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『O-286. 萩-マラトンの戦い劇(主役は小早川ミルティ)』  作者: 誘凪追々(いざなぎおいおい)
幕の一:O-283. 一年目の脱出
13/115

1-③ 故郷の思い出:その2

<O-283年><晩夏><津軽半島-ケルソネソスの鯵ヶ沢-カルディア城にて>


    幼なじみ-エウティッポス(白井景俊)

「キモンくん、お爺さんとお婆さんを連れてきたよ~。」

    次男-キモン(小早川秀包)

「おお、爺も婆もわざわざすまないね。」

    アッティカ爺

「キモンの坊ちゃん、この緊急事態に歴史の勉強とは、ずいぶん悠長な趣向でございますことじゃ。」

    次男-キモン(小早川秀包)

「勉強をさぼると母さんがうるさいからね。」

    ドロンコイ婆

「ホーホホホ! キモンの坊ちゃんは肝が据わっておられる。将来が楽しみじゃわい。」

    次男-キモン(小早川秀包)

「ありがとう。でも、残念ながら我が小早川ピライオス家の、ここ津軽半島-ケルソネソスへの統治は、五十年ばかしで終わってしまうようだ。で、ここに集まってもらった僕らはみんな、今後の身の振り方を考えなくちゃならない。ここに残るもよし、ここを去るもよし、我々についてくるもよし、我々を裏切るもよし。」

    兵士たち

「「「えっ! 裏切って良いんですか?」」」

    次男-キモン(小早川秀包)

「良く無いさ! でも裏切りたいっていうんなら仕方ないでしょ? それは自由だ。」

    兵士たち

「「「ザワザワ・・・。」」」

    次男-キモン(小早川秀包)

「ただ、その前に一つだけ、付き合って欲しい事があるんだ。歴史の勉強に付き合って欲しいんだ。」

    兵士たち

「「「ザワザワ・・・。」」」

    次男-キモン(小早川秀包)

「ねぇ、アッティカ爺とドロンコイ婆は、初代がこの地へやって来た頃から、生きているのでしょう?」

    アッティカ爺

「このアッティカ爺めは、今年で九十歳になりまするぞ。生まれは長州-アッティカの山口-アテナイ市。我が友・初代ミルティアデス(竹原興景)は、四頭立ての戦車を駆って、高千穂-オリュンポスの競技祭で優勝するほどの腕前で、とにかく目立つ方でございましたなぁ。しかし運悪く、当時の山口-アテナイ市には、ペイシストラトス(大内義興)という男が長州-アッティカの政治を牛耳り、おかげでポリスの要職は全て、この男の一族か、もしくはこの男の息がかかった者どもだけに、独占されておったのですじゃ。

 鬱々として暮らす初代ミルティアデスは、ある日、仲間たちとともに、自分の家の前の道端で、大した目的も無くあれこれ駄べっておられた。するとそこへ、見慣れぬ風体の一団が通り過ぎようとした。それが、岩木-ドロンコイ族の一行だったのじゃ。」

    岩木-ドロンコイ婆

「さてさて、そろそろこちらの番だわな。このドロンコイ婆は、今年で百歳になりまする。生まれはここ津軽半島-ケルソネソスの岩木-ドロンコイ族、はぁ、陸奥-トラキア民族の一部族でございます。

 その頃の岩木-ドロンコイ族と言えば、隣りに暮らす弘前-アプシントス族との間で、果てのない争いを続けておりましてな、はぁ、しかもこちらのほうがだいぶ、旗色が悪うてのぉ。戦いの行く末が、どうなってしまうのかを知りたい、と思った我々は、部族の重立った者どもを、奈良-デルポイの神殿へと使わす、ことにしたのじゃ、はぁ。すると、奈良-デルポイの巫女が答えて曰く、『汝らが国へ帰る途次、汝らを客としてもてなしてくれた最初の者を、汝らの国家再建の指導者として、汝らの国へ連れ帰るが良い』と。

 フム、この言葉を信じた岩木-ドロンコイ人の一行は、五畿内-ポキスを去って、山陽道-ボイオティアのほうへと歩いて来たのじゃが、見慣れぬ異装の彼らを、客として招いてくれる者は、ただの一人も現われんかったそうな。そこで道を転じることとし、長州-アッティカへと向かい、そして山口-アテナイの町へと、入ったのであったのじゃ、はぁ。」

    アッティカ爺

「今度はこちらの番じゃな。さて、岩木-ドロンコイ族の一行は、その見慣れない服装と、その変わった槍で、山口-アテナイ人の注目を大いに浴びた。そんな中でも、とりわけ珍しいもの好きの初代ミルティアデスは、彼らを見かけるやすぐに声をかけ、『なんなら宿を貸してやるから、泊まって行けばいい』と、優しく手を差し伸べたのじゃ。」

