3-① 娘と息子:その1(地図あり)
<注意書き>
※本文中、古代ギリシャの地名や人名に、日本の地名や人名を併記していますが、これは古代ギリシャに馴染みの無い方向けに、連想しやすくしてもらえるようにとくっ付けてみただけのものですので、基本的に内容には関係ありません。ただし、なるべく似通った地名や人名を選んだつもりです。
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<幕前>
主役の独白
「我が輩の名はミルティアデス。
倭-ギリシャ民族の男で、まだまだ働き盛りの六十四歳。かの、音に聞こえた倭-ギリシャ本土の強国・山口-アテナイ市の、単なる一市民だが、かつては津軽半島-ケルソネソスの主であった。つまりは、いっぱしの権力者であり、名の知れた大名だったのだ。・・・いや、もう止めておこう。過去がいったいなんだと言うのだ。今の我が輩は、ただの負け犬。領地を失っただけでなく、誓い合った仲間や、愛おしい家族すら守ってやれない能無し。
あぁ、もう我が輩に関わるな! 我が輩は運に見放されている。我が輩に近づけば、そなたも不幸になる。もうこれ以上、我が輩のせいで悲しい人を増やしたくない。
ん? ・・・そうか、そうだな。解った、やり直そう。
我が輩の名はミルティアデス。
倭-ギリシャ民族の男で、まだまだ働き盛りの六十四歳。かの、音に聞こえた倭-ギリシャ本土の強国・山口-アテナイ市の一市民、・・・いや、ただの男だな。我が輩は散歩が好きだ。町城を出て、田舎や山の向こうまで歩いて行くと、人が少なくなって、良い気晴らしになる。草木の中で、鳥や虫に囲まれながら、遠く平野や海原を眺めていると、色々なことが、どうでも良く思えてくる。そなたもそうであろう?
いや、違うな。あぁ、判っているさ。もしも、この麗しき故郷が、野蛮な異民族に蹂躙されるような事があったなら、放っておくことなんて、出来やしない。でも、こんな我が輩に何が出来る? 何も出来ない、何も!」
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①
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<O-284年><春><山口-アテナイの町中にて>
幼なじみ娘
「おはようございます、奥様。エルピニケさんいらっしゃいますか?」
後妻-ヘゲシピュレ(問田大方)
「あら、ちょっと待ってもらえる? あの子まだ、お化粧してて。」
幼なじみ娘
「はい。でも彼女、奇麗だから、そんな時間かけなくても大丈夫なのに。」
後妻-ヘゲシピュレ(問田大方)
「フフフフ、それよりあなた、とっても可愛いらしい衣装ね! 化粧もばっちりして、もういっぱしの女性ね。」
幼なじみ娘
「ありがとうございます! ちょっと気合いいれちゃいました。」
長女-エルピニケ(容光院)
「おはよう! ごめんね、ちょっと化粧が気に入らなくて。」
幼なじみ娘
「んーん、大丈夫よ。でも、そろそろ行かないと、お祭りの練習が始まってしまうわ。」
長女-エルピニケ(容光院)
「うん、わかってる、じゃあ行きましょう!」
後妻-ヘゲシピュレ(問田大方)
「あなたたち、護衛の男を付けなくて、本当に大丈夫?」
長女-エルピニケ(容光院)
「それが、女だけの祭りだから、男は御法度らしくて。そうなのよね?」
幼なじみ娘
「はい、でもご安心を、奥様。津軽半島-ケルソネソスの娘たち皆なで一緒に行きますから。男たちもきっと避けて通りますよ。」
後妻-ヘゲシピュレ(問田大方)
「あら、そう。それならいいけど。」
長女-エルピニケ(容光院)
「それでは、お母さん、行ってきます!」
