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『O-286. 萩-マラトンの戦い劇(主役は小早川ミルティ)』  作者: 誘凪追々(いざなぎおいおい)
幕の一:O-283. 一年目の脱出
4/115

1-① 最後の宴に集う人々:その4

<O-283年><晩夏><津軽半島-ケルソネソスのミルティアデス邸にて>


    後妻-ヘゲシピュレ(問田大方)

「皆さん、今宵は、我が小早川ピライオス家の宴にお集りいただき、誠にありがとうございます。我が小早川ピライオス家は、ここ津軽半島-ケルソネソスにおいて、三代五十年ほどに渡りまして、大勢の人々を率いてまいりました。その間には、著名な芸術家の先生方にも数多く、この地へお立ち寄りいただき、この邸においても様々な文化交流のお相手をしていただきました。わたくしどもといたしましては、こうした、これまでお世話になった方々にお礼をいたしたく、このような宴の席を用意させていただきました。宇久-ケオス島からは詩人のシモニデス(桃井幸若丸)さん、同じくその甥のバキュリデス(桃井弥次郎)さん、長州-アッティカからは劇作家のプリュニコス(観阿弥)さん、・・・(中略)・・・、佐渡の粟-タソス島からは絵描きのポリュグノトス(狩野永徳)さん。いずれも高名な芸術家の先生方です。しかしながら、肝心のミルティアデス殿が、山口-アテナイ市からなかなか戻られません。皆さんお待たせしてしまい、誠に申し訳ありません。」

    詩人-シモニデス(桃井幸若丸)

「とんでもございません、奥方。ミルティアデス殿は、まことに芸術への造詣が深く、我々への援助も惜しまれませんでした。そして、この町にも何度もお呼び下された。お礼を言わせていただきたいのは、我々のほうです。芸術家連中を代表して、奥方にも感謝の念を伝えさせていただきたい。・・・『 飲めや飲め~ この幸せに  飲めや飲め~ 不幸せでさえ  大いに飲め かつ大いに喰らえ  クジラのごとく 喰らい尽くそうではないか~! 』」

    客たち

「「「パチパチパチ・・・」」」

    後妻-ヘゲシピュレ(問田大方)

「本当にありがとうございます。そう言って下さると、わたくしどもといたしましても少しは気が楽になります。

 それと、本日は新たに柔①-ミレトス市からのお客人もお越しになっています。歴史家のヘカタイオスさんです。あなたもせっかく夫に会いに来ていただいたというのに。」

    歴史家-ヘカタイオス(北畠親房)

「いえいえ、近日中に戻られるという話しですので、それまで待たせていただきます。どうぞ、お気になさらずに。」

    後妻-ヘゲシピュレ(問田大方)

「わかりました。

 ところで、ヘカタイオスさん。あなたはペルシャ帝国の情勢に大変お詳しいとの事ですので、お尋ねしたいのですが、我々は、ここ津軽半島-ケルソネソスを、出来れば保ちたいと考えています。夫はそのために、あちこちを奔走しております。果たして、この願いは叶いましょうや?」

    歴史家-ヘカタイオス(北畠親房)

「うーむ、さて、なんと答えれば良いのやら。」

    後妻-ヘゲシピュレ(問田大方)

「耳に痛くとも、率直な意見で構いませぬ。」

    歴史家-ヘカタイオス(北畠親房)

「そうですか。ではまず、ペルシャ人は、あの広大無辺な大陸アジアを、端から端まで悉く攻め従えてしまえるほどの、前代未聞の民族です。我が柔①-ミレトス市の、そして浦上-イオニア人の全てを費やしての反乱も、僅か七年と保ちませんでした。死にものぐるいで戦った末の完敗でした。ペルシャ人は、戦いに関してかくも強く、津軽半島-ケルソネソスを保つためには、この最強の民族に勝たねばならない訳で、それは残念ながら、とても困難だと言わざるを得ません。」

    後妻-ヘゲシピュレ(問田大方)

「ほんとうにいい迷惑だわ。わたくしたちだけで楽しくやっていたのに、なぜ彼らはこちらへやってくるのかしら。」

    歴史家-ヘカタイオス(北畠親房)

「征服欲は、人間の根源的な欲求とも申しますからな。ペルシャ人は陸地が続いている限り、自慢の馬を奔らせ、地平線の向こうまでも征服しようとするでしょう。」

    後妻-ヘゲシピュレ(問田大方)

