れっぱなしにしてあるのだ!
立ち止まってカバンからリボンを取り出し首に引っ掛ける。
簡単に付けられるタイプで良かった。
いつもはスカートのウエスト部分を折り曲げて短くしているけれど、今日は時間がなかったから規定の長さのままだからそれもセーフ。
本当は裾を切っちゃう方が綺麗なんだけど、こういう時は便利でいいよね。
既に始業5分前を切っているから、急いで校門に向かう。
「おはようございまーす」
愛想は良くしといて損はないからね!
「おはよう」
あ、この人、よく噂になるイケメン風紀委員長な先輩だ。
目の前を走り抜けたらやましい事があると思われてしまうから、普通に歩いて通り過ぎる。
ジロジロと見られはしたけど特に問題はないらしく、呼び止められる事はなかった。
走ったら怒られるかな?どうだろ?
分からなかったから昇降口までできる限りの速歩き。
急いで靴を履き替えてから、2階の教室までダッシュした。
「はー……はぁっ、はぁっ、間に合った―……」
なんとか息を整えながら机に向かう。
「おはよ。寝坊?珍しいじゃん」
友達で隣の席の知恵ちゃん。
「おはよー。スマホの充電切れててさ―、アラーム鳴らなかったんだよぉ……」
椅子に座ってから机にへたり込む。
「うわ最悪。間に合ってよかったね―」
「ホント。朝から体力使い果たしたよ……」
キーンコーン。
始業の鐘が鳴り響いた。
1分くらい前に着いてたって事かな?
まぁ先生はすぐ来ないからもうちょっと余裕あったのかも。
風紀委員がいたから校門前で鳴ってたらアウトだけど。
先生が来てHRが始まり、そのまま昼休みまで授業も滞りなく終わった。
「購買行ってくるー」
別に、遅刻しそうだったからお弁当を忘れた訳じゃなく、普段から昼食は購買なのだ。
「あ、私も行く―」
「うん」
知恵ちゃんと連れ立って購買へ向かった。
購買はいつもと変わらず混んでいる。
「ジュース買ってくるね。美真ちゃんミルクティ買ってくる?」
「うん、よろしくー」
ジュースを買いに来ただけらしい知恵ちゃんは、購買前で別れて自販機へと向かった。
いつも私が昼ご飯の時にミルクティを飲んでいるから、ついでに買ってきてくれる事がよくあるのだ。
知恵ちゃんと別れた私は購買の行列に並ぶ。
購買はあまり遅いと売り切れる事もあるらしいが、今まで私が昼休みに買いに来た時に売り切れていた事はない。
「カスタードメロンパン1つ~!」
女子の平均身長の私は、目の前に背の高い男子がいると前が見えなくて選ぶのに苦労するが、今日は運良く商品がよく見えたから、購買のおばちゃんの前に着いてすぐに注文する事ができた。
時々運動部の男子が無理矢理割り込んできたりして、ちょっとした騒動になる事もあるけど、今日は何事もなく平穏に買い終えた。
「おまたせー」
少し離れた所に立っていた知恵ちゃんの所へ向かって、ミルクティを受け取りながら教室へ戻る。
「そういえばさ、4組に転校生来たんだって。知ってた?」
教室で知恵ちゃんと机に向かい合ってパンを食べていた時にそう言われた。
「4組か~。私達には関係ないよねぇ」
私達は1組だから、4組とは合同授業もない。
「なんかさ、すっごいイケメンなんだって!休み時間の度に見物人が来てるみたいよー」
「へぇ……風紀委員長とか運動部クンみたいな?」
運動部クン……購買の問題児ね。
ちなみに私は騒動の当事者になった事はないから、話した事もないし、興味もないから顔もあんまり知らない。
「いや、王子様(笑)なんだって!正統派美少年?」
「……知恵ちゃん……」
ププッと笑いながら言う知恵ちゃんに、つい呆れた眼差しを送ってしまう。
「そんな顔しないでー!だって王子様だよ?どんなだよ!って思うじゃん?」
「気になるなら見てくれば?」
「えー、美馬ちゃん興味ないの?一緒に行こー?」
「えー……面倒臭い」
「面倒臭いって!女の子として間違ってる!」
ため息交じりに言った私に、知恵ちゃんは大袈裟に驚いてみせる。
「知恵ちゃんだって『女の子』として見たいんじゃなくて、単に興味本位で見たいだけだって分かってるんだからね?」
今度こそ本気でため息をついた私に、知恵ちゃんは笑った。
「バレたか」
「バレるよ。だって王子様系なんてタイプじゃないでしょ?」
「王子様系のマッチョがいるかもしれないじゃない!」
そう、知恵ちゃんはマッチョ好きなのだ。
しかも、細マッチョではなくゴリ系の。
「…………細マッチョならともかく、王子様顔のゴリマッチョはちょっと見たくないかな……」
「……意外に…………いややっぱダメか……?」
