第6話 王子の発表とフラグ回避
今までは知り合いを探すふりをしていたが、セシリーが現れたことでついついそちらばかり見てしまう。
そして心配してしまうのだ。
取り巻きの娘たちはもちろん大事だけれど、あんまりその娘たちに構っているとダンスに誘ってもらえないわ、だとか、もうちょっとだけでも笑顔を見せた方が男性は近づいてきやすいわよ、プライドが邪魔するのは分かるけれど、だとか。
まるで母親みたいだな、と思うと苦笑いが漏れる。
「ああ……セシリー様はそこに居るだけでついつい目がいってしまうわよね」
ベリンダがセシリーばかり見ていることに気がつかれてしまったらしい。
「そ、そうね。ついつい……」
「分かるわ。私だってできればセシリー様みたいな見た目に生まれたかったもの。そうすれば人生変わったわよね」
「そうでしょうね」
「アンディ王子様に相応しい女性、って考えると一番に思い浮かんでくるのはセシリー様よね。見た目も家柄も申し分ないもの」
「ええ、私もそう思うわ。アンディ王子はセシリー様と結婚するべきよね」
「そうよね、素敵だものね」
(周囲の声もそう言っている。ここはなんとしてもそう仕向けてやるわ!)
ベリンダは改めて決意を固めた。
そうして、楽団の演奏が終わると舞台の上に使者が立った。金糸でふちどりをされた緑色の貴族服で、豪奢でそして重そうである。
「シシリー王国王子、アンディ様」
その声を聞くなり、広間にいる人たちが壁側により中央に道をつくった。
すると、中二階から広間へと下りる孤を描く大階段から、アンディ王子が下りてきた。後ろには従者たちを従えている。
アンディ王子は金髪碧眼で爽やかな容姿の、王子と言われて誰もが想像するような美男子だった。今日も周囲に笑いかけながら手を振っている。
見ると、セシリーもアンディ王子に注目していた。
セシリーが一番と思っている結婚相手はアンディ王子であり、王妃になることを夢見ていた。
そのために見た目の美しさに気を配り、教養を身につけるために多くの家庭教師に習い、王妃として相応しい立ち居振る舞いを身につけてきた。
(今度こそ、その夢叶えられるようにサポートするわ!)
そして。
ベリンダの目はついつい、王子の背後についている人へと向かってしまう。
(ああ、ヒューバート様がいるわ)
ヒューバートとはこの国の若き宰相であり、ベリンダ……この場合は今はベリンダの中に入っている元悪役令嬢が憧れてやまない人である。
なぜ憧れているかといえば、彼だけはベリンダになびかないというところが大きい。つまりは攻略不能なキャラなのだ。
彼はサザーランド家と並んで二大貴族と言われているガーフィールド家の人間である。
そして、セシリーの家とはとても仲が悪い。
サザーランド家とガーフィールド家は交代で宰相の座を務めるのが慣例となっていたが、ヒューバートの代になってその慣例が崩れたのだ。
つまり、ヒューバートはそれほど優秀な人物で、国王に信頼を置かれているのだ。
しかし、サザーランド家としてはそれでは納得がいかない。
というわけで、両家の仲はこの国始まって以来の険悪さだと囁かれている。
セシリーの父親は……ベリンダがセシリーだった頃に、娘から見ても傲慢で不誠実な人だと思えた。これはヒューバートに負けて当然と思えるような人物だったので、国王がまだ年若いヒューバートの方を選んでもまるで不思議ではない。しかし、貴族の世界ではそうもいかないらしく、いろいろと複雑である。
「やっぱり素敵ね」
ベリンダはヒューバートの方を見てそう呟くが、
「ええ、やっぱりアンディ王子は素敵だわ。一度でいいから、アンディ王子とお話ししてみたいわ」
盛大に勘違いされてしまった。
まあ、それも無理はないのだ。ヒューバートは無口で愛想がなく、相手が国王であっても自分の意見を決して曲げない人で、女なんて誰でも一緒だ、なんて公言するような人なのである。
鉄の魂を持っている、ともっぱらの噂で、宰相としては頼もしいが付き合いづらい人物として認知されている。
ベリンダはその孤高な男っぽさに憧れを抱いてしまう。
