第2話 私は悪役令嬢になりたいの!
「もう6回もセシリーやっていたから、今更セシリー以外になれって言われても困るわよ。っていうか、この世界一体どういうことなの? 何回転生すれば気が済むの?」
もう16歳の秋が今回で7回目なのである。
この世界ではほぼ3ヶ月ごとの物語を繰り返している。平たく言うと、貧乏貴族のベリンダが誰かと結ばれるまでの物語であり、ベリンダが誰かと恋人同士になった時点で時間が遡る。
ベリンダが誰かと恋人同士になるとき、セシリーはたいがい外国へ渡る船の上にいる。表向きは侯爵令嬢として見分を広めるために遠い外国へ行くということなのだが、実のところはベリンダに破れて、もう嫁のもらい手もないだろうと両親に呆れられて外国にやられてしまうというものなのだ。
きっとそこでエンディングを迎えるために、また新しい話が始まるのだろう。
そして、その物語ごとにベリンダは別の男性と結ばれる。
どれだけ尻軽なんじゃー、と毎回憤るのだが、乙女ゲームの世界ではそれが正解であるようだ。
「まあ、気持ちは分からないでもないけれど、俺にもこの世界の仕組みがよく分からないしな」
「妖精なのに? この世界の流れを知覚しているのに?」
「俺はあくまで君のサポート役だから。この世界をコントロールするなんてできない」
不思議なことに、というべきなのか、時間が巻き戻ったとき、その前の物語のことはみんな忘れている。
覚えているのは、今はベリンダになってしまったセシリーと、ランドルフだけなのである。
「あっ、ランドルフって私のサポート役だったの? セシリーじゃなくて?」
「今、俺がセシリーの元ではなく君の元にいるのがその証拠だと思う」
そうか、新たな事実が分かった。
しかし、だからといってこの世界のなにかが変わるわけではない。ただ、この世界で過ごしていくのに自分の事情を知っているランドルフがいてくれるのは心強い。
「まあ、この世界のことはいいわ。もう6回も転生しているのに分からないことだらけだから。それより、問題はなぜ私がベリンダかってことよ!」
「これは、あれだな」
ランドルフは袖机から暖炉の上へと移動して、くるりと一回転してからちょこんと座った。
「六回も悪役令嬢としての役割を果たした君にご褒美だ! やっとヒロインになってハッピーエンドを迎えろっていう!」
「ええ? またベリンダがハッピーエンドを迎えるの? そんなの許せないわ!」
セシリー……いや、ベリンダは拳を強く握り、意気込んで主張する。
「今度こそ、セシリーがハッピーエンドを迎えるべきじゃない? セシリーが報われるべきよ!」
「いや、待て待て待て」
ランドルフは納得いかないとばかりに足を踏みならした。踏みならした、と言っても彼はイタチの見た目である。そのちんまりとした足を踏みならしてもかわいらしさしか感じない。
「なにを言っているんだ? 君は今、セシリーではなくベリンダなんだぞ?」
「そうよ、またとないチャンスじゃない! ベリンダをバッドエンドに導くための! なにしろ、私がベリンダなんだから!」
「……そうなると、今回も君は不幸になるわけだが」
「いいわよ、もう6回もバッドエンドを迎えたんだからもう1回くらい。それより」
ベリンダは胸の前で手を組み合わせた。
「あの意地っ張りで強情で誤解されやすいセシリーに幸せになって欲しい。高貴な家に生まれながら両親の愛情に恵まれず、寂しい少女時代を過ごしたセシリーに。彼女にだって幸せになる権利はあるのよ! たとえこの世界では悪役令嬢という役回りだとはいえ!」
6回の転生ですっかりセシリーになりきっていた。
そして彼女の境遇にすっかり同情していた。彼女はなにかと運が悪く、そして間が悪く、今までこれほどかという不幸に遭ってきた。
そんな彼女もそろそろ報われてもいいのではないか。今までベリンダの対抗馬としてさんざん利用されてきたのだ。できればこの物語の本命であるアンディ王子と結ばれて欲しい。
「私は、セシリーがハッピーエンドを迎えるためにはなんでもするわ! 私がセシリーじゃないとかどうとか、そんなの関係ないわ!」
「以前から理解し難いと思っていたが、これほどまでとは……」
ランドルフは両手で頭を抱え込んだ。
何度も言うがランドルフはふわふわの白いイタチの見た目なので、両手で頭を抱える様などかわいくて仕方がない。このままキーホルダーかなにかにしたいくらいだ。
「それにね、ベリンダってば貧乏貴族の娘な上に、いつもぼんやりとして自分の考えもないようなふわふわ女子のくせにモテすぎじゃない? みんなベリンダのこといい娘だっていうけど、そんなの計算に決まっているじゃない。そうじゃなきゃ、あんなに男が寄ってくるはずがないわ」
「何度でも言うが、君は今、ベリンダなんだぞ?」
「だから、そんなもの関係ないわ。もう6回もベリンダが誰かと結ばれてハッピーエンドって話を見てきたのよ。もう飽きた」
「飽きたとか飽きないとか、そんな問題じゃないと思うんだが」
「大丈夫! 私は俯瞰で物語を見れる人だから! 物語の新しい展開をなにより望んでいるの。つまり、今度はセシリーがハッピーエンドを迎えるっていう物語を!」
「意味が分からない……」
「いいのよ、もう決めた!」
ベリンダは窓際に立ち、大きく息を吸い込んだ。
「私に寄ってくる男たちのフラグなんて、こっちからへし折ってやるわよ! フラグを折って折って、折りまくってやるわ!」
そう猛々しく宣言すると、ランドルフは世界中の不幸をこの身に背負ったように嘆息した。
「……あー、せっかくハッピーエンドを迎えられるチャンスだっていうのに」
ランドルフがそう言ってくれるのは嬉しかったが、それは口には出さなかった。今は自分のことよりセシリーである。彼女に幸多きことを願い、幸せボケしているベリンダには天誅を、とばかり考えていた。
(……がんばる! セシリーが幸せになるためにがんばる!)
そのときのベリンダは、自分がそのためにヒロインに転生したのだとしか思っていなかった。