1-① 最後の宴に集う人々:その3
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<O-283年><晩夏><津軽半島-ケルソネソスのミルティアデス邸にて>
長男-メティオコス(小早川秀秋)
「ヘカタイオスさん、お待たせいたしました。宴の準備も整いましたゆえ、私が会場まで御案内いたします。」
歴史家-ヘカタイオス(北畠親房)
「おお、四代目殿、わざわざのお出迎え、忝い。」
長男-メティオコス(小早川秀秋)
「すみません、あの、その『四代目』、というのは勘弁してもらえませんか? 父上は健在ですし、私がここの四代目を継ぐと決まっている訳でもないのですから。」
歴史家-ヘカタイオス(北畠親房)
「フムフム、とはいえ、ミルティアデス殿は、もう六十歳を軽く越えておられるし、弟のキモン君はまだ二十歳にもなっておられんでしょう?」
長男-メティオコス(小早川秀秋)
「ええ、そうですね。でも、私だってまだ三十歳前の若造なんですよ? 結婚もまだですし。それに、ここはもうすぐ失われるだろうから、四代目も糞もないんですよ。
それより、杖を突いておられますが、足下は大丈夫でしょうか? 宴の席は城壁の上なので、急な階段もありますし、お支えしましょうか?」
歴史家-ヘカタイオス(北畠親房)
「フムフム、ああ、お気遣いなく。私の助手が支えますので。」
助手-ヒッポダモス(藤堂高虎)
「はい、それは自分の仕事ですので、どうかお構いなく。」
長男-メティオコス(小早川秀秋)
「おお、介添えの子が居ましたか。では君に任せるよ。」
助手-ヒッポダモス(藤堂高虎)
「はい。」
歴史家-ヘカタイオス(北畠親房)
「フムフム、いやあ、先の戦いで筋を切ってしまいましてな。あなたのお父上より、少しは若い筈なのに、全く情けないことで。おーとっと!」
助手-ヒッポダモス(藤堂高虎)
「やれやれ、あなたはとっくにヨボヨボの爺さんだ。もっと気をつけるべきだと思う。」
歴史家-ヘカタイオス(北畠親房)
「助手! わしはまだ六十前だぞ! ヒヨッコの分際で、大人を爺扱いするんじゃない!」
助手-ヒッポダモス(藤堂高虎)
「ああ、そうかもしれない。こんなことですぐ腹を立てるんだから、あなたの精神は相当幼い。」
歴史家-ヘカタイオス(北畠親房)
「なんだと! 申し訳ない、メティオコス殿。この少年は、減らず口ばかりが達者で。」
長男-メティオコス(小早川秀秋)
「フフフ、いえいえ、仲が良さそうで。」
助手-ヒッポダモス(藤堂高虎)
「どこをどう見たら仲が良さそうなんてなります? この恩着せがましい爺さんには、恨みしかないんですよ。」
歴史家-ヘカタイオス(北畠親房)
「その割には、嫌がらずに、わしに肩を貸しているではないか?」
助手-ヒッポダモス(藤堂高虎)
「ちっ、奴隷には、拒否権が無いんでしょ?」
歴史家-ヘカタイオス(北畠親房)
「だから、お前は奴隷ではなく、助手だと言っておろうが!? わしは、孤児になったお前の世話を見てやってるだけだ!」
助手-ヒッポダモス(藤堂高虎)
「助手なんて、実質奴隷じゃないか。早く稼いで、自立したいのに。」
歴史家-ヘカタイオス(北畠親房)
「アッハハハハ、これはこれは面白い事を言うものだ。お前のような口の悪いガキ、どうやって稼ぐのだろうな?」
助手-ヒッポダモス(藤堂高虎)
「くっ、広い世の中には、こういうのが好きだっていう変わり者も居るんだ!」
歴史家-ヘカタイオス(北畠親房)
「そういうのは変わり者じゃなく、変態というのだ。」
助手-ヒッポダモス(藤堂高虎)
