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第3話 ヒロインのほんわか家族

「あら、ベリンダどうしたの? 食欲がないの?」


 コーベット夫人……ベリンダの母親に尋ねられ、慌てて首を横に振った。


「具合でも悪いのか? いつもは朝食は残さず食べてときにおかわりまで欲しがるくらいなのに?」


 コーベット子爵……ベリンダの父親にそう言われ、苦笑いを返す。

 いつもベリンダは残さないのか、と思うとがんばって食べなければ、と思うのだがなかなか進まない。


 コーベット家の食卓。そこに並んでいるのはふかしたジャガイモと薄いスープのみだ。

 コーベット家がこんなに貧窮しているとは知らなかった。貧しい子爵家であることは知っていたが、腐っても子爵家である、食事はそこそこまともなものをとれているのだと思っていた。


 粗末な木のテーブルを家族四人で囲み、ささやかな朝食をとっていた。小さなテーブルで、最初はこんなでは料理が並びきらないじゃないと思っていたが杞憂であった。

 コーベット家には住み込みの使用人もいないようで、朝食のじゃがいももスープも母自ら運んできた。子爵の妻が家事労働をしているなんて、驚きだった。


 そして、どこか逗留先の寂れた宿屋だと思っていた部屋が、自室であったことにも驚いた。あんななにもない寒々しい部屋で、日々どうやって過ごしてきたのか疑問である。


(そりゃあ……シシリー王国の2大貴族と言われるサザーランド侯爵家とは違うとは思うけれど。まさかここまでとは)


 憎々しくじゃがいもを見つめる。

 いや、いいのである。自分は根っからの貴族ではない。転生してくる前は、朝食はパンと牛乳だけとか、お昼が菓子パン一個だけとかよくやった。


 それにしても、じゃがいも。


 ちなみにバターや塩こしょうもない。味なしのただのじゃがいも。

せめてスープで塩気をつけてと思うが、そのスープもほとんど味がない。口がじゃがいもでもっさもっさする。ゆえに、そんなに量を食べられない。


「姉さん、食べないなら俺にくれよ」


 ひとつ年下の弟のニールがそう言いながら、テーブルの中央にある大皿からじゃがいもをひとつ取った。


「いけないわよ、ニール。まだベリンダはあげるとは言っていないじゃない。じゃがいもはひとり三つと決まっているのだから」


「い、いいのよ母さん。私、もうお腹がいっぱいで」


「あら、そうなの? いつもはまるで牛のように食欲旺盛で、足りない足りないってニールと取り合いになるくらいなのに」


(牛……。まさか自分の娘を牛にたとえるだなんて)


 コーベット夫人はこんな人だったけ、と記憶をたどる。

 一度はプレイしたはずのゲームなのだが全く思い出せない。ゲームプレイよりも、悪役令嬢として過ごした6回の方が濃い記憶であるからかもしれない。


「もしかして緊張しているのか? 今日は王宮での舞踏会の日だからな。しかもただの舞踏会ではない、アンディ王子主催の舞踏会だ。アンディ王子が舞踏会を主催するのは初めてで、しかも、なにか特別な発表があるだとか」


(ああ、いきなりそこからなのね)


 ベリンダは従姉妹と一緒にこの舞踏会に出ることになっていた。

 ベリンダとしてはあまり舞踏会になど興味がなかったのだが、ふたつ下の従姉妹がどうしても出席したいと言うので、付き添いの意味もあって出席することになったのだ。


(その、ベリンダの自分は興味ないけど人に付き合って、というのも腹立たしいのよね……。自分からは欲しがらないくせに幸運が舞い込んでくるような)


 そう、この乙女ゲームのヒロインであるベリンダとはそういう娘なのだ。

 特に自分からはなにも欲さないのに全てをかっさらっていく。自分からはなにもしないのに周りが動いて話をややこしくして、そして勝手に解決してくれて、それば全てベリンダに益のある方向へと集束していく。この世界はベリンダのために動いている、と言っても過言ではない。


「そうだったわね。迎えは何時だったかしら?」


 ベリンダがそう言うと、両親も弟もとても奇妙な顔となった。


「なにを言っているの? お昼過ぎにローズの家に行く約束になっていたでしょう? そこから王宮に行く馬車に同乗させてもらう予定でしょう?」


 そうだった。

 朝からじゃがいもを食べているような子爵家には王宮まで馬車を出しているような余裕はなかったのだ。


「姉さん、ローズの家までは俺が送ってやるよ。配達のついでに」


 コーベット家は宝石商を営んでいて、ニールはその手伝いをしているのだった。

 貴族なのに商売をしているなんて、という時代ではない。

 広大な土地を持ってそれを管理しているという貴族だけではなく、商売を営んでいる貴族も多い。造船業や海運業、あるいは工場を持っている貴族もいる。


 そして、コーベット家は宝石商という儲かりそうな仕事をしているにも拘わらず貧乏である。コーベット子爵は人がよく、あまり商売っけがないからかもしれない。


「ええ、お願いするわね」


「……。お願いするわね、って、なにそれ? もしかして王宮に出るための練習? なんだか気取っちゃって! おっかしいの!」


 ニールに指を差されて笑われてしまった。

 そういえばベリンダだったら『まあ、ありがとうニール。あなたってば優しいのね』とか言いそうなシーンだった。


(でもいいのよ、これからフラグをバキバキ折ってやるんだから。弟なんて、顎でこき使ってやるくらいで丁度いいのよ。そんな性格が悪いヒロイン、向こうから離れて行くに決まっているんだから)


 威嚇するような目つきでニールを見てから、フン、と鼻で笑って、ベリンダは朝食の席から自分の部屋へと戻った。

 家族はいつもと違う様子のベリンダにそれ以上はなにも言わず、放っておいてくれるような雰囲気だ。


 これがセシリーの家だったら

『あら、弟に対してそんな態度を取るなんて。誰に似たのかしら?』

『ああ、君によく似た不愉快な娘だ』

と両親が言い合いくらいしそうだ。


 セシリーの両親はとても折り合いが悪く、もしかしてセシリーの父親は、サザーランド侯爵とは別の男ではと疑いを抱くくらいだったのだ。

 両親の言い合いの種はなんでもよく、よくセシリーも話題に出された。サザーランド家は歴史深い良家ではあるがとても居心地が悪く、セシリーは一刻も早く家を出たい、結婚したいと思っていた。


(そういえば私がベリンダになったということは、元のベリンダがセシリーになったということかしら? それはお気の毒に……)


 そこだけは同情した。

 今まで家族の愛情に恵まれて育ったベリンダがあんな罵り合いといがみ合いに満ちた屋敷に放り込まれたら裸足で逃げだしたくなるだろう。


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