知恵ちゃんは想像がつかないのか、うぅんと悩んでいる。
「まぁ、転校生はマッチョじゃないでしょ。もし知恵ちゃん好みだったらもっと(ある意味)話題になってそうだし……」
そもそもゴリマッチョな高校生はなんか嫌だ。
柔道部とかならありなんだろうけど……
「そうだよね。あー早く彼氏欲しい~」
「……その発言は下心しか見えないよ……」
彼氏が欲しいと言うか、ゴリマッチョな筋肉を触り放題したいだけだと知っている。
結局転校生を見に行く事もなく、この昼休みは知恵ちゃんの筋肉談義で終わった。
放課後。
「じゃあ、また明日ね―」
授業は何事もなく終わり、部活もない私は知恵ちゃんと別れて教室を出た。
知恵ちゃんは柔道部のマネージャーなのだ。
うん、業が深い……
「バイバイ!また明日ね―」
「ばいばーい」
昇降口で上履きを履き替えて校門に向かう。
校門付近はいつもと違い、何やら人だかりができていた。
(すっごい邪魔……)
人だかりはほぼ女子の集団で、中心らしき所へ向かってキャーキャー甲高い声をあげている。
そこには女子よりもゆうに頭一つ分は高い、茶髪で隠れた横顔があった。
(芸能人でもいるのかな……?)
少しだけ見てみたい気もしたけど、この集団の中に入っていく気力はないからすぐに諦めて帰る事にした。
人だかりの中、かろうじて空いている隅っこをなんとか通り抜ける。
チラリと振り返った時に、その茶髪の持ち主と目があった……ような気がした。
が、気のせいだろうとそのまま帰宅したのだった。
こうして私の、寝坊した事を除けばいたって普段通りの一日は終わった。
次の日。
寝坊をせず、普段通りの時間に登校できた。
校門を通り過ぎて少し歩いた頃だった。
「あの、すみません!」
そんな声に、振り向かなければ良かったんだろうか?
後ろから聞こえた声に、つい振り返ってしまった私が目にしたのは、見た事もない茶髪で長身の男子。
……王子様系の。
呼び止めたのは自分じゃないだろう……とスルーする事ができないくらい、ガッツリ目が合ってしまっている。
「……なんですか?」
なんとなく嫌な予感がするのは、虫の知らせなのだろうか……
「あ、あの!あの、俺……昨日転校してきた誠一っていうんだけど……」
……何故、下の名前を言う……?
「はぁ……」
「あの……」
そこで言葉を詰まらせた彼は、そのままモジモジと困った様子で何やら言い淀んでいる。
「……最寄りのトイレならあそこの部室の向こうですよ」
「違っ……!?そ、そうじゃなくて!」
トイレの方を指差した私に、ギョッとした彼はブンブンと首を横に振った。
まぁ、あんまりな言い方だったのは自覚している。
「じゃあなんですか?早く教室行きたいんですけど」
だって、こんな王子様系イケメンが立ち止まって何かしているこの現状を、登校してきた生徒達が興味深げに見物し始めているのだ。
私は目立つ事なくひっそりと悠々自適に生きたいんだ。
こんな目立つイケメンとは関わりたくない。
「あ、あの……君の名前は……?」
えぇー……それ聞く?
「……………田中です……」
ごめん、隠せない程嫌な顔してると思う。
けどホントごめん。嫌な予感しかしないんだ……
「下の名前は……?」
「……匿名希望で……」
なんとなく、ここで応えたら下の名前を呼ばれそうだから回避した。
「匿名希望!?」
……王子様オーバーリアクションだなぁ……
「じゃあ、私はこれで……」
もう面倒になったから、王子様にくるりと背を向けて昇降口に向かおうとした。
「ま、待って!」
慌てたように後ろから腕を掴まれた。
痛くはなかったけど、あまり他人との接触が好きじゃないので不快感が込み上げる。
「……離してくれます?」
「ご、ごめん!」
パッと素直に離してくれたので、仕方なくもう一度彼に向き直す。
「何か要件があるなら早くするか、後日してもらえませんか?もうHR始まっちゃうんですけど」
「あ、そ、そうだよね、ごめん……」
しょぼんとした顔は、きっと女子が可愛いと騒ぐのだろう……というか、現に周りにできつつある輪から嬌声が上がっている。
というか、彼が私の腕を掴んだ時点で悲鳴が上がっていた。
……私に、恐ろしい形相で……
「で、どうするんですか?」
今話すか、後で話すか。
「あ、あの!」
彼はキリッとした、覚悟を決めたような顔で私を見つめた。
あ、これヤバい……
「ちょ、やっぱ後で話しま……っ!」
顔を引きつらせて咄嗟に遮ろうとしたのだが、遅かった。
「田中さん、好きです!一目惚れしました!俺と付き合ってください!」
ぎゃあああああああ!?
