第7話 フラグを立ててなるものか!
そうして彼を取り巻く女性のところへやって来た。
「すごい人ね……これじゃあアンディ王子が見えないわ」
そう言いつつ、ローズはその場でぴょんぴょんと跳ねている。出遅れた娘たちは、同じように跳ねている人がいた。貴族の娘としてのたしなみは、と思うが、それを忘れさせてしまう貴い存在なのだ、王子という人は。
「もしかしたら、中2階の方から見た方がいいんじゃない?」
ベリンダは人混みにうんざりしてそう言うのだが、
「嫌よ、近くでアンディ王子のことを感じたいのよ」
「あー……そう」
うんざりしつつ、もうローズとははぐれたことにしてどこかに行ってしまおうかと考えたが、しかし、と考える。
今までの6回の中でベリンダが踊りに誘われなかったことはない。その後、王子とは上手くいかずに他の男性と結ばれることになっても、この踊りに誘われるくだりはある。
しかし、このドレスではアンディ王子に誘われることはないだろう。
そうなると、誰がアンディ王子と踊ることになるのか気になる。とうとう、セシリーが踊ることになるかもしれない。
さあ、この後の展開はどうなるんだ、と固唾を呑んで見守っていると、アンディ王子はどの女性を最初のダンスに誘おうかと迷っているように歩き続けており、娘たちはその歩みに合わせて動いている。
(もうっ、さっさとセシリーを誘えばいいのに! 1番いい場所に居て、1番目立っているじゃない)
それに、セシリーを選べば誰も不満はないだろう。仕方がないわね、だって侯爵令嬢だもの、と思ってくれる、1番角が立たないのだ。
しかし、アンディ王子はセシリーの前を通り過ぎ、こちらへと近づいてきた。
ベリンダはできるだけ後ろにどいて、目立たないようにと務めた。いや、この状態で選ばれるはずがないとは知っているのだが。
しかし、アンディはなんとベリンダのところにまで人混みをかき分ける……というか周りの女性が遠慮して道ができたのだが、わざわざベリンダの前まで歩いてきたのだ。
「ああ、これはなんて素敵なドレスを纏った女性なんだろう」
「はあ?」
思いっきり険を込めた声を上げてしまい、周囲にぎょっとされるがアンディ王子は少々の不思議顔をしただけですぐにいつもの優しげな表情に戻った。
「初めて見る顔だね、慣れない場所で緊張しているのかな?」
「は、はあ……」
「決めた。今宵の初めてのダンスの相手は君だ。さあ、共に踊ろう」
そうして、アンディ王子はベリンダに手を差し出してきた。 ゴム製か?
アンディ王子とのフラグはゴム製なのか。折ろうと思ってもびょんっと戻ってしまうゴム製なのか。
(……どうしてわざわざ私を選ぶ!)
思いっきり喚いて、なにかに当たり散らしたい気分だった。
なかなか自分の手を取らないベリンダに不審げな表情を向けながらも、手を引っ込めようとはしない。
周囲の娘たちは『なんて幸運な娘なのかしら』だとか、『見たことがないけれどどこの娘かしら』だとか、『ダンスを受けるときの作法すら知らないのかしら』だとかざわめき始める。
そんな中で。
ベリンダはアンディ王子の手をぱんっ、とはねのけた。
「お断りします……!」
「え?」
この時のアンディ王子の顔が忘れられない。周囲の娘たちもそうだ。
突然、雷にでも打たれたかのような、ぽかんとした表情をしている。なにが起こったのか理解できず、どうしていいのか分からない、そんな顔だ。
それはそうだろう。
アンディ王子主催の舞踏会で、アンディ王子の踊りの誘いを断るだなんて。お前は一体なにをしにきたのだ、と糾弾されてもおかしくない。
そして、もちろん王子の申し込みを断るなんてとんでもない。許されないことだ。
周囲が息を呑んで見守っている中で、ベリンダは声を上げた。
「アンディ様の気まぐれに付き合って、惑わされるのはごめんです」
「いや、別に気まぐれなわけでは……いやいや、やっぱり気まぐれか?」
「ご自分のお立場をお考えください。舞踏会に不慣れなわたくしのことを助けてくれるつもりだったのかもしれませんが、心配は不要です」
「自分の立場なら重々承知しているつもりだが?」
ダンスを断られて驚いている、という感情からだんだん不快になっていたような気配が感じられた。
「王子というお立場なら、もっと相応しい人を相手に選ぶべきです」
「私は、ダンスの相手も自由に選べないのかい?」
「私よりももっと相応しいお相手がいるでしょう?」
(ほらほら、セシリーとか!)
心の中で熱烈にお勧めするが、それは残念ながらアンディ王子には届かなかったようだ。
アンディ王子はベリンダに差し出していた手を引っ込めて、
「……興が冷めた、私はこれにて退出することにする」
やれやれと肩をすくめてからくるりとベリンダに背を向けて、早足で歩いて行ってしまった。