銀色の髪に銀色の瞳、角張った骨格に厚い胸板、人を射殺すような鋭い目つき。どこを取っても素敵だとベリンダは思うのだが、多くの人は彼のことを『目つきの悪い軍人』呼ばわりする。そこが素敵なのではないか、と思うが、同意する人の意見を聞いたことはない。
「今日は私が主催する舞踏会にこんなにも大勢の人が集まってくれて嬉しく思う」
ベリンダがヒューバートに見とれている間にアンディ王子の挨拶が始まった。
今まで音楽と人の会話で溢れていた広間がしんと静まりかえり、誰もがアンディの言葉に耳を傾けている。
「皆も知っての通り、もうすぐ私は18になる。そろそろ妻を娶ってもよい年齢だ」
現代的な感覚ではまだ若くない?と思うが、ここはシシリー王国である。車も電車もなく、電気も通っていない、暖房器具は暖炉という世界だ。男性は14歳で成人扱いされるため、14で結婚する人もいる。アンディ王子の18での結婚はごく一般的なのである。
「奇しくも、私の18の誕生日の日は王都で花冠祭りが催される日でもある」
確かにそうだったな、というざわめきが広間に広がった。
花冠祭りは毎年10月半ばに行われる、この国で一番盛り上がるとされる祭りである。
周辺の町や村だけでなく、周辺国からもゲストとして王侯貴族がやって来るような祭りだ。
13から18の娘達が花の冠をかぶり色とりどりのドレスを着て、籠に入った花をまきながら通りを歩くという華やかな祭りである。
そしてその娘達の中から花冠の女王が選ばれる。
花冠の女王は投票で選ばれ、貴族でも庶民でもなる資格があるが、おおよそ、貴族の娘が選ばれることが多い。
これは大変な名誉で、その年1年、その娘が花冠の女王として様々な舞踏会や催しものに出席する。
「私は、今年の花冠の女王を妻にしたいと考えている」
おぉーっという歓声が上がった。
ベリンダはもう六度目であり、アンディ王子のこの発言は慣れたものだが、他の者にとっては違う。これは前代未聞の大事なのである。
花冠の女王になったものを妻とする。
つまり、庶民であっても王妃になるチャンスが与えられたということである。
「私は、常に皆に選ばれる王になりたいと思っている。それゆえ、皆に選ばれた娘を妻として迎えたい」
アンディ王子は熱く語っていくが、広間のざわめきはおさまらない。
それは素敵なことだ、革新的な王子らしい、と囁く声がある中で、なんという暴挙だ、王子はどうかしてしまったという声もある。
「皆、冷静に聞いてほしい。これは王宮内会議でも認められたことであり、決定事項なのである」
そんな言葉にも囁く声は止まらない。
「そういうことで、我こそは我が妻に、と思う女性がいたらぜひとも花冠の娘としてエントリーして欲しい。受付は今月末までと聞いている。……それでは、皆、今宵舞踏会を楽しんでくれ」
アンディ王子がそう言って楽団の方へと合図を送ると、再び舞踏曲が広場に響き渡り、ざわめいていた人々が徐々に踊り始めた。
それを確かめたようにアンディ王子が広間へと下りてくると、彼とは少々の距離を取りつつ娘たちが周囲を取り囲んだ。踊りに誘って欲しいということだ。
「ベリンダ、私たちも行きましょう」
「えぇえ? 行ったところで私たちなんて目もくれられないわ」
本当は目もくれられないどころではないのだが、とりあえずそう言っておいた。
「分かっているわよ。でも、アンディ王子のダンスを間近で見たいでしょう?」
そう言ってローズは行ってしまい、ベリンダも仕方なくそれに続いた。
アンディ王子とのフラグは、彼を取り巻くこの娘たちの集団の中で『なにあのドレス』『だっさい、よくあんなドレスで王宮に来られたわね』とベリンダが言われ、それを見かねたアンディ王子がベリンダをダンスに誘うというものだ。
そうして、君も花冠の娘にエントリーして欲しいと言われ、真に受けたベリンダがエントリーし、その真に受けたことが上手くいくといったことになっていった。
しかし、今はあんなダサいドレスは着ていない。
友人が夜なべをしてくれて作った、どこに出ても恥ずかしくないドレスを着ている。これだったらセシリーもその取り巻き達も文句がつけようがないドレスである。
ゆえに、アンディ王子の側に行ってもなんの問題はない……はずだ。