3-⑤ 説得:その1(地図あり)
※本文中の、古代ギリシャの地名や人名に、日本の地名や人名を併記していますが、これは古代ギリシャに馴染みの無い方向けに、連想しやすくしてもらえるようにとくっ付けてみただけのものですので、基本的に内容には関係ありません。ただし、なるべく似通った地名や人名を選んだつもりです。
⑤
●
<O-285年><冬><種子-キュテラ島へと向かう船の上>
中堅市民b-テミストクレス(高杉晋作)
「心配ないですよ、ミルティアデスの旦那。お嬢さんも、キモン君も、あの毛利アルクメオン家が責任もって家まで送ってくって、そう約束したんだから。」
主役-ミルティアデス(小早川隆景)
「いや、心配なのは、こっちの事だ。とんだ船旅になりそうだ。よくよく考えてみたら、そんなにクレオメネス王と交渉したいのなら、あいつ(毛利元就)でもメガクレス(毛利輝元)でも自分で行って、直に説得すれば済む話しではないか! なにゆえ、我が輩らだけなのか?」
中堅市民b-テミストクレス(高杉晋作)
「いーや、それが駄目なんですよ。あの毛利アルクメオン家と、クレオメネス王、抜き差しならねぇ遺恨がありますからね。今からちょうど二十年ばかし昔の事だ。あなたは津軽半島-ケルソネソスに居たから、聞いただけでしょうが、奈良-デルポイの神託買収事件、民主制改革後の鹿児島-スパルタ軍による介入、毛利アルクメオン家一族のおよそ七百家族を追放した事、未遂に終わったが独裁者を強いて復帰させようとした事、などなど、これらの事が絡み合って、どちらも相手を相当恨んでるし、どちらも相手を相当疑ってる。もしも、その毛利アルクメオン家の者が代表となって、クレオメネス王に会いに行けば、まとまる話しもまとまらなくなっちまう、という訳です。」
主役-ミルティアデス(小早川隆景)
「そうなのか? ふ~む、たしかに、『山口-アテナイ人に対する怒りはすぐに薄れたが、あの連中に対する怒りだけは、未だに収まらん』と言われていたような気がしないでもない。」
中堅市民b-テミストクレス(高杉晋作)
「でしょう? そこで担ぎ出されたのが、あなたとこの俺という訳だ。弁が立つ男としては、いつものように手駒のクサンティッポス(桂小五郎)でも使いたいんだろうが、残念ながらあの男はメガクレス(毛利輝元)の妹婿ですからね、これでは王様の機嫌を損ねる可能性がある。かといって、他の有力市民に任せるのは、それはそれで、あとあとやっかいだ。そこで俺のような、『弁は立つが地位が無いやつ』ってのが適任と判断したんでしょう。」
主役-ミルティアデス(小早川隆景)
「そう言えば、君といつも一緒のアリステイデス(児玉源太郎)は、呼ばれなかったのか?」
中堅市民b-テミストクレス(高杉晋作)
「よして下さいよ、いつも一緒だなんて! だいたい、『正義の士』なんて綽名される奴、外交に使えると思います?」
主役-ミルティアデス(小早川隆景)
「しかし、裏表の無い人間は、相手の好意を引き出すには打って付けだぞ?」
中堅市民b-テミストクレス(高杉晋作)
「なるほど、確かに相手を騙くらかすには最適だ。でもね、裏表が無いように見える人間は良いにしても、本当に裏表が無い人間は、駄目でしょう? 特に、今回のように、謀略を含むような汚い事もするなら、ね。だって、そうでしょう? あの『正義の士』が、奈良-デルポイの神託買収なんて許すと思います? ご隠居さんにも、真っ先に苦言を呈しそうだ。」
主役-ミルティアデス(小早川隆景)
「ククク、たしかにそれはそうだ。」
中堅市民b-テミストクレス(高杉晋作)
「それに、そもそもあいつは弁が立つほうでもない。どっちかってぇと、論ずるより行動で示す男だ。言ってる事とやってる事がしばしば逆さまの、あの曲者揃いの鹿児島-スパルタ人相手に、弁論でどうこう出来る力は無いだろう、って判断でしょうね。俺もそう思う。」
主役-ミルティアデス(小早川隆景)