幼なじみ娘
「奥様、行って参ります。」
後妻-ヘゲシピュレ(問田大方)
「行ってらっしゃい、二人とも気をつけてね!」
二人
「「は~い!」」
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長女-エルピニケ(容光院)
「ねぇ、踊りの振り付け、もう完璧?」
幼なじみ娘
「うん、昨日の夜遅くまで、何遍も練習したから、もうバッチリの筈!」
長女-エルピニケ(容光院)
「えー、どうしよ。わたしあんまり自信ないなー。」
幼なじみ娘
「またまた~、エルピニケはなんでも上手だから。」
長女-エルピニケ(容光院)
「えー、そんなことないよう!」
ケルソネソス娘たち
「「「お~い~! 早くぅ、早くぅ~!」」」
幼なじみ娘
「エルピニケ、もう皆な集まってるよ! ね、気合い入ってるでしょう?」
長女-エルピニケ(容光院)
「ほんとだね!」
幼なじみ娘
「長州-アッティカの娘なんかに、負けてらんないしね!」
長女-エルピニケ(容光院)
「みんなおはよう、今日はよろしくね!」
ケルソネソス娘たち
「「「エルピニケさん、おはよう、今日はよろしくね!」」」
長女-エルピニケ(容光院)
「じゃあ、練習場所まで行こっか。遅刻しないようにね。」
幼なじみ娘
「あなたが、それ言う?」
長女-エルピニケ(容光院)
「うん、急ごう急ごう!」
ケルソネソス娘たち
「「「フフフフ、急ごう急ごう!」」」
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<O-284年><春><壁の外の田園の中のとある神社にて。>
女祭りの実行委員長-アガリステ(津和野局)
「あら、ようやく来たわね。」
長女-エルピニケ(容光院)
「皆さん、今日は、お祭りの練習に呼んでいただき、どうもありがとう! わたしたちも、踊りの振り付けを頑張って覚えてきたの。よろしくね。」
女祭りの実行委員長-アガリステ(津和野局)
「あら、誰がそんなことやってくれって頼んだのかしら?」
長女-エルピニケ(容光院)
「え? でもお祭りでは踊りをみんなでやるって聞いたから、密かに練習して皆さんを驚かそうって、そう考えたの。サッポオ(和泉式部)の歌よね? フンフーン、『その人はー さながら神に 見ゆるかなー 向き合ふ声の 甘く明るく ほのぼのとー』、ってね。」
女祭りの実行委員長-アガリステ(津和野局)
「それは前回までの話しよ。今回からは別の歌になったの。」
長女-エルピニケ(容光院)
「えっ、それならそうと、予め教えてくれたら良かったのに。」
女祭りの実行委員長-アガリステ(津和野局)
「ちょっと止めてよ! まるであたしたちが意地悪で教えなかったみたいな、そんな酷い言い方するのは! そうよねぇ?」
アッティカ娘たち
「「「そうよ、そうよ!」」」
女祭りの実行委員長-アガリステ(津和野局)
「そうよねぇ? あたしたちはこの祭りの実行委員だから、歌や踊りの演目は、あたしたちが候補を決めて、みんなの投票でどれにするかが決まる。ここのところ例年通りにやってたけど、たまには変えたいじゃない? あなたたちも女祭りに参加するなら、当然、あたしたちのところに挨拶に来て、祭りの演目やら振り付けやらを確認すべきよね? それがいつまでたっても、あなたたち津軽半島-ケルソネソスの娘たちは、自分たちだけで固まって、ろくに挨拶にも来ないのよね。そうよねぇ?」
アッティカ娘たち
「「「そうよ、そうよ!」」」
長女-エルピニケ(容光院)
「・・・ごめんなさい、それは気がつきませんで。でも、わたしたちはあっちでの生活が長かったものだから、こちらの慣習については疎いところがあるの。お手柔らかにしていただけると、助かるのだけれど。」
