2-① 春の演劇祭り:その2
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<O-283年><早春><山口-アテナイ市の運動場にて>
青年a-レオボテス(毛利秀就)
「くっそう! なんだかんだ、はぐらかされちまったな。キモンの奴らめ。」
青年b-ヘルモリュコス(魁傑)
「うむ、あやつはなかなか、本気を出さぬからな。」
青年c-マグネス(路阿弥)
「お~い、お前さんら、運動はもう終わったかい?」
青年a-レオボテス(毛利秀就)
「マグネス、ようやく来たか! おめぇもちったー体を鍛えろよ! 俺たちゃ夏から『訓練兵』に行かなきゃなんねーんだぞ?」
青年c-マグネス(路阿弥)
「仕方ねーだろ? こっちはお前さんらほど裕福じゃねーんだよ。それにオイラのこの体じゃどんなに頑張ったって、大した兵士にゃなれねーよ。」
青年a-レオボテス(毛利秀就)
「そういうことじゃねーんだよ。気持ちが大事だって話しよ。後で泣きぃ見るのはおめぇのほうなんだぜ?」
青年c-マグネス(路阿弥)
「なんだよ、今日は、ずいぶん説教臭ぇーな。『マグネスや、母さんは決して高望みはしないよ。でもね、せめて将軍ぐらいにはなっとくれ。』ってそれ軍人の最高位だから! テッペンだから! こんな母ちゃん一人で十分だぜ。」
青年a-レオボテス(毛利秀就)
「何、なま言ってやがる、マグ坊やのくせして。」
青年c-マグネス(路阿弥)
「マグ坊やって言うな! そもそも言われてねーよ!」
青年a-レオボテス(毛利秀就)
「とにかくだ。俺らの同期に、新顔の野郎が現われやがった。しかも名家の御曹司だってんだ。あんな野郎に上行かれるのは我慢ならねぇ。そうだろ?」
青年c-マグネス(路阿弥)
「キモンの事か?」
青年a-レオボテス(毛利秀就)
「そうだ! あの野郎だ!」
青年c-マグネス(路阿弥)
「ふ~ん、あいつならこれから、音楽の先生んとこ行くらしいぜ?」
青年a-レオボテス(毛利秀就)
「なんだって? 音楽だあ? だったら俺らも行くか!」
青年c-マグネス(路阿弥)
「おいおい、あんまり通うと、先生に嫌がられるぜ。」
青年a-レオボテス(毛利秀就)
「けどよぉ、あいつ、キモンには四度も稽古してやってるってーのに、俺らには一度しかしてくんねえ。あれぁ、どうにもおかしい。」
青年c-マグネス(路阿弥)
「なんだ、近頃お前さんとは会わないから、もうあそこ辞めたのかと思ってたぜ?」
青年a-レオボテス(毛利秀就)
「そんな訳あるか。俺ぁ音楽が好きなんだ。」
青年c-マグネス(路阿弥)
「へえ~、そんなら、今なに習ってんだよ?」
青年a-レオボテス(毛利秀就)
「冬来い節だ。あーーよーー、はーー、とくらあ。」
青年c-マグネス(路阿弥)
「お前さん、まだそれやってんのかよ。もう春だぜ?」
青年a-レオボテス(毛利秀就)
「どうも喉の具合が悪くてな。」
青年c-マグネス(路阿弥)
「お前の喉は、年中調子が悪ぃな。」
青年a-レオボテス(毛利秀就)
「ああ、生まれてこの方ずっとだ。だからな、先生に代わりに楽器を教えてくれ、っつったんだ。」
青年c-マグネス(路阿弥)
「おお、そいつは良い。そうすりゃお前さんの汚い声を聞かずに済む。」
青年a-レオボテス(毛利秀就)
「で、まずは笛だっていうもんだから、俺もはりきってよ、こんな具合に、プーピープーとやらかした訳だ。」
青年c-マグネス(路阿弥)
「またずいぶん調子っぱずれだが、大丈夫かい?」
青年a-レオボテス(毛利秀就)
「これは作戦よ。」
青年c-マグネス(路阿弥)
「作戦?」
青年a-レオボテス(毛利秀就)
「いいか? こうやってプーピーやってると、先生がすぐ側まで顔を寄せてきてな、『ここはこうやるんだよ』って指なんか添えて優しく教えてくれたりなんかしてな。なんだったら、俺の笛を取り上げて、『ここはこう吹くんだよ』って、その口で吹いてみせてくれたりするわけよ。俺の口がついてたところをよぉ。」