「しかし、弁が立たないというなら、我が輩も似たようなものだぞ?」
中堅市民b-テミストクレス(高杉晋作)
「あなたの場合はきっとそれが良いんだ。つまり、『地位はあるが弁は立たない』ってことでね、これも毛利アルクメオン家にとっては、大して危険な存在にはならないだろうから、とね。そういう事でしょ、きっと。」
主役-ミルティアデス(小早川隆景)
「ずいぶん、舐められたものだな。」
中堅市民b-テミストクレス(高杉晋作)
「だったら、逆手に取ってやりゃあ良いんです。決して消えない特大の手柄ってやつを、ここで立てちまえば良いんです。これを機会に、あの連中をいつか蹴り落とすための力を蓄えさせてもらやあいいんです。」
主役-ミルティアデス(小早川隆景)
「蹴り落とす? ・・・相変わらず、食えん男だな。」
中堅市民b-テミストクレス(高杉晋作)
「へへへ、お褒めの言葉をいただいた。」
主役-ミルティアデス(小早川隆景)
「やれやれ、ならば我が輩も少しは食えるようにでもしておくか。」
中堅市民b-テミストクレス(高杉晋作)
「でもね、ミルティアデスの旦那、あの連中のことを、決して舐めてはいけませんぜ? あの毛利アルクメオン家の、特に『ご隠居』と呼ばれるクレイステネス(毛利元就)の謀略だけは、はっきり言って異常だ。この俺ですらビビるぐらいにね。金の力、人脈の力、人気の力、家の力、そしてあいつの頭脳、それらを総動員してやられたら、敵う奴なんて、いやしない。でもね、とはいえだ、あのクレイステネスさえ居なくなりゃあ、他にはそれほどの人物は居ない。あの若いメガクレス(毛利輝元)の野郎なんて、やりようによっちゃあ、簡単に手玉に取って、自在に操れそうだ。
いずれにせよ、俺は、今はまだ、雌伏の時だと思うことにしてる。」
主役-ミルティアデス(小早川隆景)
「・・・しかし、君も凄いな。あんな化け物と、普通にやり取り出来ているのだからな。なるほど出世する訳だ。」
中堅市民b-テミストクレス(高杉晋作)
「そいつはどうも、と言いたいとこだけど、平凡な家に生まれついちまった俺のような人間は、そこそこの所まではいけても、それ以上には行けないってことも、よ~く解ってるんですよ。親父も、『政治家にだけはなるな』って、さんざん言ってましたしね。」
主役-ミルティアデス(小早川隆景)
「それはおかしいな、たしか君も、『山口-アテナイ市は、身分に関係なく、能力ある者が、責任ある役職を任されるのが強みだ』、とかなんとか自慢していたように記憶するが?」
中堅市民b-テミストクレス(高杉晋作)
「ええ、そうですよ、普通の役職程度ならね。しかし、重たい役職ならそうはいかない。民主制の国だって、結局は数が力なんですよ。たとえ能力がなくても、名家の跡取りに生まれつけば、一族郎党の何百票が、自動的に動かせる。対して、俺のような上流階級にギリギリ引っかかってるような、そんなちんけな一匹狼が動かせるのは、たったの一票。いくら能力があってもね。」
主役-ミルティアデス(小早川隆景)
「それは謙遜が過ぎるな。君ほどの弁舌なら、民会や議会で演説すれば、すぐに何百票、何千票の味方が現われるだろうさ。実際、君は大衆も巻き込んだ自分の一党を率いているではないか。」
中堅市民b-テミストクレス(高杉晋作)
「ククク、あなたも意外とお世辞が上手い。ええ、俺だって精々頑張っておりますよ。けどね、そんな大衆の投票なんて、幸運の紙風船とおんなじだ。ちょっとしたことで簡単に風向きが変り、全く逆に飛んで行っちまうことだって珍しくない。それに比べて一族郎党の投票は固い。あれを突き崩すのは、本当に骨が折れるんだ。」
主役-ミルティアデス(小早川隆景)
「まぁ、毛利アルクメオン家は、本当にやっかいではあるな。」
中堅市民b-テミストクレス(高杉晋作)
「さて、ミルティアデスの旦那。改めて、その毛利-アルクメオン家からの言伝です。これから、俺と共に鹿児島-スパルタ市へ行ってもらいます。そして、あの国の王・クレオメネス(島津斉彬)を説き伏せるのに協力してもらいます。」