「ああ、変態で結構! 世の中、まともな人間ばかりじゃつまらない。」
歴史家-ヘカタイオス(北畠親房)
「口の減らん奴だ。」
助手-ヒッポダモス(藤堂高虎)
「それは、あなたでしょ?」
長男-メティオコス(小早川秀秋)
「フフフ、まあまあまあ。さー、こちらです。城壁の上へ登りますよ? 足下にお気をつけて。」
歴史家-ヘカタイオス(北畠親房)
「・・・よっこいしょ、よっこらせ。・・・ほー、海が見えますな。爽やかな風だ。今年の夏も、そろそろ盛りを過ぎたようで。」
長男-メティオコス(小早川秀秋)
「フフフ、夕焼けで真っ赤に染まる海は、とても美しいですよね。今宵は月もきっと奇麗です。」
歴史家-ヘカタイオス(北畠親房)
「フムフム、まったくですな。これほどの景色を毎日眺めておいでとは、羨ましい限りです。私もあちこちを旅しておりますが、これほど美しい景色はそうはお目にかかれない。さすがは、津軽半島-ケルソネソスを三代に渡って統べておられる、小早川ピライオス家のお邸だ。」
長男-メティオコス(小早川秀秋)
「フフフ、そんなそんな、何を仰られますやら。ヘカタイオスさんも、お世辞を言われるのですね。」
歴史家-ヘカタイオス(北畠親房)
「お世辞だなんて、とんでもない。とても豪勢で美しい、素晴らしいお屋敷です。」
長男-メティオコス(小早川秀秋)
「フフフ、きっと父も喜びます。」
助手-ヒッポダモス(藤堂高虎)
「やれやれ、ここも、たしかに悪くないんですけど、助言させてもらうなら、自分ならあっちに柱廊を立てて、そこに張り出し型のテラスを設けて、そんで向こうには大理石で・・・」
歴史家-ヘカタイオス(北畠親房)
「こら、ヒッポダモス! 口を慎め!?」
助手-ヒッポダモス(藤堂高虎)
「なんでですか? 自分の見解を述べただけでしょう? 柔①-ミレトスには、エーゲ海でも有数の、凄くて美しい豪邸がいくらでもあったので、ちょっとでも助言しといたほうが良いかと思って。」
歴史家-ヘカタイオス(北畠親房)
「素人の助言など、誰も欲しておらんぞ!?」
助手-ヒッポダモス(藤堂高虎)
「自分は『都市計画家』だ、素人ではない!」
歴史家-ヘカタイオス(北畠親房)
「それは自称だろ!? だいたいなんだ? 『都市計画家』なんて聞いた事ないぞ!?」
助手-ヒッポダモス(藤堂高虎)
「それはそうだ。自分がその初めての人間になるのだから。」
歴史家-ヘカタイオス(北畠親房)
「ならば、百歩譲ってそのような職業が仮にあったとして、歴史家の助手に過ぎないお前が、その道の玄人などととても言えるはずが無い。都市の一つも計画したこと無いズブの素人が、その専門家を名乗るなど、単なる詐欺だ。それは犯罪だ。」
助手-ヒッポダモス(藤堂高虎)
「いやいや、世の中に数多の職業があるけれど、玄人でなければ、専門家でなければ、その職業をやっていると名乗ってはいけないなんて法律はどこにも無い。だから、自分が『都市計画家』だと名乗ることは詐欺でもないし、犯罪でもない。とはいえ、百歩譲って仮に自分がその道のド素人だったとしても、その事について何一つ意見を述べてはならない、などという法律も無い。素人だろうが何だろうが、意見を述べるのは自由でしょ? よりよい物にするため、より多くの人が意見を出し合う。ほら、何もおかしくない。」
歴史家-ヘカタイオス(北畠親房)
「はぁ~、たしかに意見を述べるのは自由だが、時と場合によっては相応しく無い事もある。わしはこの方の客で、お前はその客のただの助手に過ぎんのだぞ? 招き主の機嫌を損ねるような事を述べるのが、正しい行いだとでも言うのか?」
助手-ヒッポダモス(藤堂高虎)