女祭りの実行委員長-アガリステ(津和野局)
「あらあら、知らなかったら、何をしても許されるわけ? そういえば、こないだうちの近所で泥棒が捕まったけれど、その泥棒はこう言い訳したそうよ。『たしかに自分は馬を連れて行ったが、それが誰かの持ち物だったかなんて全く気づかなかったんだ。ちょうど野良馬が落ちていたから、全く悪気なく、ただ拾っただけなんだ』ってね。ちなみにその馬には大層ご立派な鞍や手綱がついていたそうよ。そんな野良馬いるわけないのにね、そうよねぇ?」
アッティカ娘たち
「「「そうよ、そうよ!」」」
長女-エルピニケ(容光院)
「そんな! わたしたちは、津軽半島-ケルソネソスから命からがら避難してきて、なにかと忙しかったし、親や兄弟を亡くして悲しみに沈んでいた子も居るわ。わたしだってお義兄さんを失っている。それがようやく落ち着いてきたので、お祭りにも参加して、元気を出して皆なで頑張って行こうって!」
女祭りの実行委員長-アガリステ(津和野局)
「でも、あなた達が来てから、もう一年以上になるわよねぇ。一年半? それだけあれば、犬なら大人になって立派な番犬にでも育ってる頃よ? あたしは長州-アッティカの女たちを率いて、お祭りの仕切りなんかもやらせてもらってる。自分の子供を育てながらだから、かなり忙しいけどね。あなたたちも、他所から来て寂しいんなら、当然あたしたちに挨拶して相談の一つでもするべきじゃないの? それが一度も無いってことは、あんたたちは、あたしたちの事を軽く見てるって事でしょ? そうよねぇ?」
アッティカ娘たち
「「「そうよ、そうよ!」」」
長女-エルピニケ(容光院)
「・・・。」
女祭りの実行委員長-アガリステ(津和野局)
「ねぇ、エルピニケ? あなた、津軽半島-ケルソネソスから来た娘を百人余りも従えてるからって、調子に乗ってるんじゃないの? でもね、あたしら長州-アッティカの娘は、数千人は居るんだからね? 身の程をわきまえなさいよ? そうよねぇ?」
アッティカ娘たち
「「「そうよ、そうよ!」」」
長女-エルピニケ(容光院)
「わたしは別に、調子に乗ってるとかないから!」
女祭りの実行委員長-アガリステ(津和野局)
「あら、どうかしら? あなたの父親は、こないだ弾劾裁判を受けていたわよねぇ?」
長女-エルピニケ(容光院)
「でも無罪だったわ! それがどうかした?」
女祭りの実行委員長-アガリステ(津和野局)
「無罪にはなったけれど、ギリギリだったわよねぇ? あともう少し陪審員の賛成票が多ければ死罪だったのよねぇ? しかもその罪状は、『独裁者になろうとした』っていう最低最悪のものだった。そうよねぇ?」
アッティカ娘たち
「「「そうよ、そうよ!」」」
長女-エルピニケ(容光院)
「だからそれは誤解だしっ! それを証拠に父は無罪だったでしょ!」
女祭りの実行委員長-アガリステ(津和野局)
「さあ、どうかしら? それはあなたのその態度を見ていればよく判るわ。」
長女-エルピニケ(容光院)
「どういうことよ!」
女祭りの実行委員長-アガリステ(津和野局)
「あら、自分では気づかないのかしら? あなたはまるでお姫様気取りで、そこに従えてる百人余りの娘たちを、まるで下僕のように扱ってるわよねぇ? そんなあなたのお手本は、独裁者になりたかった父親なのかしら? それとも、陸奥-トラキアの王女だったというあなたの母親の影響なのかしら?」
長女-エルピニケ(容光院)
「違う!」
女祭りの実行委員長-アガリステ(津和野局)