青年c-マグネス(路阿弥)
「ほんと、お前はしょうがねえ奴だな。で、少しは上手くなったのかい?」
青年a-レオボテス(毛利秀就)
「まー、プーピープー、くらいは吹けるようになったね。」
青年c-マグネス(路阿弥)
「なんだい、そりゃ。おしゃぶりしてる赤子と良い勝負だな、こりゃ。」
青年a-レオボテス(毛利秀就)
「仕方ねえんだよ。なにせ、先生が洗い髪だったからな。」
青年c-マグネス(路阿弥)
「なんで洗い髪だったら仕方ないんだよ。」
青年a-レオボテス(毛利秀就)
「なぜって、笛を吹く時にゃー、まず息を吸わねばならん。」
青年c-マグネス(路阿弥)
「そらそうだ。」
青年a-レオボテス(毛利秀就)
「するってーと、先生の洗い立ての髪からな、良い匂いがガンガン入ってきやがるんだ、鼻の穴によ。」
青年c-マグネス(路阿弥)
「ん?」
青年a-レオボテス(毛利秀就)
「そいでよ、鼻の奥には脳みそがあってな、そいつに到達すると、フワーってなんだろ? だったら、もったいなくて吹いてられますかって話しだ。吸えるだけ吸うべきじゃねぇかって話しだ。」
青年c-マグネス(路阿弥)
「だったら、一生吸い続けてろよ! 何が真面目に訓練しろだ。音楽は真面目じゃなくていいのかよ?」
青年a-レオボテス(毛利秀就)
「ヘヘヘ、プーピープー、っとくらあ。」
青年c-マグネス(路阿弥)
「そういや、ヘルモリュコスは、あの先生ん家でたまに手伝ったりとかしてんだろ? オイラたちの事、どんなふうに言ってんだい? こいつはともかく、こっちはそこそこ音楽出来る口だからな。」
青年b-ヘルモリュコス(魁傑)
「うむ、そりゃあ知ってるが、裏のことは、先生の手前、言えぬぞ。」
青年c-マグネス(路阿弥)
「まあ、良いじゃーねえか。他には言わねぇからさ。」
レ青年a-レオボテス(毛利秀就)
「そうだそうだ、俺も聞いときてぇもんだ。あの先生とのな、今後の付き合い方にも響いて来る。事と次第によっちゃあ、音楽にも身が入ろうってもんだ。」
青年b-ヘルモリュコス(魁傑)
「うーむ、じゃあ少しだけだぞ。そうだな、おぬしらのことは、ボロカスだな。」
青年a-レオボテス(毛利秀就)
「なに、ボロカスだって? いったいどっちがボロで、どっちがカスなんだよ?」
青年b-ヘルモリュコス(魁傑)
「そんなの知らぬわ、どちらも同じだろ?」
青年c-マグネス(路阿弥)
「いや、そこはでけぇぞ? 頼むからはっきりさせといてくれ。」
青年b-ヘルモリュコス(魁傑)
「はぁ? なら、おぬしがカスで、そっちがボロだ。」
青年a-レオボテス(毛利秀就)
「マジか、俺はボロか! だったら、キモンのことは何て言ってんだよ?」
青年b-ヘルモリュコス(魁傑)
「ふふ、そうだな。キモンは酷い男さ。先生がせっかく楽器教えてるのに、先生に向かって、『まず教え方が悪い!』って説教さ。そいで、『せっかく教えてもらいに来てやったってのに、なんか飲み物でも出さねぇのは、一体どういう親に育てられたんだ?』、って具合でな、散々毒づいていやがった。」
青年a-レオボテス(毛利秀就)
「マジか? あいつ、とんでもねえ野郎だな。」
青年b-ヘルモリュコス(魁傑)
「とはいえ、先生のほうもな、まんざらでもないという感じで、『ご免ねキモン、ありがとう叱ってくれて』って具合に、しなを作るんだ。」
青年a-レオボテス(毛利秀就)
「おいおい、あの先生さんはそういうのが好きな性質だったのかい?」
青年b-ヘルモリュコス(魁傑)
「うむ、まあ、年増は、若い少年の我が儘が可愛いというからな。」
青年a-レオボテス(毛利秀就)
「くそお、許せんな、キモンの奴!」
青年c-マグネス(路阿弥)