「そして、次の獲物はここなのね。わたくしたちは、ただ暮らしていたいだけなのに。」

    歴史家-ヘカタイオス(北畠親房)

「実は、私がここへやって参りましたのは、古き友・ミルティアデス殿に、『無謀な戦いを挑まず、ペルシャ人に降伏して、この津軽半島-ケルソネソスだけでも安堵してもらうのが最善の策ではないか』と助言するためです。」

    後妻-ヘゲシピュレ(問田大方)

「お言葉ですが、降伏しても安堵してもらえるなどという保証は無いのでしょう? 我が夫はずっと、あのペルシャ帝国に歯向かい続けてきたのだから。」

    歴史家-ヘカタイオス(北畠親房)

「いえ、ペルシャの大王・ダレイオスは、歯向かう者には容赦ありませんが、負けを認めて降伏を申し出た者に対しては、それまでの怒りを忘れて、赦しを与え、むしろ優遇してくださる事が少なくない。特にミルティアデス殿のように、ペルシャ人の間にも、その名が知られているような者が降伏を申し出てくれば、喜んで受け入れる可能性のほうが高いと、私は思うのです。」

    後妻-ヘゲシピュレ(問田大方)

「はてさて、女の身では、殿方の本当の心の内までは解りませぬが、ミルティアデス殿があくまで、ペルシャ人と戦い抜くと、そう思い詰めておられるお気持ちもわからぬではありません。男としての誇り、民族の誇り、独立、自由。ペルシャ人に抵抗して、得るもの、失うもの。家を失い、財産を失い、この命さえ失ってしまうのかしら。・・・」

    長男-メティオコス(小早川秀秋)

「ゴホン、お義母上! そのような話しは、宴の席の冒頭でするには、少々重いように思えます。そろそろ、あの話しに移りませんか?」

    後妻-ヘゲシピュレ(問田大方)

「そうですか。夫が不在の席でする話しではありませんでしたか。

 それでは、話題を替えさせていただきまして、今宵は、せっかく柔①-ミレトス市からのお客人が来られていることでもありますし、宴の余興を一つ特別に用意させていただきました。優れた劇作家であらせられるプリュニコスさんに、劇の用意をお願いしたのです。」

    詩人-シモニデス(桃井幸若丸)

「おー、それは良い! それは楽しみですぞ!」

    長男-メティオコス(小早川秀秋)

「フフフ、山口-アテナイ市出身のプリュニコスさんは、長州-アッティカ地方の劇作家の中でも、押しも押されぬ第一人者として、その名を知らぬ者はなく、毎年春の酔狂の神-ディオニュソスを讃える大祭りで、何度も何度も一等を勝ち取られているご仁です。先生は劇の題材のほとんどを、遠く神話の世界から借りておられますが、今宵演じていただく『ミレトスの陥落』は、珍しく身近な現実の出来事を題材に取りまして、劇に仕立て上げられた力作で御座います。そうですね、プリュニコスさん?」

    劇作家-プリュニコス(観阿弥)

「身に余る紹介をしていただき、誠にありがとうございます。『行く河の流れは絶えずして、しかも元の水にあらず』、などと申します。津軽半島-ケルソネソスの旦那衆には、ミルティアデス(小早川隆景)殿はもちろん、先代のステサゴラス(沼田繁平)殿、先先代の初代ミルティアデス(竹原興景)殿の頃から大変御贔屓いただきまして、まだ駆け出しの売れない作家の端くれをずいぶん目にかけて、かわいがっていただいたものです。月日の流れは早いものでして、そんな私ももう五十路です。これよりご覧いただきます『ミレトスの陥落』は、ミルティアデス殿からの薦めもありまして、つい先頃、ペルシャ人によって攻め落とされました柔①-ミレトス城の悲しい顛末を、一つの劇として再現することを試みたもので御座います。そこから逃れて来た人々に取材し、その涙なしでは語れない悲劇的な運命を、私なりに真っ正面から向き合い、悩み抜いた末に生まれた劇です。目の前には、その柔①-ミレトス城に実際に居合わせた方々もおられ、そのような方々に私の拙い劇をお見せいたしますのは、誠に恥ずかしい限りではございますが、どうか最後までご覧いただき、ご指導ご鞭撻なぞをいただけたなら、これに過ぎる事は御座いません。」

