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第5話 悪役令嬢と舞踏会

「ねぇベリンダ、アンディ王子の特別な発表って一体なんなのかしらね? もしかして結婚の発表だったらどうしよう?」


「ああ、そうじゃなくて……」


 と、ついうっかり言いかけて慌てて口を噤んだ。

 アンディ王子が発表することがなにか、ベリンダはもちろん知っているが、それを話してはいけない。ネタバレは厳禁である。


 ベリンダはローズと共に王宮に来ていた。一緒に来たローズの両親とは別れて、ふたりで広間へ向けて歩きながら話していた。

 ローズは焦げ茶色の髪に蒼い瞳をした、ちょっとふっくらした娘だった。背はベリンダと同じくらいで、チョコレートとキャンディに目がない。王宮へ向かう馬車の中でも棒キャンディーを食べて母親に怒られていた。


 彼女はベリンダを姉のように慕っていて、やけにくっついてくるのが少し気になる。今もベリンダの二の腕にがっしりと抱きついていて、とても歩きづらい。


「え? そうじゃなくて、なに?」


「ああー……えっと、だってアンディ王子には女性の噂なんてまるでないじゃない。それが急に結婚の発表だなんて」


「それはそうだけれど。でも、恋の訪れなんて急じゃない? アンディ王子だっていつそんな恋に落ちるか分からないわ」


「……ああ、まあ、それもそうだったわ」


 この世界に来てから一度目のときに、ベリンダはこの王宮舞踏会でアンディ王子と出会って一目惚れされ、それから熱烈にアンディ王子に言い寄られ、そして結婚するのだった。


「もしかして、この舞踏会でアンディ王子は運命の相手に出会うかもしれないわね。だって、こんな大勢の人が来ているんだもの。国中の貴族の娘が集まっているようよ」


「そうよね、すごい人出よね。馬車を止める場所もないくらいだったもの。こうして歩いていても息苦しいくらいの人だわ」


 これがセシリーだった頃には、大勢の人がいても取り巻きたちが自然によけさせてくれたから息苦しいことはなかったな、と懐かしく思う。

 そうしてふたりは人混みに翻弄されながら、なんとか広間へとたどり着いた。


 楽団の奏でる音色が高い天井に大きく響いていた。

 ここは王宮の中で一番大きな広間である紅玉の間だった。

 二階まで高く吹き抜けになっていて、壁に沿って中二階もある。豪奢なシャンデリアが輝き、寄せ木細工の床が美しい。壁には現国王の肖像画が飾られている、この国の栄華を象徴しているような広間だ。


 ふたりはまずは壁際に寄って立った。

 そうして話しながら男性に踊りに誘われるのを待つのだ。しかしただ待っているだけではなかなか誘われる可能性が低いので、知り合いがいたら話しかける。その流れで、その知り合いに誘ってもらえるかもしれないし、知り合いを紹介してもらえるかもしれない。


「ねえ、知っている人がいたら声をかけてね? 私、このまま壁の花は嫌だわ」


 ローズはそう言いながらあちこちに瞳を動かしている。

 確かに、せっかく舞踏会に来たのに誰とも踊らずに帰るのは寂しいだろう。


(あー……セシリーの知り合いならばいるんだけれど、ベリンダの知り合いなんて分からないわね)


 むしろ、ここにはベリンダの知り合いなどひとりもいない可能性も高い。

 ベリンダは王宮に来ることなんて滅多にないのだ。今日だってそういえばローズの付き添いではないか。ただ物珍しさに来た、という理由のはずだった。


(私としてはダンスの相手、よりもセシリーを探したいんだけれど)


 もちろん、セシリーもこの舞踏会に来ているはずなのだ。

 セシリーがベリンダの存在を初めて知ったのがこの舞踏会であり、そうして『あの貧乏子爵の娘になんて、この私が負けてなるものですか!』と闘志を燃やすことになる。

 そして、なにより気になるのが、今のセシリーの体の中には誰が入っているのかということである。


 普通に考えれば、元ベリンダがセシリーの体に入っているはずだった。一体どんなことになっているのか、気になる。


(あの子のぼんやりとした性格じゃ、悪役令嬢になりきれてないかも)


 そうして時には体を斜めにしながらセシリーのことを探していると、ふと、セシリーの取り巻きを見つけた。

 彼女に居場所を尋ねたかったのだが、今のベリンダがセシリーの居場所を聞いても奇妙に思われるだけだ。それに、セシリーの取り巻きならば見知らぬ者に居場所を教えたりなんてしない。