「おいおい、ヘルモリュコス、もうそのへんにしときな。キモンはともかく、あの堅物の先生がそんな玉かよ。舐めた口聞いたらすぐ拳とか笞とかが飛んでくるような奴だぜ? しかも全然似てねえよ。」
青年a-レオボテス(毛利秀就)
「そういや、口調も全然違うわな。」
青年c-マグネス(路阿弥)
「『先生、いつも素晴らしい音楽を教えてくれてありがとう! 僕もエウティッポスもおかげで、人前で恥をかかないぐらいに上達できたよ。本当にありがとう、先生! エヘヘヘヘ。』(キラキラ)ってなもんだぜ、キモンなら。」
青年a-レオボテス(毛利秀就)
「たしかに! さすがはマグネス、物真似がうめぇ。それに引き換え、やい、ヘルモリュコス! おめぇは滅多に冗談とか言わねえんだから、真に受けちまうじゃねえか。」
青年b-ヘルモリュコス(魁傑)
「さあて、どうだかな? 表と裏が全く同じってほうが珍しいんじゃないのか? 人間ってやつは。」
青年a-レオボテス(毛利秀就)
「おっ、どうした急に?」
青年c-マグネス(路阿弥)
「まあ、色恋沙汰の艶姿は、その相方しか見れねぇしな。」
青年a-レオボテス(毛利秀就)
「おめぇもどうした?」
青年c-マグネス(路阿弥)
「さあな、今頃よろしくやってんじゃねえのか、って話しさ。」
青年a-レオボテス(毛利秀就)
「なんだと、そいつぁ見逃せねぇな! 解った、だったら確かめに行くか、その裏の顔ってやつをよ。おめぇらも、ついて来い!」
青年c-マグネス(路阿弥)
「おい、ちょっと待てよ、ボロ!」
青年a-レオボテス(毛利秀就)
「はぁ? 置いてっちまうぞ、カス!」
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<O-283年><早春><山口-アテナイ市のとある練習場にて>
役者
「浦神-ディデュマの鐘の声ー、諸行無常の響きありー。」
合唱隊
「「「浦神-ディデュマの鐘の声ー、諸行無常の響きありー。」」」
役者
「卜部-ブランキダイの花の色ー、盛者必衰の理りをあらわすー。」
合唱隊
「「「卜部-ブランキダイの花の色ー、盛者必衰の理りをあらわすー。」」」
俳優
「浦上-イオーニアーは、柔①-ミレートスの話しで御座候。この町の始まりまで遡るに、今からおよそ五百年ばかり前の事、倭-ギリシャ本土は、民族移動の大混乱に陥っていた。逃げ惑う人々は、長州-アッティカに避難し、そこで怯えて暮らしていた。」
合唱隊
「「「あー、わー、あー、わー。」」」
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青年a-レオボテス(毛利秀就)
「あるぇ? キモンの奴、合唱隊に加わって、気持ち良さげに歌ってやがらあ。」
青年c-マグネス(路阿弥)
「知らなかったのか? あいつは、春祭りの劇に出演するんだよ。」
青年a-レオボテス(毛利秀就)
「え、そうなのか?」
青年c-マグネス(路阿弥)
「ああ、プリュニコス(観阿弥)さんの悲劇だ。キモンの親父さんが、その世話役を勤めてるからな。」
青年a-レオボテス(毛利秀就)
「なんだよ、だったら息子の特権でゴリ押しか?」
青年c-マグネス(路阿弥)
「そういう事だ。」
青年b-ヘルモリュコス(魁傑)
「いや、そうとも限らぬぞ。あやつは歌もそこそこいける口だからな。」
青年a-レオボテス(毛利秀就)
「おっ、音楽の先生も居やがる。あんだよ、ずいぶん楽しそうにしゃーがって!」
青年c-マグネス(路阿弥)
「そうか、あいつはお気に入りだからな。音楽の先生の推しを受けたのかもな。」
青年a-レオボテス(毛利秀就)
「なんだと、そいつはますます収まらねえな。こいつぁ野次り倒して、劇を失敗させるしかねーな。」
青年b-ヘルモリュコス(魁傑)
「止めておけ、そういうガキみたいな事は。」
青年a-レオボテス(毛利秀就)