    詩人-シモニデス(桃井幸若丸)

「おお、これはなんと羨ましいことか! 著名な作家に、自分の出身地を舞台にした劇を作っていただけるなんて! 私も宇久-ケオス島を舞台にした劇を是非作ってもらいたいものだ。ねえ、そうでしょう、ヘカタイオスさん?」

    歴史家-ヘカタイオス(北畠親房)

「・・・誠に楽しみです。これは襟をただして、とくと観させていただきましょう。」

    後妻-ヘゲシピュレ(問田大方)

「ところで、あなたの隣りに座っておいでの少年も、同じ町の出身なのですか?」

    歴史家-ヘカタイオス(北畠親房)

「え? あ、はい。この者も、同じ町の出身です。」

    後妻-ヘゲシピュレ(問田大方)

「あら、そう。もしかしてあなたの息子さんでしたか?」

    歴史家-ヘカタイオス(北畠親房)

「いえいえ! この子は、先の戦いで、二親を失くしてしまいましてな。私が引き取って育てておるのです。」

    後妻-ヘゲシピュレ(問田大方)

「まあ、それは可哀想に!」

    助手-ヒッポダモス(藤堂高虎)

「ちょっと待って下さい、奥方! 失礼ですが、こんな爺さんの子供だなんて、冗談だとしても自分は笑えませんよ。この爺さんはもう、六十歳近いんだから。せめて、孫にでもしといて下さい。」

    歴史家-ヘカタイオス(北畠親房)

「ヒッポダモス! 初対面の方に、そのような言葉遣いは、失礼であろう。」

    助手-ヒッポダモス(藤堂高虎)

「だから、『失礼ですが』、って前置きしたでしょうが!?」

    歴史家-ヘカタイオス(北畠親房)

「そういう問題じゃなかろう! この孤児が!」

    助手-ヒッポダモス(藤堂高虎)

「ああ、孤児ですよ! 誰に恥じる事も無い、天涯孤独の戦災孤児ですよ! 笑いたければ笑えば良いんだ! 哀れんで優しくされるほうが、かえって腹立たしい!!」

    歴史家-ヘカタイオス(北畠親房)

「すみません、少々心に傷を抱えておりましてな。すぐに黙らせますゆえ。おい、ヒッポダモス! お前は何度言えばっ!」

    後妻-ヘゲシピュレ(問田大方)

「ホホホホ! まー、元気な男の子だこと! 可愛いじゃない。君は、何歳なの?」

    助手-ヒッポダモス(藤堂高虎)

「じゅ、十七歳になります。」

    長女-エルピニケ(容光院)

「あら、キモンと同い年じゃない!」

    次男-キモン(小早川秀包)

「ほんとだな、ヒッポダモス! こっちに座らないか? 一緒に飯を食おう!」

    助手-ヒッポダモス(藤堂高虎)

「え? あなたとは初対面なのに、なんでそんなに慣れ慣れしくするんですか? 自分は孤児こじだけど、乞食こじきじゃ無い!」

    次男-キモン(小早川秀包)

「そんなの問題ないさ! 僕の名前はキモンだけど、きもくは無いだろう? それとおんなじだ!」

    助手-ヒッポダモス(藤堂高虎)

「い、いや、意味がわからないんですけど、あなた、大丈夫ですか?」

    歴史家-ヘカタイオス(北畠親房)

「キモンくん、申し訳ない。この子は、優しくされると、わざと悪ぶるのだ。」

    助手-ヒッポダモス(藤堂高虎)

「べ、別に、悪ぶってんじゃなくて、自分は性根が腐ってるだけですよ。」

    後妻-ヘゲシピュレ(問田大方)

「ホホホホ! この年頃の男の子なら、それぐらいで丁度良いと、わたくしなんかは思いますよ。それに、その子の性根は、その目を見れば判ります。とてもキラキラとしていて、この世のあらゆる事に興味がある! そんな目をしていますよ。」

    助手-ヒッポダモス(藤堂高虎)

「目? この目が? あ、あいにく、死んだ魚のような目だとしか言われんですよ、自分は。失礼ながら、奥方は目が悪いんだな、きっと。」

    長女-エルピニケ(容光院)