「違わないわ! 言い訳できないように、教えてあげる! ここ山口-アテナイ市ではね、市民はみんな同輩なの。役職による違いはあっても、生まれに上も下も無いの。もちろん、金持ちもいれば、貧しい人も居るけど、市民が他の市民を使用人や奴隷にする事は固く禁じられているのだから、ここでは王様のように振る舞う人間は、罪人なの。あなたの父親もそれね?」
長女-エルピニケ(容光院)
「違う! 絶対に違う! それ以上お父さんの悪口を言うんなら、黙ってないから!」
女祭りの実行委員長-アガリステ(津和野局)
「あら、あたしたちを脅す気? でももう怖くないわよ? これまでは、名門・小早川ピライオス家のご令嬢だし、津軽半島-ケルソネソスの娘を百人余りも引き連れてるから、みんなビクビクして遠慮してたけど、その父親があろうことか弾劾裁判にかけられたんだからね。ギリギリ無罪だったみたいだけれど、もしも娘のあんたが、あたしたち長州-アッティカの娘を脅したり怪我させたりなんて事件を起こせば、それみたことかって具合に、また訴えられたら、次は確実に死罪でしょうからね? あたしたちは、独裁者の不当な圧力と脅しには、断固として抵抗するわよ! そうでしょ、みんな?」
アッティカ娘たち
「「「そうよそうよ、その通り! 独裁を目論む他所者なんかに、長州-アッティカ娘は決して屈服しないわ!」」」
長女-エルピニケ(容光院)
「なんなの、その言いがかりは! わたしは独裁なんかしないわよ! みんなにも普通に接しているじゃない! そうでしょ、あなたたち? 何か言ってあげてよ!」
ケルソネソス娘たち
「「「エルピニケ、ここは分が悪いよ。オトナシくしてようよ。」」」
長女-エルピニケ(容光院)
「でも、こんな濡れ衣、着せられたままんじゃ、納得いかないじゃない!」
ケルソネソス娘たち
「「「でも、・・・ねぇ、・・・」」」
女祭りの実行委員長-アガリステ(津和野局)
「ほ~らね? やっぱりあんたと、他の娘たちとでは考え方が違うじゃない? そうね、あなたたち津軽半島-ケルソネソスの娘たちに罪は無いわ。だってあなたたちは、独裁者の娘の力に怯えて、従うしか他に手が無かっただけだものね? あたしたちも深く同情するわ。あたしたち長州-アッティカ娘は、あなたたち津軽半島-ケルソネソスから来た娘たちも、ここ山口-アテナイ市の一員として、同輩として、暖かく迎え入れましょう。さぁ、こちらにいらっしゃい!」
アッティカ娘たち
「「「さあ、さあ、こちらにいらっしゃい!」」」
長女-エルピニケ(容光院)
「ちょっと! みんな、そんな口車に乗せられないで!」
ケルソネソス娘たち
「「「・・・」」」
長女-エルピニケ(容光院)
「もうっ! みんな、どうしたのよっ!」
幼なじみ娘
「・・・ごめんね、エルピニケ。お父さんが言っていたのだけれど、『ミルティアデスさんがあんなことになってしまって、これ以上ことを荒げると、この狭い長州-アッティカでは生きて行けなくなるから、決して揉め事を起こすな』ってきつく言われてるの。ここは表面上だけでもおとなしく従っておこうよ。」
長女-エルピニケ(容光院)
「そんな、・・・。」
女祭りの実行委員長-アガリステ(津和野局)
「フフフ、まぁそうね、まともな常識があるなら当然そうすべきよね?」
長女-エルピニケ(容光院)
「・・・。」
女祭りの実行委員長-アガリステ(津和野局)
「さーエルピニケ! あなたも詫びを入れて、山口-アテナイ市民の一娘としての分際をしっかり守るっていうのなら、こちらに迎え入れてあげないこともないわよ。さぁ、どうするの?」
長女-エルピニケ(容光院)
「・・・」
幼なじみ娘
「エルピニケ、意地を張らないで。」
長女-エルピニケ(容光院)
「くう・・・。」
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