「あなたは常々こう述べている。『歴史家というのは、嘘や偽りを排除し、事実のみを書き残さねばならない。世の中の凡百の歴史家どもは、それが全く解ってない。あれでは歴史家を名乗る資格が無い』、とね。」
歴史家-ヘカタイオス(北畠親房)
「ああ、そう述べている。それがどうした?」
助手-ヒッポダモス(藤堂高虎)
「加えて、『歴史に限らず、日頃から決して嘘や偽りをつくな、それが慣らい性になってしまうからな』、と。そんなあなたが、同じ口で歯の浮きそうなお世辞やおべんちゃらを言うのは、どうにも格好つかないんじゃないですか? というお話しですよ。」
歴史家-ヘカタイオス(北畠親房)
「はあ~、助手よ、お前は子供か? 歴史と世間話を一緒にしてどうする? それに、ここの景色を美しいという事のどこに、嘘や偽りが含まれているというのだ?」
助手-ヒッポダモス(藤堂高虎)
「あなたは、『柔①-ミレトスほど素晴らしい町は他に無かった』と常々言っている。だったら、『柔①-ミレトスほどではないが、ここも素晴らしい』とそう言わねばならない。そして、どうすればここがもっと素晴らしくなれるか、もっと素晴らしいものを知る者として、助言の一つでもしてあげなければならない。」
歴史家-ヘカタイオス(北畠親房)
「もう良い! 哲学的な問答は終いだ! これ以上しゃべりたいなら、わしの助手を解任してやる! 家の中に籠る仕事だけを言いつけてやるからな!」
助手-ヒッポダモス(藤堂高虎)
「・・・。」
歴史家-ヘカタイオス(北畠親房)
「はあ~。すみませんね、メティオコス殿、この子は、戦災孤児でして、失った故郷をどうしても過度に美化してしまうのです。そして、誰かが他の町を褒めると、このように見境が無くなってしまうのです。」
長男-メティオコス(小早川秀秋)
「いやいや、構いませんよ。助言をいただくのは、なんにせよ有り難い事です。確かにこの少年の意見にも一理ある。柔①-ミレトスの豪邸は、私も見に行った事がありますけど、確かに凄かったですからね。けれど、それを言うなら、ペルシャ帝国の都にはもっともっととんでもない豪邸がたくさんありそうですよね?」
歴史家-ヘカタイオス(北畠親房)
「いえいえ、私は世界を旅してあちこちの国々を見て回りましたが、こちらのお屋敷も、規模の点はともかく、美しい海への眺望を計算に入れた、とても趣味の良い邸だと思いますぞ。」
長男-メティオコス(小早川秀秋)
「フフフ、そうですか?」
歴史家-ヘカタイオス(北畠親房)
「ええ。」
詩人-シモニデス(桃井幸若丸)
「やあ、これはこれは! 『歴史家』として名高いヘカタイオスさんですな?」
長男-メティオコス(小早川秀秋)
「おお、シモニデスさん。お待たせしてしまいましたか?」
詩人-シモニデス(桃井幸若丸)
「いえいえ、宴の前に海の景色でも眺めておきたいと思いましてな。すると、何やら熱心に議論しているのをお見かけしたもので。」
長男-メティオコス(小早川秀秋)
「フフフ、そうですか。えーと、お二人は初対面でしたか?」
詩人-シモニデス(桃井幸若丸)
「いやいや、浦上-イオニアのどこかの町で、たしか柔①-ミレトスの町でしたかな、お会いした事がある。もうだいぶ前の話しになるが、彼は有名人だからね。」
歴史家-ヘカタイオス(北畠親房)
「フムフム、君のほうこそ、優れた『詩人』として、その名が鳴り響いておる。」
詩人-シモニデス(桃井幸若丸)
「いえいえ、そんなことはありませんよ、と謙遜せねばならぬところですが、確かに私の名前は倭-ギリシャ中にあまねく知れ渡ってしまっておりますからな。嫌味な謙遜は止めにしときましょうか、アッハハハハ!