    岩木-ドロンコイ婆

「そうそう、岩木-ドロンコイ人の一行は、この初めての好意に大いに感激し、そして大いに感謝したのじゃ、はぁ。そして、ありがたくそのもてなしを受けつつ、奈良-デルポイで授けられた神の言葉を、全てミルティアデス殿に伝え、『どうか神のお告げに従って、我々を救っていただきたい』と、頼み込んだのじゃった、はぁ。」

    アッティカ爺

「その時の初代ミルティアデスは、大内ペイシストラトス家の独裁にうんざりしていて、いっそ国を出たいと思っていたほどだから、この申し出をむしろ大いに喜び、一も二もなく受け入れたのじゃ。彼は、この計画を長州-アッティカ中に公示し、この遠征に参加したい者を大々的に募集すると、申し込んで来た者全てを引き連れ、岩木-ドロンコイ族の一行と共に船に乗り込み、津軽半島-ケルソネソスへと向かったのであった。かくいうこの爺もその中の一人、まだまだ若かったようじゃな。」

    岩木-ドロンコイ婆

「ホッホッホ、若かったのは、この婆も同じじゃ。初代ミルティアデス殿は、四十歳ぐらいであったろうかのお、はぁ。金色に輝く鎧兜を着け、黒く厳めしい船の上からこの地へ降り立つその武者ぶりは、誠に凛々しく、はぁ。岩木-ドロンコイ族の娘たちは、みな顔を赤くしながら仰ぎ見たものじゃ。」

    アッティカ爺

「ヒャッヒャッヒャ、ドロンコイ婆の今の姿を見ていると、想像もつかぬな、そんな娘時代があったなど。」

    岩木-ドロンコイ婆

「ホッホッホ、ならば、思い出させてやろうか? そなたら倭-ギリシャ人の若者どもは皆、我ら岩木-ドロンコイ族の娘にちょっかいかけようとして、こっぴどく叱られておったじゃろうが? はぁ。たしか、そなたもその一人だったように、記憶しとるがの?」

    アッティカ爺

「ヒャッヒャッヒャ、はてさて、五十年も前の事など、覚えておれんよ。」

    岩木-ドロンコイ婆

「ホッホッホ、ならば、続きは婆が語るぞよ、はぁ。さて、岩木-ドロンコイ族は、初代ミルティアデス殿を主として迎え入れ、津軽半島-ケルソネソスを共に攻め従え、ここに独立国家を一つ、拵えたのじゃ。」

    次男-キモン(小早川秀包)

「そうだ、津軽半島-ケルソネソスの付け根にとても長い城壁があるけど、これは初代が築かれたものなんですよね?」

    アッティカ爺

「フムフム、あれは初代の偉大なる功績の一つですじゃ。というのも、しばしば襲いかかって来て、頭痛の種となっていた、あの弘前-アプシントス族が、こちらへたやすく入ってこれないようにするための、障壁ですのでな。これのおかげで、津軽半島-ケルソネソスは三方を海、残る一方を壁で囲まれた巨大な安全地帯となった訳なのですじゃ。」

    次男-キモン(小早川秀包)

「おおっ!」

    岩木-ドロンコイ婆

「アッティカ爺の言うとおり、初代の功績は、言葉だけではもったいないほどの、大きさでございますじゃ、はぁ。ありがたや、ありがたや。ゆえに我らは、『植民地開拓者』の称号を初代に、捧げましたのですじゃ。しかしながら、はぁ。そんな初代にも寿命はやって参ります。連年の戦いで傷つき、疲れられたのでありましょう、はぁ。初代に子供は一人も居られなかったため、甥のステサゴラス(沼田繁平)殿を招いて、後継者にされました。この二代目は、後の三代目ミルティアデス(小早川隆景)殿の、実の兄で御座いますのじゃが」


<以下、少々長くなるので、中略>


    アッティカ爺

「ヒャッヒャッヒャ、キモンの坊ちゃん、これが、我々が直に見聞きした歴史ですじゃ。」

    ドロンコイ婆

「ホッホッホ、左様、これが津軽半島-ケルソネソスと、そして小早川ピライオス家の、五十年に渡る生い立ち、ですじゃ、はぁ。」

    兵士たち

「「「ザワザワ、ザワザワ」」」

    次男-キモン(小早川秀包)

「うんうん、アッティカ爺もドロンコイ婆もありがとう。貴重な話しを、本当にありがとうね。・・・しかし、なんだか空しいな。・・・『人間五十年』ってのは、人間だけじゃなく、国にも当てはまるんだな。・・・」

    兵士たち

「「「・・・」」」

    次男-キモン(小早川秀包)

「こないだ、宴で観せてもらったプリュニコス(観阿弥)の悲劇にも、そんな一節があったんだよ。・・・エウティッポス(白井景俊)、楽器はあるかい? ちょっと伴奏を頼む。」