「ふふふふ、お母さんは、丘の向こうの兎だって、矢で射止められるほど、目が良いのよ。ついでに、わたしも目が良いんだけど、あなたの目は、そうね、穫れたての魚ぐらい奇麗よ。」

    助手-ヒッポダモス(藤堂高虎)

「ん? それは、どういう意味です?」

    次男-キモン(小早川秀包)

「褒め言葉だよ、ヒッポクラテス! 姉さんは、皮肉を言うほど、頭が良くない。」

    長女-エルピニケ(容光院)

「ちょっと、キモン! あなたにだけは言われたくないわよ、わたしは!」

    お客たち

「「「ワハハハハハ! パチパチパチパチ・・・」」」

    長男-メティオコス(小早川秀秋)

「それでは、皆さん! 席も暖まった事ですし、お手前の食事などつまんでいただきながら、劇のほうもお楽しみ下さい! さ、プリュニコスさん、お願いします。」

    劇作家-プリュニコス(観阿弥)

「ありがとうございます。それでは、私めの拙い劇に、しばしお時間を頂戴いたします。」

    お客たち

「「「パチパチパチ! パチパチパチ!・・・」」」

    俳優(合唱隊役)

「浦神-ディデュマーの鐘の声ー、諸行無常の響きありー。卜部-ブランキダイの花の色ー、盛者必衰の理りをあらわすー。」

    劇作家-プリュニコス(観阿弥)

「浦上-イオーニアは、柔①-ミレートスの話しで御座候。この町の始まりまで遡るに、今からおよそ五百年ばかり前の事、倭-ギリシャ本土は、民族大移動の大混乱に陥っていた。逃げ惑う人々は、長州-アッティカに避難し、そこで怯えて暮らしていた。」

    俳優(合唱隊役)

「しかし、この地も全くの安全地帯ではなかった。長州-アッティカがたとえどこより肥沃だったとしても、大量の難民を際限なく受け入れきれる筈もなく、放っておけば、やがて残酷な殺し合いが始まるは、火を見るより明らか。そこで、山口-アテーナイ市の指導者たちは、とある決断を下す。溢れる難民を船に乗せると、エーゲ海の向こうの地、アジアの浦上-イオーニアーへと植民に送り出したのだった!」

    劇作家-プリュニコス(観阿弥)

「そして、彼の地に最初に立てられた町城こそが、柔①-ミレートス市であった。・・・」

    劇作家-プリュニコス(観阿弥)

「・・・ああ、柔①-ミレートスの城壁が崩れ行く。かつて『浦上-イオーニアーの華』とまで褒めそやされた、この可憐で豊かな町城を!」

    俳優(合唱隊役)

「ああ、大陸アジアの異民族たちが、獣のような雄叫びを上げて、町を壊して行く。家々は焼かれ、市会堂は倒され、神々の杜は土足で踏みにじられて行く。」

    劇作家-プリュニコス(観阿弥)

「哀れ柔①-ミレートスの人々は恐怖にかられて逃げ惑うばかり。立ち向かった兵士たちは皆殺され、捕まった人々は手かせ足かせを嵌められ、ペルシャ人の前へと手荒に引っ立てられて行く。」

    俳優(合唱隊役)

「奴隷となった、柔①-ミレートスの人々は、値踏みされ、器量よしの少女たちは、大王への貢ぎ物として、大陸アジアの深く、奥深く、ペルシャの王宮へと連れ去られた。今が盛りの、美しい少年たちは、あそこを無理矢理去勢され、宦官に仕立て上げられると、帝国各地へ追い立てられていく。残る人々は、全て奴隷に売り払われ、役立たずの年寄り連中は、無抵抗のまま切り刻まれた。」

    劇作家-プリュニコス(観阿弥)

「おー、柔①-ミレートスよ。汝の五百年は、一体なんだったのか?」

    俳優(合唱隊役)

「ひとへに風のー前の塵に同じー。」

    劇作家-プリュニコス(観阿弥)

「おー、柔①-ミレートスよ。汝の五百年は、一体なんだったのか?」

    俳優(合唱隊役)

「ただ春のー夜の夢の如しー。」

    劇作家-プリュニコス(観阿弥)

「ああ、人間五十年ー、夢幻の如くなり。生を得てー、滅せぬもののあるべきか。」


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