主役-ミルティアデス(小早川隆景)
「それはもう解ったが、一つ聞いておきたいのだが、あの国は、外人が自国領に入って自由に歩き回ったり、人々と接触して浮ついた外の考えを植え付けられる事を、潔癖なまでに嫌っていたはずだ。下手な事をすれば、我が輩らの身の安全も危うくなるだろう。その辺のことは、本当に大丈夫なのか?」
中堅市民b-テミストクレス(高杉晋作)
「そいつは言い過ぎですよ。たしかに閉鎖的で有名な鹿児島-スパルタ市とはいえ、祭りの時にはだいぶ緩くなるし、それに本土ではなく島となれば、なおさら、そこまでうるさくは無いはずだ。」
主役-ミルティアデス(小早川隆景)
「まあ、それなら良いのだが。」
中堅市民b-テミストクレス(高杉晋作)
「それと、これは俺の仕切りなんだけど、その祭りに、悲劇を一つ二つ奉納することになってるんですよ。前にも言ったと思うんだが、訓練兵の時の同期にアイスキュロス(世阿弥)っていう奴がいましてね。そいつは劇作家として売り出し中だから名前ぐらいは聞いた事あるかもしれないが、そいつが合唱団と共に、今頃別の船でもう島に着いてる段取りでしてね。ちなみに、そいつに頼んだ演目は、『ミレトスの陥落』だ。」
主役-ミルティアデス(小早川隆景)
「ん? それはもしかして、プリュニコス(観阿弥)のあれか?」
中堅市民b-テミストクレス(高杉晋作)
「その通り!」
主役-ミルティアデス(小早川隆景)
「おいおい、あれは上演禁止になったやつだろう?」
中堅市民b-テミストクレス(高杉晋作)
「ヘヘヘ、他所でなら構わんのですよ。あれほど観客を泣き狂わせるんだから、あの劇はまごうかたなき傑作だ。こいつを利用しない手はない。」
主役-ミルティアデス(小早川隆景)
「やれやれ、プリュニコス(観阿弥)には千ドラクマ(およそ千万円)もの罰金を課しておきながら、なんという不条理だ。いったい、君らは何度、我が輩の意表を突けば気が済むのだ?」
中堅市民b-テミストクレス(高杉晋作)
「ヘヘヘ、相手を驚かすのは、交渉術の基本ですぜ?」
主役-ミルティアデス(小早川隆景)
「こっちの身にもなってくれ。さすがにもう、これで最後であるよな? ん、まだ何か企んでいるのか、君たちは?」
中堅市民b-テミストクレス(高杉晋作)
「さてさて、ミルティアデスの旦那。そろそろ良いかな。ではここで、最後の出し物を紹介といきましょう。実は、あなたに会わせたい人が居る。」
主役-ミルティアデス(小早川隆景)
「はぁ~、またなのか?」
中堅市民b-テミストクレス(高杉晋作)
「この船に、たまたま乗り合わせる筈の、鹿児島-スパルタ市の王族だ。」
主役-ミルティアデス(小早川隆景)
「王族!?」
中堅市民b-テミストクレス(高杉晋作)
「ほら、あの御一行の、先頭を歩く男に見覚えありませんか?」
主役-ミルティアデス(小早川隆景)
「ん? 先頭の男の、髪の毛とヒゲが、半分しかない!」
中堅市民b-テミストクレス(高杉晋作)
「ヘヘヘ、あの一行は、クレオメネス王から使わされた使節団でね、奈良-デルポイの神託をこれから王に報告するため、この三段船に乗って種子-キュテラ島へと向かうのです。けれど、船の旅ってやつは、最初はいいが、すぐに飽きちまう。そこで、たまたま乗り合わせた旅人を、暇つぶしの相手にするため王族が呼び寄せる、というのは全く以て自然な流れだ。お付きの者たちにも、糞転がしの糞ほども怪しまれない、って事でね。」
主役-ミルティアデス(小早川隆景)
「・・・これも、お前たちの計画通りなのか?」
中堅市民b-テミストクレス(高杉晋作)
「おや、どうやらあの御一行も、この早船に乗るようですよ? 奇遇ですな~。後からご挨拶にでもいかねばなりませんな〜、ミルティアデスの旦那? フフフ」
主役-ミルティアデス(小早川隆景)
「・・・。」
●




