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第4話 貧乏子爵のヒロインは地味で着回しがきくドレスしか持ってません

 自室へと戻るとすぐさまクローゼットを開け、用意されているはずの舞踏会用のドレスを探したのだがそれらしいものは見当たらない。


「なんだか、地味で着回しがきく服しかないわ……」


「ええ? もしかして忘れたのかよ?」


 いきなり声が聞こえてきたと思ったらランドルフだった。彼はこうして突然現れて話し出すことが多いので慣れたものだった。

 ちなみに、彼の声はベリンダ以外には聞こえないようだ。もし聞こえていたら面白がられてサーカスにでも売られてしまっただろう。


「ベリンダは舞踏会に着て行くようなドレスなんて持っていなくて、地味なドレスを着て現れ、周りに笑われていたじゃないか」


「ああ……そういえばそうだったわねぇ。でも、あれってわざとじゃなかったのね? 貧しい娘だと思わせて周りに哀れに思わせて気を惹くための」


「ああ。悪役令嬢だった君らしい発言だね」


「お褒めいただきありがとう。で? そうなると、この中からそれらしいものを選ばないといけないのね」


 そうしてクローゼットのドレスを見ていくが、どこをどう見ても王宮に着ていけそうなものなんてない。


「たぶん、ベリンダが舞踏会で着ていたのはその薄桃色のドレスだったと思うけれど」


 ランドルフに言われて、それらしいものを取りだして壁についたハンガーにかけてみる。

 薄汚れて布が毛羽立っている、サザーランド家だったら既にぞうきんになっているようなドレスだった。飾りのリボンがついているが、曲がってくたくたになっている。


「ええー……私、こんなみずぼらしい格好で王宮に行かなければならないの? 笑われるの分かっているのに?」


「でもそれを着ていけば『ドレスなんて関係ない。君の心が澄んでいるのはその瞳の美しさを見れば分かるよ』って王子に言われるよ」


「元のベリンダはそれで喜んだかもしれないけれど、私は嫌だわ。それに、その台詞って微妙に話をズラしているわよね。君の瞳は美しいけれど、ドレスは残念って言っているようなものじゃない」


 そんなのは嫌である。

 しかも美しいのは顔ではなく瞳なのである。さすがのアンディ王子も、ベリンダの顔が平凡そのもので、いくら好きでも美しいとはいえなかったのであろう。


「我が儘だなあ」


「我が儘なのかしら? だって、女の子だったらそれらしい場にはそれらしい格好で出て行きたいじゃない? なにも、セシリーが着ていたような半年も前から特注した華美なドレスでなくても」


「前のベリンダはそのドレスでも満足していたけれどな」


「そうかなぁ? 本当はもっと素敵なドレスが着たかったに決まっているわよ。家族に遠慮したんじゃないの? なにはともあれ、私はこんなドレスで舞踏会に出るなんて嫌よ。……あ、そうだ」


 ベリンダはいいことを思いついたとばかりに指をパチンと鳴らした。


「いっそ、舞踏会に出ないって手もあるかしらね? そうしたら王子と出会うこともないし、騎士団長とも隣国の王とも出会うことがないわ。フラグを折るのにもってこいじゃない」


「はあ? 舞踏会に出ないって、本気かよ?」


「本気よ。今日は家で過ごすことにするわ。従姉妹のローズには後で知らせをやるわ。やっぱり舞踏会には行けなくなったって……仮病でも使うかしらね?」


 はー、やめやめ、と言いながらベッドに座ったときだった。遠慮がちにドアがノックされた。

 侍女か誰か来たのかしら思ったが、コーベット家には侍女などいない。掃除婦も料理人もいない。掃除婦がいたら部屋に埃など落ちていないし、料理人がいたらふかしたじゃがいもなんて出てくるはずがない。