    幼なじみ-エウティッポス(白井景俊)

「はい、キモン君、竪琴なら。それでいいかな?」

    次男-キモン(小早川秀包)

「ああ、ありがとう、じゃーそれで。・・・スー、『人間五十年ー、下天のうちをくらぶればー、夢幻の如くなりー。」

    幼なじみ-エウティッポス(白井景俊)

「ポロポロ、ポロロン、ポロロロン」

    次男-キモン(小早川秀包)

「ひとたび生を得てー、滅せぬものの、あるべきかー』」

    幼なじみ-エウティッポス(白井景俊)

「ポロポロ、ポロポロ、ポロロポロン」

    兵士たち

「「「・・・。」」」

    次男-キモン(小早川秀包)

「我が名はキモン! ミルティアデスの息子にして、ここ津軽半島-ケルソネソスの産まれだ。幼い頃から皆に愛されて育った。父からも、母からも、兄からも、姉からも、爺からも、婆からも、歩兵長からも、騎兵長からも、兵士たちからも、住民たちからも、友たちからも、子供たちからも。そして、この津軽半島-ケルソネソスの山や海や野や川や、馬や魚や葡萄やオリーブや、春や夏や秋や冬からも。あれもこれも一杯に! だからキモンも皆にお返ししようと思い育った。でも返しきれる訳ない。こんなに溢れるような愛情を、どうやったら返せるというのかい? すると我が父ミルティアデスは言った。『いいか、キモン? 愛情って奴は、金銭みたいに借りたり返したりするもんじゃあないんだ。愛情を受けたからって、きっちり同じ量だけ返そうとしたら、かえって薄情ってもんだ。だから逆に、お前が愛情を与えたからって、そいつから見返りを求めるなよ。でもな、キモン、なんかの機会に愛情を返されると、たまらなく嬉しいよな。え? 言ってる意味が解らないって? ハハハ、そいつはきっと大人になったら解るぞ、キモン? だからお前は、その調子で、これからも真っすぐに生きて行け。』・・・」

    兵士たち

「「「・・・。」」」

    次男-キモン(小早川秀包)

「ほんと、何言ってるんだろうな、僕は。・・・ううっ(涙)」

    兵士たち

「「「・・・。(涙)」」」

    次男-キモン(小早川秀包)

「とはいえだ、諸君! こんな良い話しを聞いてしまったなら、もう裏切ろうなんて考える訳ないよな? いいや、いいや、人並みの情があるなら、そんな薄情、思えるはずがない!」

    兵士たち

「「「ザワザワ、ザワザワ」」」

    次男-キモン(小早川秀包)

「そうだよな? 勇敢なる兵士の諸君ーん!」

    兵士たち

「「「いやいや、キモンの坊ちゃん、さっき裏切るのは自由だって、言ってなかったっけ?」」」

    次男-キモン(小早川秀包)

「知らん!」

    兵士たち

「「「えー!?」」」

    歩兵長

「ハーハッハッハ! こいつあ良い! さすがはキモンの坊ちゃんだー! なあ、お前ら確かに聞いたな? こんな良い話しを聞いちまったからには、そら裏切れねぇよなー? これで裏切るなんて、人間じゃねぇやなー? なぁ! そうだろう!? お前ら!? よぉ! どうなんでぇー!?」

    兵士たち

「「「まったく! かなぁねーなあ!」」」

    騎兵長

「フフフフ、キモンの坊ちゃんには誰もかなわない!」

<しかし、ここで、無情にも、裏切りの報告が届く>

    伝令

「報告します! 領内に住む陸奥-トラキア人の部族が複数蜂起し、人質を返せと要求している由に御座います!」

    歩兵長

「なっ、それは本当なのか? そいつは不味いぞ!」

    伝令

「はい、詳細な報告は、もう間もなく!」


    別の伝令

「報告します! 領内にある倭-ギリシャ人の町のいくつかが、敵方に寝返ったそうで御座います!」

    歩兵長

「なんだと? そいつは間違いねぇのか?」

    伝令

「はい、詳細な報告は、もう間もなく!」

    騎兵長

「フム、これが連鎖的に拡大すれば、この城だって、危なくなる。」

    歩兵長

「駄目だ! この鯵ヶ沢-カルディアだけは、絶対ぇ失う訳にいかねんだ! 三代目が戻るまではな!」


    兵士たち

「「「ザワザワ・・・おいおい、俺たちはどうしたら良いのだ? 戦ったら良いのか、それとも逃げたほうが良いのか? 三代目は一体いつになったら帰ってくるのだ? まさか、俺たちを見捨てて、自分だけ助かろうとしてないだろうな? なんだって! 俺たちは見捨てられたのか?・・・ザワザワ」」」


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