「ねえローズ、いっそのことアンディ王子を狙ってみるっていうのはどう?」


「狙う……? どういうこと?」


「アンディ王子の嫁の座を狙うってことよ」


 そうなれば、まずはベリンダとアンディ王子とのフラグはへし折れる。まずは手近な従姉妹にそれを勧めてみたのだが。


「ちょっ、と。ベリンダったらなにを言い出すの? 畏れ多いわよ王子を狙うだなんて、そんな……。私みたいな娘が」


 ローズは頬に両手を当て、顔をぽうっと赤くした。

 まんざらではない、というふうに思える。ここはもうひと押し、と更に続ける。


「どうして? ローズにだってチャンスはあるわよ。裕福な男爵家だし」


「ううん、そんな私の身分じゃ釣り合わないわ。アンディ王子はもっと高貴な方と結婚するべきよ。ほら、サザーランド侯爵家のセシリー様みたいな」


 ローズが視線を投げた先には、他でもないセシリーが立っていた。

 こうして他人として見ると、改めてなんて美しい姿だろうとくらくらする。

 セシリーはすらっと背が高く、背中まで届くストレートの金髪に碧色の目が美しい娘だった。涼しげで切れ長の目元は彼女の知性を表しているようであるし、薄い唇は彼女の強い意志を表しているようだ。


「今日もたくさんの取り巻きたちと歩いているわね……いち、にい、さん……八人?」


 しかも、どの娘も名の知れた貴族の娘である。

 しかし、外から見るとより分かるのだが、この取り巻きたちがセシリーを男性から縁遠くしているのかもなと考えてしまう。あの女性たちを押しのけてセシリーに話しかけるのはなかなか勇気がいるだろう。


「やっぱり女性でも憧れるわよね、セシリー様」


「ええ! 私も一度お話ししてみたいわ」


(あら、そうだったのね)


 ローズはベリンダの従姉妹、という認識しかなく、セシリーだった頃にはこちらから声を掛けようなんて気にはならなかった。


「どうしてセシリー様がまだご結婚を決めていないのか不思議だわ」


(ええ、本当にね……)


「高貴な方の求婚を待ってらっしゃるのかしら? それとも求婚が殺到して選べないだとか?」


(いえ、それはないのよ。残念ながらね)


 どうしてあんなに家柄もよく、見た目が美しく、頭がよくて気遣いがある娘が結婚相手のひとりも見つけられないのか不思議で仕方がない。


 六回の転生の結果分かったのは、きっとセシリーには隙がないからだろうということだ。生意気で高慢ちきでいけ好かない娘、とどうやら周りは思っているようだ。

 本当は外見だけではなく内面も素晴らしい。教養にあふれ、慎重であり、人望もあり、世の不平に毅然と立ち向かう優れた女性だというのに。


「本当に世の中って不公平よね」


 ベリンダは深々とため息を吐き出した。


「ええ、そう思うわ。セシリー様と比べたら私たちなんて道ばたの石ころみたいなものだわ」


 どうやら別の意味に取られてしまったようだ。

 その石ころがこれから誰もが羨むような男性と結ばれ、幸せを手に入れるのだ。もう六回も!


(こ、こんどこそはセシリーに花を!)


 改めてそう決意して、こちらのことなど道ばたの石ころのように気付かず通り過ぎていくセシリーを見つめていた。


「ねぇ、ベリンダ。ベランダに行かない? ちっとも踊りには誘われないし。こんな人が多いところにいるせいか、ちょっと暑くなってきたわ」


 そうローズに誘われるが、気が進まない。


(ここでベランダに行ったら、その途中で酔った伯爵に絡まれてしまう。そこへ騎士団長のカーティスがやって来て……)


 カーティスとのフラグが立ってしまうのだ。

 ちなみに、ここでベランダに行かずに控えの間で休むことにすると身分を隠して舞踏会に参加している隣国の王のサミュエルと、ローズの両親を探して王宮内を歩き回ると宮廷学者のメルヴィンと、それぞれフラグが立ってしまう。

 ならばこの場に留まっていた方がいくらかマシである。


「いえ、もう少しここで待たない? 間もなくアンディ王子が現れるんじゃないかしらって思うし」


「それもそうね。せっかくの発表なんだから、直接聞きたいわ」


「そうよ。今、この場を離れたらこの人混みだもの、広間まで戻ってこれるか分からないし」


「なるほど。場所取りってことね」


 そうして、ローズと共に広間に居続けることにした。

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