「ガキじゃねえよ! ガキを合唱隊にゴリ押しするほうが、悪りぃんだ。悪い劇には、野次で迎えるのが、玄人ってもんだぜ。だろ?」
青年c-マグネス(路阿弥)
「おっ、レオボテスの旦那が珍しく良い事言った! そういう事だ、ヘルモリュコス。オイラたちは玄人の観客だ。そこらへんの浮っついた褒めるだけが能の素人風情じゃあねえ。厳しい客が居てこそ、演者も伸びるってぇもんだ。」
青年b-ヘルモリュコス(魁傑)
「おぬしら、何気取りだ?」
青年c-マグネス(路阿弥)
「あれっ? おいおい、キモンの野郎がこっち来るぜ。」
次男-キモン(小早川秀包)
「おー、君らも応援に来てくれたのかい? どうもありがとう。」
青年a-レオボテス(毛利秀就)
「ばっ馬鹿なこと言うない! 俺らがおめぇなんか応援する訳ねぇだろ? こっちは、音楽の先生に会いに来ただけだ。」
次男-キモン(小早川秀包)
「あぁ、そうか。じゃあ、先生を呼んでこようか?」
青年a-レオボテス(毛利秀就)
「いっいや、結構だ! 別に先生に会いに来た訳じゃねぇんで。」
青年c-マグネス(路阿弥)
「どっちだよ!」
青年a-レオボテス(毛利秀就)
「俺らはな、劇作家のほら、あのなんて言ったか、そうだ! プリュニコス(観阿弥)、さんだっけか? あれに挨拶しとこうと思ってな。」
次男-キモン(小早川秀包)
「そうか、でも僕らへの指導でずいぶん忙しいからね、今すぐはちょっと無理かも。」
青年a-レオボテス(毛利秀就)
「いっいや、結構だ! 別に作家に会いに来た訳じゃねぇんで。」
青年c-マグネス(路阿弥)
「だから、どっちだよ!」
青年a-レオボテス(毛利秀就)
「それより、キモン、ずいぶん頑張ってるようじゃあねぇか?」
次男-キモン(小早川秀包)
「まあね、こっちに戻ってから、ずっと練習を重ねているんだよ。秋からだから、もう半年近くになるかな。でも辛くはないよ、プリュニコス(観阿弥)さんの劇はほんと素晴らしいんだ。美しくて、悲しくて。思わず時を忘れてしまうほどさ。」
青年a-レオボテス(毛利秀就)
「そら、そうだ。あの人は、長州-アッティカでの第一人者なんだろ?」
青年c-マグネス(路阿弥)
「その通り、何度も優勝してる。」
青年a-レオボテス(毛利秀就)
「てぇことは、倭-ギリシャ全土での第一人者っつうことでもある。俺ら山口-アテナイ人の誇りさ。」
青年c-マグネス(路阿弥)
「とはいえ、劇の競演に選ばれた作家は、もう二人居る。噂では、そっちのほうもなかなかの傑作に仕上がってるらしいぜ?」
次男-キモン(小早川秀包)
「そうなのかい? だったら、君らも応援してくれよ。ネタバレはあんまり出来ないけど、ほんとに泣ける良い劇なんだ。」
青年a-レオボテス(毛利秀就)
「ああ、任せとけ! 当日はよ、朝早く並んで、劇場の最前列に座ってやるつもりだ。」
青年c-マグネス(路阿弥)
「じっくり見てやるから、とちるなよ、キモン。」
次男-キモン(小早川秀包)
「あ、練習が再開するらしい。」
青年a-レオボテス(毛利秀就)
「おー、頑張れよ、キモン。」
青年a-レオボテス(毛利秀就)
「あれっ? なんで俺たちキモンを応援してるんだ?」
青年b-ヘルモリュコス(魁傑)
「うむ、おぬしら、練習を邪魔しに来たんじゃなかったのか?」
青年a-レオボテス(毛利秀就)
「ったく! ほんと、キモンの野郎は、調子が狂うな。」
青年c-マグネス(路阿弥)
「で、春祭りの当日は、ほんとに早起きすんのかい?」
青年a-レオボテス(毛利秀就)
「そっそらー、俺も男だからな。一度口にした事は、よっぽどじゃなきゃ、引っ込めらんねえからな。しゃーない、いっちょキモンのために最前列とやらをおさえますか。」
青年c-マグネス(路阿弥)
「まあ、しゃーねーか。キモンはともかく、劇は楽しいしな。」
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