 誰だろう、とドアを開けるとそこにはニールが立っていた。


「姉さん、お客さんだよ」


 見るとニールの後ろに隠れるようにして誰かが立っていた。なんだか大きな荷物を持っているようだ。

 体を動かして覗き込むと、


「おはよう! ベリンダ」


 どこかでうっすらと記憶にある娘がひょっこり顔を出した。誰だっけ、と考えているうちに娘は大きな荷物を抱えたまま部屋に入ってきた。

 許しもなく部屋に入るなんて、と思ったが、ここはサザーランド侯爵家ではなく、貧乏子爵家なのだからこれが普通なのかもと思って耐えた。


「約束していたドレス」


「ドレス?」


「そうよ!」


 ああ、思い出した。

 この娘はベリンダの友人のリリアで、仕立屋の娘だ。貴族ではないがコーベット家よりも金持ちで、通りに大きな店をかまえている。


「誕生日にドレスをプレゼントするって約束したじゃない」


「そうだったかしら?」


「どうせなら舞踏会の日に間に合えばって急いで仕上げたの! まだ出掛けてなくてよかったわ」


「ああ……ああ、そうね」


 これは、ベリンダがみずぼらしいドレスを着て舞踏会には出たくない、ということにしたので、別のフラグが立ったのだろうか。

 リリアは……この純朴な娘は、早くドレスを着て見せてとばかりに瞳を輝かせている。ニールは気を利かせたのか扉を閉めて行ってしまった。

 いくら元は悪役令嬢とはいえ、ここでにべもなく『ドレスは着ません。舞踏会には出ないことにしたの』とは言えなかった。


 あれは、多くの使用人に囲まれ、こちらの機嫌を伺うような態度をされていたからこそ大きく出られたのかなとも思う。元悪役令嬢としては情けなかったが、友達のためにドレスを仕上げて駆け付けてくれた彼女に、冷たい言葉など放てなかった。


「わ、わあ。素敵なドレスね」


 棒読みで言いつつ、リリアからドレスを受け取った。

 その感想は嘘ではない。本当に素敵なドレスだったのだ。

 ベリンダのクローゼットに並んでいるような安物の布で仕上げた華美さの欠片もない貧乏ドレスではない。


 思わずため息が漏れてしまうような、美しい水色のドレスだった。


 スカート部分に布をたっぷりつかってふんわりとしたひだがつくられ、光の加減でキラキラと輝いて見える。胸や袖口にはかわいらしい小さなリボンがついていて、いかにも若い娘らしいドレスでもある。


「まあ、こんな素晴らしいものをリリアが仕上げたの?」


 つい素直な感想を漏らしてしまった。

 自分と年が変わらないこの娘がこんなドレスを作れるなんて感動してしまったのだ。そしてこれは誕生日に作った、と言っている。つまり、恐らくは金銭を求めず、好意で作ってくれたものだ。


「ええ! ねぇねぇ、早く着てみて」


 そうねだられて、ベリンダはリリアに手伝ってもらってドレスを着てみた。

 それはベリンダのために作ったのだろうから当然と言えば当然なのだが、ベリンダの体にぴったりと吸い付くようなドレスだった。


 姿見の前に立って見てよ、と言われて素直にそう応じると、まるで生まれ変わったように思えた。貧乏子爵って嫌ね、と先ほどまで思い、自分の身を惨めに思っていたのにそんな気持ちはなくなっていた。


「もうちょっと腰回りを詰めれるかしらね? ちょっと待って、動かないでね」


 リリアはそう言いつつ、針と糸を取りだして器用にそれを動かし、あっという間に腰回りを直した。


「ほら、これでぴったり! どう?」


「まあ、ありがとうリリア」


 ベリンダは感激したように胸の前で手を組みつつ、姿見越しにリリアを見つめた。


「これで安心して舞踏会に行けるわ」


(しまった……!)


 しかし口から出てしまった言葉を取り返すわけにはいかない。


「そう、よかった! 急いで仕上げた甲斐があったわ」


 そうしてリリアは目を擦る。

 よくよく見れば彼女の目の下には濃く隈ができており、眼球は赤く充血している。もしかして昨日は徹夜だったのかもしれない。


(い、いくら私でも、ここで『でも生憎なことに今日は舞踏会に行かないことにしたの。このドレスは別の機会に着るわね』とは言えない!)


 悪役令嬢をやっていたにもかかわらず、人の好意を無下にするのは苦手なのだ。

 なんという無念、と嘆くが致し方がない。

 舞踏会に行くフラグをへし折ることはできなかったが、まだチャンスはあるはずだ。


「これで、素敵な人と出会えるといいわね。ベリンダならきっと大丈夫よ。だって、こんなに優しくて気遣いがある娘なのだから。きっと誰かが見初めてくれるわ」


(やめてっ、いい人と出会えるフラグを立てないで!)


 心の中でそう叫びつつも、リリアを心配させてはいけないと笑顔を心がけた。

 六回も悪役令嬢をやってきたはずなのにまだまだ甘いな、と思わざるを得ない。


「姉さん、馬車の準備ができたぜ」


 そして、タイミングがいいのか悪いのか、ニールがそう部屋の外から声を掛けてきた。


「さ、早く行って! 舞踏会でのお土産話、楽しみにしているわね」


「ええ。ありがとうリリア」


 そうしてリリアとハグをして、部屋を出て行った。

 そのとき、ふと振り向くと暖炉の上で、白い尻尾をゆっくりと揺らしながらにやにやと笑っているランドルフの姿が目に入った。イタチなのだからそんなに表情が豊かではないはずなのだが……いや、あれは絶対ににやにや笑っている。

 あんなにかわいらしい見た目なのに、憎い奴と思いながら床につきそうなドレスの裾をさばき、階段を下りていった。


 そうして、みずぼらしい荷馬車に乗って従姉妹のローズの家に行き、そこから王宮舞踏会へと出掛けることになった。

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