それより、ここの景色はなかなか素晴らしいですな。歌の神様が、思わず私に何か歌えかしと耳元で囁きます。フンフーン、・・・『 陽が沈む~ 葡萄酒色の 海原に~ 』」
詩人の甥-バキュリデス(桃井弥次郎)
「『 漕ぎ出で行くは~ 錨の切れた 涙船~ 』」
詩人-シモニデス(桃井幸若丸)
「紹介します。この者は、我が甥のバキュリデス、同じく詩人をしておりますが、まだまだ修業の身です。」
詩人の甥-バキュリデス(桃井弥次郎)
「シモニデスの甥・バキュリデスと申します。以後、お見知りおきを。」
長男-メティオコス(小早川秀秋)
「こちらこそ。即興なのに、とても美しい詩です。」
詩人の甥-バキュリデス(桃井弥次郎)
「お褒めに預かり、光栄です。」
歴史家-ヘカタイオス(北畠親房)
「フムフム、しかし、なんとも悲しい響きですな。まるでこの町の運命を予言しているかのようだ。」
詩人-シモニデス(桃井幸若丸)
「おっと、これは失礼! 宴の前だというに、少々不適切でしたか。ならばもう一句。フンフーン、・・・『 沈みても~ 共寝す朝に また昇る~ 』」
詩人の甥-バキュリデス(桃井弥次郎)
「『 寄せては返す~ ピライオスの波~ 』」
長男-メティオコス(小早川秀秋)
「フフフ、とても美しい。」
歴史家-ヘカタイオス(北畠親房)
「ところで、先ほどから気になっておったのですが、あそこで絵を描いている者がおりますな?」
長男-メティオコス(小早川秀秋)
「あー、あれはポリュグノトス(狩野永徳)です。彼は佐渡の粟-タソス島の出身で、まだ若いのに、とても絵が上手いのですよ。」
歴史家-ヘカタイオス(北畠親房)
「フムフム。」
長男-メティオコス(小早川秀秋)
「フフフ、父が彼を可愛がっておりましてね。家族の肖像画やここの風景画を描いてもらっているんです。彼も今宵の宴にお招きしたお客の一人です。」
詩人-シモニデス(桃井幸若丸)
「ほうほう。しかし、この差し迫った時に、よくもまあ悠長に絵など描いていられるものだ。剛胆なのやら、あるいは鈍感なのやら。面白そうだから、ちょっと話しでも聞いてみますか?・・・やあ、ポリュグノトス君とやら、絵の調子はどうだね?」
若い絵描き-ポリュグノトス(狩野永徳)
「ブツブツブツ・・・。」
詩人-シモニデス(桃井幸若丸)
「ん? 言葉が通じておらぬのかな?」
若い絵描き-ポリュグノトス(狩野永徳)
「ブツブツブツ・・・。」
長男-メティオコス(小早川秀秋)
「ああ、ごめんなさい。彼は絵を描いている時は、言葉を忘られるらしいのです。」
詩人-シモニデス(桃井幸若丸)
「ほう、没頭というやつですかな? しかし、目上の者が話しかけておるのに、それに答えもしないというのはよろしくないな。わしの知っている有名な絵描きは、絵を描きながらでも、完璧に受け答えをするのだけどな。『何を描いているのか、何を考えながら描いているのか、この色はこうやって塗って、この線はこうやって引いて、人の顔はこの角度にすると美しい、顔と体の比率はこうするとうまくいく』、などという具合でな。『自分の絵について語れない、言葉が出て来ないっていうのは、きちんと考えていない証拠だ』という訳で、『そいつはきっと大した絵描きじゃないないのだよ』、とも言っておったな。」
若い絵描き-ポリュグノトス(狩野永徳)
「ブツブツ・・・、せっかく興が乗っていたのに、これだから詩人は・・・」
詩人-シモニデス(桃井幸若丸)
「なんだ、聞えているではないか。若い無名の絵描きよ。この美しい景色を目にすれば、思わず絵に描きたいと思う気持ちは解るぞ。とはいえ、この切迫している状況で、よくもまあ完成までに時間のかかる絵を、のんびり描いていられるものだ。いや、これは褒めているのだぞ。なかなか剛胆だと思ってな。いや、結構、結構。若者はそのぐらいでなければ困る。しかし君も、今宵の宴に招かれているのだろう? 他の方々を待たせては、失礼に当たるぞ?」
若い絵描き-ポリュグノトス(狩野永徳)
「・・・悪いけど、今日のここを描いておきたいんだ。」
詩人-シモニデス(桃井幸若丸)
「ん? ここの景色は、明日もこのままだろうよ?」
若い絵描き-ポリュグノトス(狩野永徳)