私の心の声と、周りの声が一致した。嬉しくない。
「お断りします!」
「ええーーー!?」
秒で即答した私の答えに悲鳴を上げたのは、王子様ではなく周りの男子生徒達。
女子は女子でさらに恐ろしい形相で睨みつけてくる。
なんでだよ!?
付き合わないんだからいいじゃない!?
「なっ……なんで!?」
王子様は王子様で、断られる訳がないと思っていたのか動揺している。
まぁ、こんだけイケメンだったら断られる事がないんだろうなぁ……
「いや、なんでと言われても……知らない人に言われても……」
「じゃあ……っ」
「ちょっと待てよ!」
さらに何かを言おうとした王子様を遮ったのは、人の輪を掻き分けて飛び込んできた運動部クン。
何故だ。
「美真ちゃんはオレが先に狙ってたんだからなー!転校生がしゃしゃり出てくんなよ!」
「はぁぁぁぁ!?」
これにはさすがに私も周りと同様に声を上げてしまった。
「美真ちゃん!オレと付き合ってくれ!」
ビシッと手を差し出して頭を下げてくる運動部クン。
試合後か!?
「え……お断りします」
なんで名前呼びとか、諸々言いたい事はあるけれど、とりあえずこの状態で手を取るなんてありえない。
こんな状態じゃなかったとしても取らないけど。
「ええ!? なんでー!?」
こちらも断られるとは思っていなかったのか、顔に思いっきりガーンという字が書かれているのが見えるくらいに大袈裟にショックを受けている。
「いや、なんでと言われても……初めて話したし……」
「じゃあこれから話せばいいじゃん!て事で付き合おっ!」
「なんでそうなる!?」
トンデモ理論でつい突っ込んでしまった。
「そうだよ!田中さんと付き合うのは俺なんだ!割り込んでくるなよ!」
すっかり忘れていた王子様も声を上げる。
「いや、両方共ちゃんと断ったんですけど!?」
「「だからなんで!?」」
駄々っ子か!?
「だからー……」
「何を騒いでいる」
私の言葉を遮ったのは、風紀委員長。
「もう始業の時間になる。生徒は早く教室へ行け」
特に声を荒げている訳ではないのに、綺麗に広がった静かな声に、周りの騒いでいた生徒達の輪がサァっと割れて、風紀委員長の姿が顕になった。
「げぇっ!風紀委員長!?」
呻き声を上げたのは運動部クン。
彼は色々と問題を起こしては風紀委員に怒られているので、その最たる風紀委員長は彼にとっては天敵なのだろう。
周りの輪も、風紀委員長に目を付けられたらどうなるのか分かっているので、視線をチラチラ送りながらも昇降口へ向かっていく。
「……じゃあ、私もこれで……」
「待て」
黙って行けば良かった。
風紀委員長に腕を捕まれ呼び止められる。
「指定のリボンをしていない。昼休みに風紀指導室へ来い」
うぇえ……
「は……ぃ……っ!?」
「悪い子の田中には、きちんとした躾が必要のようだからな……」
頷こうとした時、グイッとさらに腕を引かれて、低い声出そう耳元で囁かれた。
ギョッとして見た風紀委員長の口元は、うっすらとつり上がっていた。
笑わない風紀委員長がぁああ!?
怖い!怖い!!
しかもなんで名前知ってんのぉ!?
嫌な予感しかしない!!
「っすみませんでしたああああ!!」
腕を振り払って昇降口に向かってダッシュで逃げた。
恐ろしすぎてそれしかできなかったともいう。
自分の靴箱まで走ってから、その場に崩折れた。
よくある漫画のテンプレみたいに、パンを咥えて走って誰かにぶつかった事も、風紀委員に呼び出されて注意された事も、騒がしい運動部クンと関わった事も、今まで一度だってないのに。
それなのに。
「どうしてこうなった……」
そう呆然と呟く以外、何ができただろうか……
私のこれからがどうなるのか……
それは、誰にも分からなかった……
お試しでサラッと書いたので山も落ちもありません。
ついでに続きもありません。
面白くても面白くなくても評価してくれると嬉しいです。