「・・・景色に一つとして同じものは無い。この世の全てのものは、常に動いて移り変わって行く。今日の景色は、昨日の景色と違う。明日の景色とも違う。今日の景色を描きたいと思った。なんというか、この張りつめた空気。これが今日の景色だ。」
詩人-シモニデス(桃井幸若丸)
「君の言葉は、どうにも解りづらいな。言葉足らずというか。いや、もちろん詩人の言葉も、人の事を言えたことではないのだろうがな。しかし、歌の言の葉で意味を伝えられない詩人は、そもそも詩人を名乗る資格は無いのだがな。」
若い絵描き-ポリュグノトス(狩野永徳)
「・・・この世に言葉ほど不完全なものはない。あなたの口から出て来るその言葉は、本当にあなたの考えをそのまま顕わしていると思えますか?」
詩人-シモニデス(桃井幸若丸)
「ほう、詩人にそれを尋ねるかね? もちろん、わしとて歌を紡ぎ出すには、言葉の選択に四苦八苦するさ。どうすれば、最も適切な言葉で、心に思い描いた情景を表現できるか、とね。もっとも、歌の言の葉は、歌の神様が与えてくれるものだから、普段の言葉とは種類が少々違うと言えるのだけれど。けれど、一般論として、言葉のほうが、少なくとも、絵を描くよりかは、自分の考えをより良く顕わしてくれるだろう、とわしは思うのだがね、どうだい絵描きさん?」
若い絵描き-ポリュグノトス(狩野永徳)
「・・・昨日、白いと言っていても、今日、黒いと言うことはとても簡単だ。言葉はすぐに手軽に変えられる。けれど、絵は白く描いたら、ずっと白いままだ。黒く描いたら、ずっと黒いままだ。何色にするかはよくよく考えた末に決定する。」
詩人-シモニデス(桃井幸若丸)
「うむ、君はそう言うが、わしには大して違わないように思えるぞ。その両者はある意味とてもよく似ている。それほど難しく考える必要はないのではないか? 例えば、こんな言葉を聞いた事はないかね? 『絵は色で書く詩であり、詩は言葉で描く絵だ』、うむうむ、あるいは『詩は語る絵画であり、絵は黙せる詩である』、うむうむ、素晴らしい言葉だ。」
若い絵描き-ポリュグノトス(狩野永徳)
「・・・はぁ~、これだから言葉は信用できないんですよ。そんな奇麗に言えてしまうと、つい本当にそうだと思い込んでしまう。それが危険だって言うんですよ。」
詩人-シモニデス(桃井幸若丸)
「しかし、それは絵も同じだろう? 君の絵だって、実際のものより美しく奇麗に描いているんじゃあないのかい? 似顔絵を頼まれて、本人の欠点や不細工なところをそのまま描く事はあるまい? 現実を美化したのが絵だろう? 風景も人物も実際より美しく描くだろう? それも嘘だし、まやかしだし、騙しだと言い得る。そもそも女の顔を見てみよ。毎日毎日いかに奇麗に塗りたくって男をいかに騙すか余念がない。でもわしはそれが悪い事だとは思わない。美化するのの何がいけないのかね?」
若い絵描き-ポリュグノトス(狩野永徳)
「ああ、あなたが羨ましい。僕は言葉を信用しないが、かといって絵だって信用している訳じゃあない。うまく言えないが、美化っていうのは本物じゃないように思えるんだ。」
詩人-シモニデス(桃井幸若丸)
「安心したまえ。世の中にこれほど化粧した女が多いということは、スッピンよりも美化された化粧面のほうが人々に好まれている、という証しだ。詩も絵も、何恥じることなく、堂々と美化したら良いのだ。それこそが芸術だ。」
若い絵描き-ポリュグノトス(狩野永徳)き
「・・・はぁ~、確かにそうかもしれない。だから僕は落ち込んでいるんです。だから僕は迷っているんです。答えが見つからずに居るんです。けれど、もっと突き詰めれば、絵を信用する事が出来るだろうか。とにかく放っておいて欲しいんだ。僕は今この絵を描かねばならない。他のことはもうどうでも良い。・・・ブツブツブツ・・・」
詩人-シモニデス(桃井幸若丸)
「やれやれ、ミルティアデス殿は、よくもこんな絵描きを飼っていられるものだ。」
長男-メティオコス(小早川秀秋)
「フフフ、さ、皆さん、そろそろ邸の中へ入りましょうか? きっと中では、宴が始まるのを待っていることでしょう。」
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